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CRAVING【短編】
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遥かなる共鳴に、終わってすぐの客席ライトが生々しく。
肩を叩かれ、振り向けばタカさんとノリトさんの、興奮したような熱の籠った視線と、優しい笑顔。
そしてノリトさんがにこっと笑って俺に言う、「決まりだな」と。
「びしゃびしゃになるほどよかったんだなぁ、弦次」
「へぇ?」
タカさんに答えた自分の声が驚くほど濡れて震えていた。
そうか。
身体の芯から、そう渇いていたこの渇望。これが漸く、そう、到達しそうな感慨で。
「じゃぁ、行こっか」
腕組みをして事情を見ていたサイトウが一言、俺に言う。
「僕ほら、知り合いなのよ。
陽介も久々に顔出したら?」
「いや、この前実は会った。だからいい」
「なにその抜け駆け。ヒドいなぁ。ホント君は影なる兄貴だね」
「いや、そんなんじゃない」
「まぁいいや。わかった。僕は彼を、彼らに…」
「わかった。次は?」
「明後日の下北沢かな」
「ホント、」
V系、にやりと俯いて笑った。口元に持っていかれた右手の中指が、細く綺麗だが、よく見れば傷というか、少し目立つタコのようなものが第二関節あたりにあって。
吐き癖でもあるんだろうか、良い歳してとぼんやりと思った。
「最近忙しいな、あいつら」
「君より遥かに忙しいねぇ。君も頑張らないと。まぁ、良いリハビリでしょ?」
「うるせぇなあ」
「さて、行こうか。ele groundの奥田くん」
「えっ、」
何。
知っていたのか、俺を。
「UV PROJECT代表取締役のサイトウヨシミです。彼らの、インディ時代の事務所の責任者なんですよ、僕。
あとは高安くんが行こうとしてるSpaceも、今月までは、まぁ、面倒見させてもらってます。
メジャーまでのお世話が僕の仕事なんです。まぁ、最近じゃあんま、メジャーとかインディって関係なくなっちゃった感あるけどね。
でんにじに行くならまぁ、言っとく。売れなかったらまた僕は君を、きっと雇うことになるだろう。契約切れたら帰っておいでって言ってあるから」
「なるほど…」
「つまり、出来れば会わない方が良い相手だな」
「そゆことー」
そう言うとV系は立ち上がり、「じゃ、んなわけで」と言って、ふらっと去る。サイトウは「また明後日ね~」なんてV系に言って手を振って。
この二人は一体なんなんだろう。
まぁ、いいけど。
にこにこしたままサイトウさんは立ち上がり「さて、」と言い、俺を見た。
「行こうか。二人は、来る?」
「…どうせなら」
「卒業感覚で」
より深い笑みを見せ、「Let's go 野郎共!」とサイトウさんは楽しそうに言い、俺たち三人はサイトウさんについていく。
あの楽屋について。
アホみたいに静かな雰囲気だった。扉を叩く音が現実的なような、幻想なような。
「はい」と、掠れた、あの声がして、しかし、開いた先で出迎えたのは、金髪ドラムだった。
「あっ、」
「やぁ、国木田氏!」
金髪ドラムは驚いた表情で。
サイトウさんの声を聞いた殺し屋が、ふと、壁際で体育座りして踞っていたボーカルの背を擦りながら覗き込むように見て笑い、「あぁ、サイトウさん」と手をひらっと上げる。
「やぁ栗村くん。
あら、あまちゃんいつもの」
「そうそう。まぁほっときゃ治ります。
あれ、お宅らどーしました?」
俺らをサイトウさんの後ろに見つけた殺し屋、気まずそうに言う。
「…リーダーなら、もう、なんかいなかったんだけど」
「あ、いや違うよ~。
あんた、見てたよリズムベース。凄いなぁ~、俺出来るかなぁ。
まぁさ、うん、ウチの弦次を、ちょっと、まぁ、正規とは言わない。あんなん見せられたらな。な、弦次。
ただそのなんだ、一緒にまぁやってきた仲間としては、まぁ、預けてぇなって」
「へ?」
金髪ドラムも殺し屋ベースも唖然とし、サイトウさんは両手を挙げて降参ポーズをした。
「いやわかってるよ、君ら3人で充分だよ?だけどね、ほら僕がいるって意味わかる?
彼、君ら見てボロ泣き。もうびっしゃびしゃ。野外の君らバリにびっしゃびしゃ。大変。だから連れて来ちゃったよ」
「は?」
「えマジ?」
しかし。
「そいつ、そん、顔しとらんよ?」
突然顔を上げたボーカルギターのあまちゃん、キラキラした、不機嫌なのか不安定なのか、しかし綺麗なビー玉のような茶色い目を向けて俺に挑発的に言ってきた。
そう言われてしまうと。
「まぁ、はぁ」
ちょっとイラッとするじゃないか。
それに一瞬間があって。
明らかにタカさんとノリトさんと、振り向いたサイトウさん、そしてアホ面というか唖然とした殺し屋と金髪、挑発的なあまちゃんの視点が俺に一点集中して。
だからこそ。
「…タカさん、ノリトさん。
お世話になりました。俺何があっても、エルグラには、戻れない。あそこに、俺はいなかったんだ、初めから。
でも俺はもう、ギターは捨てられない。もう渇いちまって、仕方がない。ずっと言いたかった、言えなくてすみません。だから今日が一番楽しくて、一番って、言いたくないんだ、タカさん、ノリトさん。
あんたらにも、言って欲しくない。あんたら、もっと、だって」
「わかった、弦次」
「うん、わかった」
タカさんもノリトさんもにやっと、どちらも笑ってくれて。
それから、ふと、二人共でんにじに視線を移した。
でんにじ3人を見れば、金髪は、一息溜め息を吐いてゆったりとドラムセットの方へ。
殺し屋ベースは試すような挑戦的な眼で見返してきて、ただふと、親指を立て後へ合図。準備しろ、だのLet's goだの、Come onだの、そう言うことだろう。
肩を叩かれ、振り向けばタカさんとノリトさんの、興奮したような熱の籠った視線と、優しい笑顔。
そしてノリトさんがにこっと笑って俺に言う、「決まりだな」と。
「びしゃびしゃになるほどよかったんだなぁ、弦次」
「へぇ?」
タカさんに答えた自分の声が驚くほど濡れて震えていた。
そうか。
身体の芯から、そう渇いていたこの渇望。これが漸く、そう、到達しそうな感慨で。
「じゃぁ、行こっか」
腕組みをして事情を見ていたサイトウが一言、俺に言う。
「僕ほら、知り合いなのよ。
陽介も久々に顔出したら?」
「いや、この前実は会った。だからいい」
「なにその抜け駆け。ヒドいなぁ。ホント君は影なる兄貴だね」
「いや、そんなんじゃない」
「まぁいいや。わかった。僕は彼を、彼らに…」
「わかった。次は?」
「明後日の下北沢かな」
「ホント、」
V系、にやりと俯いて笑った。口元に持っていかれた右手の中指が、細く綺麗だが、よく見れば傷というか、少し目立つタコのようなものが第二関節あたりにあって。
吐き癖でもあるんだろうか、良い歳してとぼんやりと思った。
「最近忙しいな、あいつら」
「君より遥かに忙しいねぇ。君も頑張らないと。まぁ、良いリハビリでしょ?」
「うるせぇなあ」
「さて、行こうか。ele groundの奥田くん」
「えっ、」
何。
知っていたのか、俺を。
「UV PROJECT代表取締役のサイトウヨシミです。彼らの、インディ時代の事務所の責任者なんですよ、僕。
あとは高安くんが行こうとしてるSpaceも、今月までは、まぁ、面倒見させてもらってます。
メジャーまでのお世話が僕の仕事なんです。まぁ、最近じゃあんま、メジャーとかインディって関係なくなっちゃった感あるけどね。
でんにじに行くならまぁ、言っとく。売れなかったらまた僕は君を、きっと雇うことになるだろう。契約切れたら帰っておいでって言ってあるから」
「なるほど…」
「つまり、出来れば会わない方が良い相手だな」
「そゆことー」
そう言うとV系は立ち上がり、「じゃ、んなわけで」と言って、ふらっと去る。サイトウは「また明後日ね~」なんてV系に言って手を振って。
この二人は一体なんなんだろう。
まぁ、いいけど。
にこにこしたままサイトウさんは立ち上がり「さて、」と言い、俺を見た。
「行こうか。二人は、来る?」
「…どうせなら」
「卒業感覚で」
より深い笑みを見せ、「Let's go 野郎共!」とサイトウさんは楽しそうに言い、俺たち三人はサイトウさんについていく。
あの楽屋について。
アホみたいに静かな雰囲気だった。扉を叩く音が現実的なような、幻想なような。
「はい」と、掠れた、あの声がして、しかし、開いた先で出迎えたのは、金髪ドラムだった。
「あっ、」
「やぁ、国木田氏!」
金髪ドラムは驚いた表情で。
サイトウさんの声を聞いた殺し屋が、ふと、壁際で体育座りして踞っていたボーカルの背を擦りながら覗き込むように見て笑い、「あぁ、サイトウさん」と手をひらっと上げる。
「やぁ栗村くん。
あら、あまちゃんいつもの」
「そうそう。まぁほっときゃ治ります。
あれ、お宅らどーしました?」
俺らをサイトウさんの後ろに見つけた殺し屋、気まずそうに言う。
「…リーダーなら、もう、なんかいなかったんだけど」
「あ、いや違うよ~。
あんた、見てたよリズムベース。凄いなぁ~、俺出来るかなぁ。
まぁさ、うん、ウチの弦次を、ちょっと、まぁ、正規とは言わない。あんなん見せられたらな。な、弦次。
ただそのなんだ、一緒にまぁやってきた仲間としては、まぁ、預けてぇなって」
「へ?」
金髪ドラムも殺し屋ベースも唖然とし、サイトウさんは両手を挙げて降参ポーズをした。
「いやわかってるよ、君ら3人で充分だよ?だけどね、ほら僕がいるって意味わかる?
彼、君ら見てボロ泣き。もうびっしゃびしゃ。野外の君らバリにびっしゃびしゃ。大変。だから連れて来ちゃったよ」
「は?」
「えマジ?」
しかし。
「そいつ、そん、顔しとらんよ?」
突然顔を上げたボーカルギターのあまちゃん、キラキラした、不機嫌なのか不安定なのか、しかし綺麗なビー玉のような茶色い目を向けて俺に挑発的に言ってきた。
そう言われてしまうと。
「まぁ、はぁ」
ちょっとイラッとするじゃないか。
それに一瞬間があって。
明らかにタカさんとノリトさんと、振り向いたサイトウさん、そしてアホ面というか唖然とした殺し屋と金髪、挑発的なあまちゃんの視点が俺に一点集中して。
だからこそ。
「…タカさん、ノリトさん。
お世話になりました。俺何があっても、エルグラには、戻れない。あそこに、俺はいなかったんだ、初めから。
でも俺はもう、ギターは捨てられない。もう渇いちまって、仕方がない。ずっと言いたかった、言えなくてすみません。だから今日が一番楽しくて、一番って、言いたくないんだ、タカさん、ノリトさん。
あんたらにも、言って欲しくない。あんたら、もっと、だって」
「わかった、弦次」
「うん、わかった」
タカさんもノリトさんもにやっと、どちらも笑ってくれて。
それから、ふと、二人共でんにじに視線を移した。
でんにじ3人を見れば、金髪は、一息溜め息を吐いてゆったりとドラムセットの方へ。
殺し屋ベースは試すような挑戦的な眼で見返してきて、ただふと、親指を立て後へ合図。準備しろ、だのLet's goだの、Come onだの、そう言うことだろう。
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