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遊泳
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「どこに行ってたの悠」
「どこにも行っていないよ」
伸ばした手を緩く握った悠は仄かに笑って「ずっと側にいるよ」と言う。
嘘吐き。
その手は掴んでないじゃない。
「嘘吐き、ずっといなかった、」
「いたよ、ずっと」
「どこに、」
「私たちは離れられないでしょう?」
そう言った悠は優しく頭を撫で、「ハル、」と呼ぶ。それだけで、落ち着いてくるように感じてまたぐるぐる、ぐるぐると涙が出てくるのに。
「泣かないでよハル」
彼は笑顔のままそう言った。
「だって…!」
「泣かないで、泣かないで」
「寂しかった、」
「どうしたら泣き止んでくれるの」
「ずっといて、悠、」
「わかった」
しかし彼は「ほら、」と、袖から傷を見せ歪んだように笑った。
「ね、ずっといるでしょ?ハル」
「悠?」
「可哀想、可哀想なハル。だから一緒にいないと」
前髪を、掴まれた。
髪の毛がちぎれる音がする。
「痛い、痛いよ悠、」
「痛いの?じゃぁ病院に行かなくちゃ」
目が回る。
こんなの悠なんかじゃない。
「貴方は、一体誰、悠、はどこにいるの、痛い、」
「ここにいるよ。貴女だけの、」
違う、違う。
「違う、そんなんじゃない、」
「じゃぁどんなんだったの?」
…目の前の悠は子供のような笑顔で笑って前髪を離しては「苦しいねぇ」と言う。
だけどまた嘘みたいに私の手首を包み、「悲しいよ」と、そう笑顔のまま言っては手の甲に口付けた。
「ずっと側にいてあげる。大好きなハル」
そう言って抱擁された。
ふわっと、涙で肺が犯されそう。溢れる安心と恐怖が混ざって私も抱擁を返せば「泣かないで、」と耳元に絡み付く。
だから、溢れていく。
「…怖いよ悠、」
「大丈夫、大丈夫」
だけど背中を撫でる手が優しいのだから、離してしまいたくない。
私のせいで悠がおかしくなってしまったんだ。
「…痛いのは嫌よ、悠」
「でも生きてるって感じるでしょう?」
「…うん、」
「ずっと一緒に生きていこうね」
彼は泣きそうな顔をしてベッドに乗りあげ、私に跨がってじっと私を眺めた。
「大好きだよ、ハル」
耳元まで顔を寄せた悠が湿っぽくそう言う。
耳鳴りがする。
頭が割れそうに痛い。
食まれた首筋に顔をしかめる。優しく食んで、それも歯が立って「痛い、」痛い、息も暑くて苦しい。
「助けて、誰か、悠、助けて、」
「大丈夫だよ」
「痛い、ホントに痛いの、痛いのっ、」
頭が痛い。
耳鳴りがする。
「痛くないよ、ハル」
どうにかしなければ、殺されてしまう。
殺されてしまう?
喉に、親指が当たっている。
あれ、
苦しい。
「うぅっ…、やめ、やめっ、て!ゆ、悠、」
「どうして」
じりじり、じりじりと喉が絞められていく、苦しい、誰か、誰か助けて。
「ぅっく…、」
だけど。
「ゆ、」
目の前の悠は表情を崩して泣いていた。
苦しい。
どうして泣いているの。
苦しい。
泣かないで、どうか泣かないで。
……苦しい。
じりじり、じりじりと締め上げられていく呼吸、耳鳴り、頭痛と遠く離れていく意識。どうして、どうしてこうなってしまったんだろう、「ハル、」と、先生のような、悠のような、私のような声が聞こえる。
「お前なんて死んじゃえばいいんだ」
あぁそう。うん、そう。
死んじゃえばいいのにね。
目を閉じる。死んじゃえばいいんだ。そう、死んじゃえばいいんだ。
「陽、どうしたの、」
引っ張られた。
先生が慌てた顔で覗き込み、右の肩を揺らされていた。
「せんせ?」
いない。
悠は、どこにもいない。
「陽、しっかりしろ、陽」
「せんせい?」
「先生だよ、どうし」
パッと先生は視線を逸らす。逸らした先には先生の腕と食い込むように掴む私の右手。痛そうに歪む顔。
「落ち着い」
「うぁぁぁああ!悠は、悠が!」
「陽、」
「いないいないいない、どこに、どこに!」
「落ち着こう、よし、よし、」
先生の胸があった。
泣いてしまう、いやもう泣いている。
幻覚なのかはわからない、いや、あの感触。確かに悠はここにいたのに。
「うっ、うっ、」
「…息吸える?」
落ち着いた声が降ってくる。
早まって熱くなった身体の力が抜けていく。
背をさするその手はふんわりと優しいのだし、「よしよし、もう少し、」と言う声だって優しい。
先生。
貴方は誰に話しかけているの。
「…せんせい、」
力が抜けた。
両手で探してみても、血塗れじゃわからない、何も掬えない。
「どこにも行っていないよ」
伸ばした手を緩く握った悠は仄かに笑って「ずっと側にいるよ」と言う。
嘘吐き。
その手は掴んでないじゃない。
「嘘吐き、ずっといなかった、」
「いたよ、ずっと」
「どこに、」
「私たちは離れられないでしょう?」
そう言った悠は優しく頭を撫で、「ハル、」と呼ぶ。それだけで、落ち着いてくるように感じてまたぐるぐる、ぐるぐると涙が出てくるのに。
「泣かないでよハル」
彼は笑顔のままそう言った。
「だって…!」
「泣かないで、泣かないで」
「寂しかった、」
「どうしたら泣き止んでくれるの」
「ずっといて、悠、」
「わかった」
しかし彼は「ほら、」と、袖から傷を見せ歪んだように笑った。
「ね、ずっといるでしょ?ハル」
「悠?」
「可哀想、可哀想なハル。だから一緒にいないと」
前髪を、掴まれた。
髪の毛がちぎれる音がする。
「痛い、痛いよ悠、」
「痛いの?じゃぁ病院に行かなくちゃ」
目が回る。
こんなの悠なんかじゃない。
「貴方は、一体誰、悠、はどこにいるの、痛い、」
「ここにいるよ。貴女だけの、」
違う、違う。
「違う、そんなんじゃない、」
「じゃぁどんなんだったの?」
…目の前の悠は子供のような笑顔で笑って前髪を離しては「苦しいねぇ」と言う。
だけどまた嘘みたいに私の手首を包み、「悲しいよ」と、そう笑顔のまま言っては手の甲に口付けた。
「ずっと側にいてあげる。大好きなハル」
そう言って抱擁された。
ふわっと、涙で肺が犯されそう。溢れる安心と恐怖が混ざって私も抱擁を返せば「泣かないで、」と耳元に絡み付く。
だから、溢れていく。
「…怖いよ悠、」
「大丈夫、大丈夫」
だけど背中を撫でる手が優しいのだから、離してしまいたくない。
私のせいで悠がおかしくなってしまったんだ。
「…痛いのは嫌よ、悠」
「でも生きてるって感じるでしょう?」
「…うん、」
「ずっと一緒に生きていこうね」
彼は泣きそうな顔をしてベッドに乗りあげ、私に跨がってじっと私を眺めた。
「大好きだよ、ハル」
耳元まで顔を寄せた悠が湿っぽくそう言う。
耳鳴りがする。
頭が割れそうに痛い。
食まれた首筋に顔をしかめる。優しく食んで、それも歯が立って「痛い、」痛い、息も暑くて苦しい。
「助けて、誰か、悠、助けて、」
「大丈夫だよ」
「痛い、ホントに痛いの、痛いのっ、」
頭が痛い。
耳鳴りがする。
「痛くないよ、ハル」
どうにかしなければ、殺されてしまう。
殺されてしまう?
喉に、親指が当たっている。
あれ、
苦しい。
「うぅっ…、やめ、やめっ、て!ゆ、悠、」
「どうして」
じりじり、じりじりと喉が絞められていく、苦しい、誰か、誰か助けて。
「ぅっく…、」
だけど。
「ゆ、」
目の前の悠は表情を崩して泣いていた。
苦しい。
どうして泣いているの。
苦しい。
泣かないで、どうか泣かないで。
……苦しい。
じりじり、じりじりと締め上げられていく呼吸、耳鳴り、頭痛と遠く離れていく意識。どうして、どうしてこうなってしまったんだろう、「ハル、」と、先生のような、悠のような、私のような声が聞こえる。
「お前なんて死んじゃえばいいんだ」
あぁそう。うん、そう。
死んじゃえばいいのにね。
目を閉じる。死んじゃえばいいんだ。そう、死んじゃえばいいんだ。
「陽、どうしたの、」
引っ張られた。
先生が慌てた顔で覗き込み、右の肩を揺らされていた。
「せんせ?」
いない。
悠は、どこにもいない。
「陽、しっかりしろ、陽」
「せんせい?」
「先生だよ、どうし」
パッと先生は視線を逸らす。逸らした先には先生の腕と食い込むように掴む私の右手。痛そうに歪む顔。
「落ち着い」
「うぁぁぁああ!悠は、悠が!」
「陽、」
「いないいないいない、どこに、どこに!」
「落ち着こう、よし、よし、」
先生の胸があった。
泣いてしまう、いやもう泣いている。
幻覚なのかはわからない、いや、あの感触。確かに悠はここにいたのに。
「うっ、うっ、」
「…息吸える?」
落ち着いた声が降ってくる。
早まって熱くなった身体の力が抜けていく。
背をさするその手はふんわりと優しいのだし、「よしよし、もう少し、」と言う声だって優しい。
先生。
貴方は誰に話しかけているの。
「…せんせい、」
力が抜けた。
両手で探してみても、血塗れじゃわからない、何も掬えない。
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