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陽炎
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小日向さんの教室に、ビラが配られていたそうだ。内容は事実も踏まえた悪質な物で、恐らく学年中に広まってしまっているとのこと。
一喜のときと同じだ。
あの事件のすぐあと、学年中に理穂のこと、それで一喜は歩を嫌悪しているということが知れ渡った。
さまざまな憶測が流れた。歩と澄が兄弟同士で一喜の妹を取り合った末に喧嘩になり、歩が澄を殺しただの、歩が吐いた嘘の通り、歩が理穂を強姦しただの。
だが一つ、もう一つ流れた噂があった。
それは、澄がクラスで苛められていたということ。理穂と澄は、同じクラスだった。
それに対しても野次馬の好奇な目は容赦なかった。
一番あの事件の野次の目を浴びたのは多分一喜だった。だが一喜も、それは歩には言わない。
それは一喜自身も、実際のところよくわかっていないからというのもあるのだろうし、何より、言ってしまっては本当に二度と俺たちは戻れないとわかっているのだろう。
だから俺も黙るべきところは黙ってる。二人に黙ってることもあれば、歩に黙っていること、一喜に黙っていることがある。
実際に俺もわかっていないところはたくさんある。
「で、不安を抱えてあの後三者面談だったんですけど、」
「うわぁ、お兄さん生きてる?」
「それがね、凄いんですよ…」
しかし、そんなことをしているのは一体誰なんだ。
一喜のときも、小日向さんのときも。
そーゆーやつの心理が、俺にはわからない。
「ふっ…ダメだごめっ…はっはっは!流石、流石お宅のお兄さん。マジ面白い」
「あ、写メありますよ」
考え込んでしまって話が全然わからなかった。何がそんなに面白かったんだろう。
「私が撮らせてって言ったら嫌だって言ったんで、歩いてるときに不意打ちでパシャりと」
見せてきた写メは、正面からだったが確かに、歩いているような感じではある。
小日向さんの兄は、モデルみたいにスタイルがよく、おまけに男前だった。が、それがかなり仇になっているというか、どうみてもホストかインチキ営業マンだ。スーツを着慣れてない感がなんとなく出てるし。
「うわぁ…カッコいいねお兄さん。何やってる人?スーツ絶対着慣れてないよね」
ああ、一喜も同じ事を思ったのか。
「バーテンダーです」
「あ、あぁ!なんか納得」
「これで学校に来たの?」
「はい。迎えに行ったとき、女の子の黄色い声で場所がすぐにわかりました」
とてもネクラな人には見えないな。俺がバイだからだろうか、男でも見惚れてしまうのだが。
「撮った後凄く慌ててました。危うくケータイ壊されそうになりましたよ」
「そんなに!?」
「はい。そーゆー人なんです。これが普段。3人で撮った写真です」
バイト先で撮ったのだろうか。真ん中に小日向さんと右にさっきのお兄さん、左に金髪の板前さんらしき人がいた。
確かにお兄さん、バーテンダーの制服の方がしっくりくる。
「あー、こっちの人二番目のお兄さん?」
「はい」
「仲良いねぇ…」
染々と一喜はそう言った。確かに、ほのぼのとする、幸せそうな雰囲気の写真だった。
「お兄さんによろしくね」
少し思うところがあるようだ。小日向さんを見る一喜の目が優しい。だがそれは、今まで見たことのないような、優しさがあった。
この微笑みは例えるなら…春の訪れかもしれない。小日向さんも満更でもなさそうだ。
「俺も兄弟欲しかったな」
「岸本先輩は凄く良いお兄さんになりそう」
「そう?口うるさそうじゃない?」
「それはそれでいいお兄さんだと思いますよ?」
「だってさ。小夜は優しいね」
「あっ!そうだ!」
いきなり小日向さんはなんの前触れもなく叫ぶ。
「私今日、昼休みに課題を提出しに行くんでした!
ごめんなさい!まだ時間あるけどお先に失礼します!」
そう言って嵐のように小日向さんは去っていった。
忙しい子だ。
去って行ったその背中がドアの向こうに消えてしまっても、一喜はしばらく小日向さんの背を見つめていた。
一喜のときと同じだ。
あの事件のすぐあと、学年中に理穂のこと、それで一喜は歩を嫌悪しているということが知れ渡った。
さまざまな憶測が流れた。歩と澄が兄弟同士で一喜の妹を取り合った末に喧嘩になり、歩が澄を殺しただの、歩が吐いた嘘の通り、歩が理穂を強姦しただの。
だが一つ、もう一つ流れた噂があった。
それは、澄がクラスで苛められていたということ。理穂と澄は、同じクラスだった。
それに対しても野次馬の好奇な目は容赦なかった。
一番あの事件の野次の目を浴びたのは多分一喜だった。だが一喜も、それは歩には言わない。
それは一喜自身も、実際のところよくわかっていないからというのもあるのだろうし、何より、言ってしまっては本当に二度と俺たちは戻れないとわかっているのだろう。
だから俺も黙るべきところは黙ってる。二人に黙ってることもあれば、歩に黙っていること、一喜に黙っていることがある。
実際に俺もわかっていないところはたくさんある。
「で、不安を抱えてあの後三者面談だったんですけど、」
「うわぁ、お兄さん生きてる?」
「それがね、凄いんですよ…」
しかし、そんなことをしているのは一体誰なんだ。
一喜のときも、小日向さんのときも。
そーゆーやつの心理が、俺にはわからない。
「ふっ…ダメだごめっ…はっはっは!流石、流石お宅のお兄さん。マジ面白い」
「あ、写メありますよ」
考え込んでしまって話が全然わからなかった。何がそんなに面白かったんだろう。
「私が撮らせてって言ったら嫌だって言ったんで、歩いてるときに不意打ちでパシャりと」
見せてきた写メは、正面からだったが確かに、歩いているような感じではある。
小日向さんの兄は、モデルみたいにスタイルがよく、おまけに男前だった。が、それがかなり仇になっているというか、どうみてもホストかインチキ営業マンだ。スーツを着慣れてない感がなんとなく出てるし。
「うわぁ…カッコいいねお兄さん。何やってる人?スーツ絶対着慣れてないよね」
ああ、一喜も同じ事を思ったのか。
「バーテンダーです」
「あ、あぁ!なんか納得」
「これで学校に来たの?」
「はい。迎えに行ったとき、女の子の黄色い声で場所がすぐにわかりました」
とてもネクラな人には見えないな。俺がバイだからだろうか、男でも見惚れてしまうのだが。
「撮った後凄く慌ててました。危うくケータイ壊されそうになりましたよ」
「そんなに!?」
「はい。そーゆー人なんです。これが普段。3人で撮った写真です」
バイト先で撮ったのだろうか。真ん中に小日向さんと右にさっきのお兄さん、左に金髪の板前さんらしき人がいた。
確かにお兄さん、バーテンダーの制服の方がしっくりくる。
「あー、こっちの人二番目のお兄さん?」
「はい」
「仲良いねぇ…」
染々と一喜はそう言った。確かに、ほのぼのとする、幸せそうな雰囲気の写真だった。
「お兄さんによろしくね」
少し思うところがあるようだ。小日向さんを見る一喜の目が優しい。だがそれは、今まで見たことのないような、優しさがあった。
この微笑みは例えるなら…春の訪れかもしれない。小日向さんも満更でもなさそうだ。
「俺も兄弟欲しかったな」
「岸本先輩は凄く良いお兄さんになりそう」
「そう?口うるさそうじゃない?」
「それはそれでいいお兄さんだと思いますよ?」
「だってさ。小夜は優しいね」
「あっ!そうだ!」
いきなり小日向さんはなんの前触れもなく叫ぶ。
「私今日、昼休みに課題を提出しに行くんでした!
ごめんなさい!まだ時間あるけどお先に失礼します!」
そう言って嵐のように小日向さんは去っていった。
忙しい子だ。
去って行ったその背中がドアの向こうに消えてしまっても、一喜はしばらく小日向さんの背を見つめていた。
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