stay away

二色燕𠀋

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 …息苦しさが、ない。

 「おめはホントに×××!」と、年配の女の人…怒鳴るような、泣くような声が耳に入って目が覚めた。
 保健室のような場所で、点滴が右腕に繋がっている。

 ……あぁ、そうかも。起きる前の出来事が頭に浮かぶ。最後、ニタニタしていた神父は徐々に顔色を変えていった。

「……医者だ医者!」

 それに母も「へ?」と言いたそうな間抜け面をし場は騒然となった。

 覚えている、呼吸もままならなくて全身が痒かった、そしてただただアホみたいに涙も出てきたけど、「母さん、」と言う声が出なかった、伸ばした手も…。

 手を眺めてみれば、ただ点滴が刺さっているだけで「あれ?」とついつい声が出た。

「あ、」
「おぉ、起きたんかぁ……」

 …凄く腫れてたの、治ってる…。
 出しにくい気はしたけど、今、声もちゃんと出た。

 優しそうなおじいさんと看護師のお兄さん、喧嘩中だった母とおばあさんが、俺に気付いたようだった。

 「ほぉ、よかった、よかったなぁ」と見守るようなおじいさんと、「あ、わかりますかー?」と声を掛けてくる看護師さん。

 母は、泣いているおばあさんに押しやられ、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

 おばあさんが泣きながら「慧ちゃん、おーきくなっだなぁ、よかったぁ、よかったよぅ」と、殆どが呟きの状態で手を握ってくる、その手は湿って温かい。

 それに付き添うおじいさんも、どうやら俺を心配してくれているのだとは、わかったけれども。

「…だ…誰…ですか?」

 やっぱりどうやら…喉がいがいがして声が出しにくい。

 看護師はあまり気にした風でもなく「加賀谷かがやさといくんだね?おじいちゃんとおばあちゃんが来てくれましたよー」と、場を制するように割って入ってきた。

 おじいちゃんと…おばあちゃん?

 「覚えてるかなー」と言う看護師とうんうん頷くおばあちゃん。
 「慧、」と呼ぶ母の声に「おめは来んじゃねぇだだ!」と、おばあちゃんが怒鳴っている。

 結局全員、まずはカーテンを閉める形で看護師に追い出され、向こうではまた、喧嘩が聞こえ始めた。

「こんにちは」
「…こん…にちは…」
「今日担当の田中です」

 札を見せられた。田中光彦さんというらしい。

「えっと、ご家族の方には説明したんだけども…君はアナフィラキシーでここに運ばれてきたんだ、びっくりしたよね。
 一応、お名前と生年月日は」
「199…4年…、10月3日、加賀谷慧です…」
「意識は大丈夫そうだね。
 アナフィラキシーって、アレルギーのちょっと酷いやつなんだけど、悪化する可能性もあるし、君はちょっと栄養が足りてないから、3日か…うーん…おじいちゃん車で来たらしいんだよね…」
「え、」
「長野から」
「長野!?」

 …いがいがして咳が出た。

 少し待ってから、看護師は「…ちょーっと聞きたいんだけど…」と声を潜め、「初めて会った?」と続けた。

「え、あ、はい…」
「あー……。長野からだと遠いよなぁ…。
 まぁ、君の体調次第なんだけど、一週間くらいは入院かな…と思う」
「いっ…週間て…」
「まぁ、詳しくはご家族に…。
 食事は…最初はお粥みたいなやつからになるから。食べられるだけでいいからね」

 まるで看護師は逃げるかのように「加賀谷さーん、お話は終わりました、あとはお願いしまーす」と出て行ってしまった。
 おじいちゃんとおばあちゃんらしい二人だけが側に来る。

「おー、はじめましてだんな、おじいちゃんだに。あんべーなっちょだい?」

 ん?

「はぁ、あ、あの…加賀…谷、慧です」
「知っとぅ知っとぅ、おらはおばあちゃんだ、おっきぃなっだなぁ、」

 やっぱり号泣しているおばあちゃんを「よしよしほらほら」と、おじいちゃんが宥める。

「男前んなったなぁ、おら達こんぼこ頃しか見たことねぇんだ、」
「は、ははぁ…」
「しゃ、写真しかよこさねで…美佐子みしゃこはぁ…!」
「そ、そうですか…」

 立派になってだのなんだの言う中、母はやっぱり、ただただ立って見ているだけ。

「あの…長野、から」

 俺がそう言った時だった。

 ふとドアが開き「すみません」と、…スーツ姿の人が申し訳なさそうに警察手帳を見せ覗き込んだ。

 警察?

 混乱も整理も追い付かないまま「あぁ、」とおじいちゃんがカーテンを閉めおばあちゃんが出て行き、「美佐子に聞けだ!美佐子に!もーもーしぃ!」と怒っている。

 おじいちゃんも「すまんねぇうるさくて。おどけるになぁ」と俺に申し訳なさそうに言って出て行っては、「孫が寝とるだんに、外出ましょ。みぐさくてかなわん」と、どうやら病室の外に追い出したようだった。

 …何が起きているのか…。

 まだ整理も出来ないまま、おじいちゃんだけが戻り、「悪かったなぁ」と側に座る。

「ほんで、あんべーなっちょだい?」
「……え?」
「あぁえっと、あんべぇは、なっちょ…だい?」
「…んーと…」

 どうしよう。
 何を言ってるかわからない。

 俺が困惑しているのがわかったらしく、おじいちゃんは頑張って「えっと、身体の、あんべぇは」…塩梅か!「あの、なっちょ、だい?」…何か聞いているんだろう、多分、具合かな?

「あ、うーんと、元気…です?」
「あぁそうそうそう!痛ぅないかに?」
「あ、はい、痛いとこない、今…」

 パッと、手が気になった。

 丁度点滴の刺さっていない…おじいちゃん側…左手。
 震えている。
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