白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋

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半年後

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 それから少しだけ月日が流れた。

 俺はいま、成田空港に来ている。
 どうして俺がここに立つことが出来たのか。

 笹木孝雄が殺害された。
 佐々木深景の手によって。

 それが最後の、過ちだった。

 誰がどう供述したかはしらない。が、俺はいま執行猶予ということで仮釈放という形になっている。
 恐らく、このままでいけば暴行罪のみで済む。

「なんで?」
「笹木孝雄が殺されたからだよ」

 刑事にそう言われた。

「は?」
「…君がよく知る佐々木美景が、病院に押し掛けて殺したそうだ。
 それがあまりにも残忍でな…急所を外して何ヵ所も差した後に頭を一撃…。
しかも佐々木深景はたちが悪く、色仕掛けで笹木孝雄を油断させて…みたいだよ」
「は?」
「体液がいたるところから発見された」

 信じられなかった。
 想像すらしたくなかったけど。

「会いたいな、深景に」
「それはやめた方がいい」
「…だよね」
「君はそもそも騙されてるよ。
 そもそも、佐々木深景なんていう子はいないんだよ」
「え?」
「うん…」

 それ以上、刑事は答えてくれなかった。

「来ないなぁ、一喜」

 隆平がチラチラと時計を見ていた。
 時計を見ると、出発まであと1時間くらいしかなくて。

 卒業式のあと、着替えだけしてすぐに俺たちは来たのだが。

「まぁ、仕方ないよ」

 一喜も俺も、一般として卒業式を観覧しに行った。今や高校卒業は、隆平一人になってしまった。

「卒業生代表挨拶なんだけどさ、どうかと思ったよ」
「俺は思ったことを言っただけだよ」
「まぁ…」

“この鳥籠のような狭い場所から、漸く巣立つことが出来ます”

「でもまぁ、面白かったけどな」

 先生たちは真っ青な顔してたなぁ。

「…いいだろ、最後だし」
「まぁな」
「歩」
「ん?」

 急に隆平が抱きついてきた。結構ガチなやつ。

「…おかえり」
「ただいま」
「好きだったよ、歩」
「知ってるよ」

 過去形なのも、全部。

「あー!お前ら!」

 一喜の声が響いた。声の方を見ると、一喜がいて。すかさず隆平が離れた。

「遅かったな」
「悪かった!ちょっと約束をこなしてきた。
 もっと遅い方がよかったか?」
「ふざけんな、だいぶ待ったぞ」
「ごめんって!だって…」

 まぁ、わかってるけどさ。

「仕方ないねぇ。今日だけだよ?」
「…さんきゅ」
「まぁあと少しあるし、タバコでも吸いに行くか?付き合うぞ」

 そう言われたので。
 取り敢えず、外に一回出た。

 風が、心地いい。
 タバコに火をつける。いつの間にかもう、二年だ。

「…しばらく会えねぇな、りゅうちゃん」
「まぁ、一月とか盆とかに帰ってくるよ」
「マメだなわりと!」
「日本人だから」
「そう言えばそっか」

 また沈黙が溢れる。風が、止んだ。

「お前ら、これからどうすんの?」
「…俺は予備校に行こうかなって」
「おお、いいじゃん」
「うん。やっぱり大学は行こうかなってな。理穂も頑張って、定時でもいいから、高校に通えたらいいな…」
「そっか。歩は?」
「え?笑わない?」

 二人ともにやにやしている。

「…バイトしながら、まぁ、創作でもしようかなってさ」
「あぁ、」
「マジだったんだ」
「マジだよ。…院は暇だったしさ」
「まぁ、お前は拘束されるの嫌いだもんな…」
「え、今ないの?ないの?」
「…あるけど」

 恥ずかしいな、なんか。

「見せてよ!」

 仕方なく一喜に渡すと、タイトルを見た時点で一喜は、「えっ!?」と言った。隆平も覗きこむ。

「もしかして、ファンタジーだったり?」
「…悪いか?」
「えぇぇ…!?お前が!?」
「悪いかよ」
「なんでまた」
「いや、まぁ…子供にさ、夢でもさ」

 とか言ってるうちに隆平は一喜からノートを然り気無く取ってがっつり読んでいた。

「タイトルのわりに内容は全然ファンタジーじゃないよ、編集長」

 とか言って隆平はまたそのノートを一喜に返した。一喜も「え?」とか言ってノートを開き始めたので、「あーもう、家にしてよ持って帰っていいからさ!」と言って取り上げようと頑張る。

「いや、言ってることとやってること違うじゃん」
「うるさいな、恥ずかしいよわりと!」
「はいはい、わかったよ」

 そう言って一喜は、ノートを閉じて鞄にしまった。

「家に帰って理穂と読みますーだ」
「あー…もー」
「はっは、次帰ってきたら読ませてよ」
「俺が編集しとくわ!」
「またかっこつけやがって」
「うるせえな、こーゆーのは協力して上手くなってくんだろ」
「え?」

 なんかそれって。

「なに一喜、柄にない」
「うっせぇなわかってるよ!」
「ははっ!じゃぁ俺は売り込みしなきゃな。そのために海外に勉強しに行ってくるよ」

 何言ってんだろ。でも。

「仕方ないから待ってるよ」
「…うん。そのころにはまともになってて」
「はぁい」
「表紙は?やっぱり絵は深景だよね」
「あ、いいね!写真部だよな確か」
「じゃぁ機械系は理穂だな。引きこもりは大体機械が出来る」
「いや偏見過ぎる!」

 あぁ、空が蒼いな。
 晴れてるよ、今日もさ。

 飛行機雲がまっすぐ延びる。
 また春が、始まるよ。
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