陶酔サナトリウム【途中完結】

二色燕𠀋

文字の大きさ
30 / 54
Act.4

1

しおりを挟む
 空気も壁も薄汚れた狭い箱のような天井を眺めている。
 多分僕はベットに仰向けで、今日の夕飯は豆腐だけで良い、もう何も食べる気すら起きないなと考えていたら「あぁ、コレ凄いねぇ…」だなんて、粘っこい、不衛生で不潔な声が耳元に聞こえて来る気がするんだ。

 今日の夕飯は水と…豆腐でなく果物が入ったゼリーが良い、透明で透けていて、輝いて綺麗で、「ほぅら自分で見てごらんよ」と湿った、男の声がするような気がして今日の夕飯は、もうスポーツ飲料で充分だと頭のなかで考えていたら、誰かが覆い被さって「佐奈斗、」と切れそうな声が聞こえてきた。

ほ…ら。

「……っ、」

 喉が詰まったような、いや、圧迫されたような、そんな苦しさに頭が今日の夕飯は、今日の夕飯はもう、なんでもいいから絞め殺して欲しいだなんて舌を噛もうとしたときにがりっと、とても硬い何かを噛んだ気がして「いってええええ!!!」と断末魔が聞こえてきた。

 これ以上見てはいけない、あぁ、見てはいけない、明日の夕飯は、明日は、いつまでこんなことをしているんだろうと僕の口に広がった鉄の味に吐き気がして喉を、動かしている、苦しい、苦しいとベットで這いつくばっていたら嘔吐したものは誰かの、どこかの指の第一関節までが転がった。

「……っ!」

 声は飲み込まれて、シーツに血が広がってゆく、明日の朝が怖い、この指は誰のものなんだ、あぁ、ああ、苦しい、首が、息が出来なくて、どうして、どうして喉の底に苦味が流れ込むんだ、苦しい、誰か、何か、


「佐奈斗、おい大丈夫か、」

 誰かが心配そうに僕の顔を眺めていた。
 この人、この驚いた顔のボサボサ頭はと頭が回らず乾いた音がして五十嵐は僕から顔を背けた。

 この人は五十嵐透だ、そして夢を見ていてさっきまでの人とは違うと急速に脳へ理解が流れた瞬間に「っはぁ、…っはっ」息苦しくなった。

「おい、大丈夫か!」

 五十嵐が心配そうに体勢を治して僕の身体を揺すったその手に反射でしがみつく。心臓が異様に速い。
 「っいっ…、」と苦悶の表情を見せた五十嵐の腕にしがみついた僕の手は、食い込みそうなほどに力を入れている、ダメだ、これは違う、どうしよう、あぁあ怖い、怖い、息が苦しい、焦る、あああ、っはぁ、息が…、

「落ち着けよどうした、深呼吸しろ、…わかった、一回離せ、」

 あぁ、そうだ、でもこの手を離したら。

「……っ待って、あの、」
「喋るな!息、」

 息。
 そうだ、苦しいんだ。
 しかし理解したら苦しい。あぁ、いまどうやら過呼吸なんだ、じゃぁ、じゃぁどうにかしなければ、はぁ、はーっ、詰ま、る、はぁ、はーっ、はぁ、「よし、それだ多分」、あぁ落ち着いてきた。あぁ、苦しい、歪んでくる。

 だけど力を入れていた五十嵐の腕に、その逞しさに急に安定してきた。
 酷く呼吸の音が掠れていたけど、力が抜けた隙に胸元をぽんぽんとしてくれた五十嵐の手の甲に触れたら途端に安心が、溢れだした。

「……ビビった…、」

 安心が流れ込めば目は霞んでくる、これは血液循環で透明になった塩分だと理解すれば「すみません…」と、安心したように座った五十嵐を眺めた。

 そのテーブルにあったブルーライトは、一時停止に仰向けで男に跨がられた僕らしき人が映っていた。理解した。あれは芋虫で、悪夢の原因じゃないかと「触らないで、」と五十嵐の手を振り払った。

 僕はかつて、アダルトビデオ、しかもゲイビデオの男優だったらしい。

「…あ。
 …………悪かったよ」

 しゅんとした五十嵐に怒りすら覚え、「何してるんですか…」が喉で潰されて低くなった。

「いや、なんも、そういったことはしてないけど、」
「…不衛生です」

 あの画面の向こうで僕は、食い扶持の事を考えているんだ。だけど、この時の事なんて覚えていない、綺麗さっぱり。
 非常に、不衛生だ。

「…ごめんて、」

 五十嵐は少し強めにそう言い、「コーヒーが良いんでしょうか水が良いんでしょうか」と、露骨に不機嫌になってそう続ける。

 なんであんたがキレるか全然意味不明なんですけど。

「…コーヒーで」
「はいわかりましたっ、」

 五十嵐はパソコンを閉じリビングでコーヒーを用意し始めた。
 僕はそれに疲労を自覚する。

「…五十嵐さん」

 返事はなかった。
 ならもういいやと「やめていただけませんか」と告げた。

「…うん、」
「でも、ね」
「…なんだよ」
「多分、僕は、」

 言葉が、途切れ途切れで気持ち悪い。
 けれど五十嵐は「悪かった、落ち着くまで喋らんでいいよ」と言う、それは、優しく不機嫌。

「…覚えてないんです」
「うん」

 コーヒーの臭いが近付き、五十嵐はパソコンの横に、わりと雑に海のカップを置いてくれては、振り向くように僕を見る。

「けど…」
「うん」
「それ、夕飯の事を考えてるんですよ」

 そう聞いた五十嵐は少し意外そうな顔をして「そうなの?」とまたパソコンに手を掛けて、やり場のないように動作を止めた。

「…いや、開いていいですすみません」
「は?」
「すみません、あの、よくあることで…」
「いや…、えっと」

 ベットから降り、素直にコーヒーを飲むことにした。降りた先には五十嵐の敷布団があるが、最近ここでの飲食すら気にしなくなってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...