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遊泳
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喉が乾いて目を開けると、淡々とした先生が覗き込み、「あぁ、起きた」と言いながら忙しなく額の…冷却シートを剥がしてまたつけてくれた。
先生の部屋の匂い。
冷たくて気持ちいい。
「陽、大丈夫かい?」
「…せんせっ、」
喉が乾いて口の中が痛い。咳き込んだ、深くなって嘔吐くほどの咳。
あ、
目の前がぐるぐるしてる、若干。
「お水を飲もうか、陽」
「ぇんせっ、」
「起き上がれるかな…ちょっと力を抜いて頂戴。頭抱えるから…」
「何?」
「ん?熱が出たみたいだよ、陽」
先生の優しい声に力を抜いた。
「目を瞑ってみて」と言われ、従えば少しだけふわっと、身体が浮いた。
ゆっくりを目を開けたらちゃんと視界は定まり先生の八重歯がにやっと見えて「いい子」と片手にスポーツ飲料を見せてくれた。
「今回のお薬は少しキツいね、ごめんよ陽」
「ん…」
「またお薬でごめんね。今日はちゃんと寝ていてね」
口元にペットボトルの口が当てられ、一口だけ飲んだ。人工的な甘い味がする。
「…せんしぇ」
「…口もよく回ってないようだ。噛まないように」
スポーツ飲料をその場に置いた先生は、いくつかの粒を掌に乗せ、また口元に運んでくれるのだけど、頭の奥底で思い出した。
「飲め…ない」
「一粒づつにしようか」
「違う、」
戸惑った先生が何かを言う前に私は「飲まして」と要求する。
「…陽…?」
「悠に、」
悠にもするんでしょと言葉が出ていかない。
間が生まれて先生は困ったように笑い、「悪い子だなぁ」と砕けた口調で言った。
「そろそろ仕事に行かなきゃいけないんだけど」
「えぃちゃん、」
はにかむ。
「からかってる?」と私を探るように言うから「舌が、」と告げればまた間があって。
間で先生は笑顔を捨て酷く冷淡な真顔になってしまった。
「…大人をからかうのはやめなさい」
「なんでっ…」
「俺はいまから仕事なんだけど」
「…うん、」
泣きそうになった。
急に不安に襲われ視界がぼやけるのも早いけど「あぁ、もう」と先生は怒っている。
「…どうにかなりそうなんだから、」
だけど先生はそのまま掌の薬と置いたスポーツ飲料を口に含み、荒っぽく私の口を塞ぐ。
生ぬるい液体、そこで意識もはっきりとしたけど後頭部を掴んでいた先生の手、指に髪が掴まれたのはわかる、ぬるっとした舌が入ってきて薬は確認できなかった、けど喉を動かした、舌が、襲うように私の口で動いては離れるけれど舌も唇で食まれて。
何度か先生は私の舌を食んでは舐めた。
ふと離れて見つめた先生の目は綺麗で、少し落ち着いているように細められたけど、ふいにベッドに沈んだ私の身体、先生の右手は私の左手首を這って、かりっと爪を立てた。
痛い、のに。
「…お昼ご飯は一応用意したから」
そう言って先生は離れてしまう。
私は息をすることを思い出した。
「…先生、」
先生は支度をしようとクローゼットを開ける背中。返事はしてくれない。
鞄を手にした先生に「ありがと、」と伝えると漸く振り向いてくれる。
「大人しく」
「しててね。出来るだけ早く帰ってくるから」
「…はぁい」
「冷却シートは側にあるからね。スポーツ飲料もなくなっちゃったら…一応冷蔵庫にあるから」
それに笑顔に戻ってくれたから「はぁい」と私も笑顔で答える。
「行ってくるね」
「いってらっさい」
先生は部屋を去った。
先生が去った部屋で一人暑くて布団を剥いだ。
熱くて、痺れそう。
股の内側も少し暑いけれど私にはやっぱり元気はないみたいだった。
虚ろになりそうな、白い天井。
あの先生の表情は初めて見た。何か、夜のように綺麗な瞳の奥が果てしなく広いと感じた、何を見つめているか虚ろな気がするけど、熱くて、鼻血が出そう。先生に熱を移してしまっただろうか。
よくない我儘を言ってしまった。
けれど、なんだか…。
あぁ、恥ずかしいかもしれない。
悠はこの恥ずかしさに耐えているのだろうか、あれはキスと言う行為に入るのかわからない。
痺れた舌は解されたのか、いや、まだ感覚もない。
少し寝よう。酷く寒くて酷くダルいのに暑苦しい。
目を閉じたら頭の奥が溺れるようにふわふわしていて、ふらふらと、お母さんは素っ気なく「寝てなさい」と部屋を去った子供の日を思い出す。
お母さん、僕はこんなに苦しいの。寝てれば治るけどいまは苦しい。誰もいない。悠も「うつるから」とお母さんに連れられてしまったから、一人で。
寂しいなぁ……っ。
思い出したら暑くなる、涙が出てきてより蒸発しない。
「ハル、お待たせ」
あぁそうだ思い出した。
ドアを見れば、悠が立っていて「抜け出してきた」と曖昧に笑ったそれに、幼い頃の面影があるような気がする。
「…悠?」
細身で、少し女の子のような男の子のようなダボっとしたパーカーの袖が長めで。
ふわっと風が吹いたような気がした。
悠はきっと、21歳になっている。
笑って側まで来て頭を撫でてくれたその袖に隠れた傷を私は知っている。
「側にいるよ、ゆっくりおやすみ」
あぁ、
「…悠っ…!」
目元を覆うその手は、優しい。
やっと会えた。
袖から見えた傷に血が滲んでいた。
先生の部屋の匂い。
冷たくて気持ちいい。
「陽、大丈夫かい?」
「…せんせっ、」
喉が乾いて口の中が痛い。咳き込んだ、深くなって嘔吐くほどの咳。
あ、
目の前がぐるぐるしてる、若干。
「お水を飲もうか、陽」
「ぇんせっ、」
「起き上がれるかな…ちょっと力を抜いて頂戴。頭抱えるから…」
「何?」
「ん?熱が出たみたいだよ、陽」
先生の優しい声に力を抜いた。
「目を瞑ってみて」と言われ、従えば少しだけふわっと、身体が浮いた。
ゆっくりを目を開けたらちゃんと視界は定まり先生の八重歯がにやっと見えて「いい子」と片手にスポーツ飲料を見せてくれた。
「今回のお薬は少しキツいね、ごめんよ陽」
「ん…」
「またお薬でごめんね。今日はちゃんと寝ていてね」
口元にペットボトルの口が当てられ、一口だけ飲んだ。人工的な甘い味がする。
「…せんしぇ」
「…口もよく回ってないようだ。噛まないように」
スポーツ飲料をその場に置いた先生は、いくつかの粒を掌に乗せ、また口元に運んでくれるのだけど、頭の奥底で思い出した。
「飲め…ない」
「一粒づつにしようか」
「違う、」
戸惑った先生が何かを言う前に私は「飲まして」と要求する。
「…陽…?」
「悠に、」
悠にもするんでしょと言葉が出ていかない。
間が生まれて先生は困ったように笑い、「悪い子だなぁ」と砕けた口調で言った。
「そろそろ仕事に行かなきゃいけないんだけど」
「えぃちゃん、」
はにかむ。
「からかってる?」と私を探るように言うから「舌が、」と告げればまた間があって。
間で先生は笑顔を捨て酷く冷淡な真顔になってしまった。
「…大人をからかうのはやめなさい」
「なんでっ…」
「俺はいまから仕事なんだけど」
「…うん、」
泣きそうになった。
急に不安に襲われ視界がぼやけるのも早いけど「あぁ、もう」と先生は怒っている。
「…どうにかなりそうなんだから、」
だけど先生はそのまま掌の薬と置いたスポーツ飲料を口に含み、荒っぽく私の口を塞ぐ。
生ぬるい液体、そこで意識もはっきりとしたけど後頭部を掴んでいた先生の手、指に髪が掴まれたのはわかる、ぬるっとした舌が入ってきて薬は確認できなかった、けど喉を動かした、舌が、襲うように私の口で動いては離れるけれど舌も唇で食まれて。
何度か先生は私の舌を食んでは舐めた。
ふと離れて見つめた先生の目は綺麗で、少し落ち着いているように細められたけど、ふいにベッドに沈んだ私の身体、先生の右手は私の左手首を這って、かりっと爪を立てた。
痛い、のに。
「…お昼ご飯は一応用意したから」
そう言って先生は離れてしまう。
私は息をすることを思い出した。
「…先生、」
先生は支度をしようとクローゼットを開ける背中。返事はしてくれない。
鞄を手にした先生に「ありがと、」と伝えると漸く振り向いてくれる。
「大人しく」
「しててね。出来るだけ早く帰ってくるから」
「…はぁい」
「冷却シートは側にあるからね。スポーツ飲料もなくなっちゃったら…一応冷蔵庫にあるから」
それに笑顔に戻ってくれたから「はぁい」と私も笑顔で答える。
「行ってくるね」
「いってらっさい」
先生は部屋を去った。
先生が去った部屋で一人暑くて布団を剥いだ。
熱くて、痺れそう。
股の内側も少し暑いけれど私にはやっぱり元気はないみたいだった。
虚ろになりそうな、白い天井。
あの先生の表情は初めて見た。何か、夜のように綺麗な瞳の奥が果てしなく広いと感じた、何を見つめているか虚ろな気がするけど、熱くて、鼻血が出そう。先生に熱を移してしまっただろうか。
よくない我儘を言ってしまった。
けれど、なんだか…。
あぁ、恥ずかしいかもしれない。
悠はこの恥ずかしさに耐えているのだろうか、あれはキスと言う行為に入るのかわからない。
痺れた舌は解されたのか、いや、まだ感覚もない。
少し寝よう。酷く寒くて酷くダルいのに暑苦しい。
目を閉じたら頭の奥が溺れるようにふわふわしていて、ふらふらと、お母さんは素っ気なく「寝てなさい」と部屋を去った子供の日を思い出す。
お母さん、僕はこんなに苦しいの。寝てれば治るけどいまは苦しい。誰もいない。悠も「うつるから」とお母さんに連れられてしまったから、一人で。
寂しいなぁ……っ。
思い出したら暑くなる、涙が出てきてより蒸発しない。
「ハル、お待たせ」
あぁそうだ思い出した。
ドアを見れば、悠が立っていて「抜け出してきた」と曖昧に笑ったそれに、幼い頃の面影があるような気がする。
「…悠?」
細身で、少し女の子のような男の子のようなダボっとしたパーカーの袖が長めで。
ふわっと風が吹いたような気がした。
悠はきっと、21歳になっている。
笑って側まで来て頭を撫でてくれたその袖に隠れた傷を私は知っている。
「側にいるよ、ゆっくりおやすみ」
あぁ、
「…悠っ…!」
目元を覆うその手は、優しい。
やっと会えた。
袖から見えた傷に血が滲んでいた。
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