月を射して

二色燕𠀋

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 タカシさんが売春なのか、単に場所を変えたのかはわりとどうでもいいのに、不思議だ。
 どうやら、気になるのはその相手らしい。

 理性では現実の問題点ばかりが頭を占めていた。
 どうやらそんな物は吹っ飛び、後回しにするくらいなのだから本当に不思議でしかない。
 気になって煩わせるそれを解決した方が効率もいい、とすら思えてくる。

 自分は何事も卒なく両立してきた人生だった、そんな俺に、もしかすると転機というかなんというか試練というか、流石にそんな付けが回ってきたのかもしれない。

 アレで抜いて素直になれた、今日は火曜日。賢者タイムにらしくないことまで考えて開き直ることにして。
 
 後の事は深く掘り下げない。気まずくなるのなら足を踏み入れない方が良いと学んできた。

 大学が終わったらハプバー行こ。
 ぼんやりもう一眠りしようと思ったところ。

晃彦あきひこ

 ノックの音がしてすぐ、意味もない「入るぞ」にドアが開く。

 ……これは動かない方が得策だ。
 握ったティッシュが、より湿る。

 いや、返事をしなければいいじゃん、と過ったのは「何」と、動揺して返事をしてしまったあとだった。

「起きてたか」

 朝なのに親父の声は酷く疲れているように聞こえた。

「…うん」
「丁度良いな。午後から大学だよな」
「うん」
「午前中には不動産屋、行けそうか?」

 うーん……。

「……行けたら行く」
「お前も居心地悪いだろ。気に入らないならどこでもいい。金も心配するな」
「わかった」
「まずは行ってこい」

 渡された物件パンフレットすら、見もしてねぇんだよ。

「…金は心配しなくていいんだよね、父さん」
「ん?」

 去ろうとしていた親父に言いたくなった。ダメ元だ、ちょっと困らせてみたいが早る。

 「あのさ」、振り向いて…驚いた。
 いつ以来、とか、いや、最近頻繁に親父を見ていたはずなのに。
 えらく、疲れて小さくなったような気がする。なんだろうな、このセンチメンタルは。

「……なんだ?」
「……いや」

 急速に反抗期は冷えていく。
 本当に願うならきっと、言ってみないと始まらない。

「何かあったら言え。聞くから、夜にでも」

 …やはり良い加減、自分の問題はきっぱりと片付けた方がいいのかも。

 自分も良い加減今日はまず学校に行くかと思って着替えたけど。
 何もしっくり来ない。

 親父と入れ違い、すれ違いに廊下で合う。
 「いま、やめとけ」と、親父はリビングを眺めた。

「母さんまだいるから」

 溜め息が出そうなのは俺もだよ。
 そんなことにむしゃくしゃしそうだけど「わかった」と言うしかない。

「…荷物すぐ持ってくるから、送ってくれない?」
「…ん。急げ」

 親父と分かり合えているとは思えない。

 母親となんてもっての他だ。この、親父との一体感はただただ、「面倒事は避けよう」という排他的で夢のないものだと、大分前から互いに知っている。

 壁に掛けた鞄だけを持ち「今日は遅いから」と、適当な報告をした。

 車に乗せて貰い、「それで」と話題を振り返されることに、自分から言い出したクセに急に気まずくなってしまった。

「…出て行く前に一つだけ聞きたいんだけどさ」
「…なんだ」

 父親の温度のない「なんだ」に、まずはどれから言えば効率が良いのだろうかと組み立てる。

「…この前取った潜水士の資格、あったっしょ」
「あぁ、おめでとう」
「俺が出て行くのって本当に二十歳だからなわけ?」
「都合の悪いことを省くな」
「あぁ、はいはい。遊びまくってた件は謝る。
 母さんの事だけど」

 …要領を得ない、我ながら。
 親父は黙って待っている。

「……小さい頃に母さんが金魚を感電死させたの、俺は忘れられないから」
「いつの話だ…?何が言いたい?」
「うん、ごめん。言いにくくて。はっきりズバッと言うと、先生から、3年次に編入を勧められた」
「…編入?」
「そ。6年制に」
「……6年制…」
「親父の頃はなかった?」
「……晃彦、なんの意味があるんだ?それは」

 微妙に分かり合えないのは、俺も悪いし価値観も違うからかもしれないが。

「…多分、母さんに言ったら殴られるけど、俺がなりたいものになるには6年大学を出ての学士を貰わないと、試験が受けらんないんだよね」
「…お前、なんか、資格は沢山取ったんだろ?」
「簡単なやつはね」

 親父は露骨に黙った。
 なんの意味があるんだ、確かにそう。

「…そんなに大変なのか?」
「ん、だから、6年制の学士を貰わんと受ける資格が」
「今まで取ったのはなんの意味があるんだ?大学卒業で貰える資格もあっただろ?」

 あぁ。
 ただの子供のようなことを言ってなんの意味があるんだ。

「別に先伸ばしをしたいなんて理由で言ってる訳じゃないけど、わかった。奨学金とか考え」
「本気で言ってるのか?」
「……丁度、あの人と離れるなら、良いかなって思ったんだけど。どうせ3年からは遊べなくもなるし、それこそ研修で。増殖系より血を浴びる医者の方がまだましだと思うんだけど」
「……わからん世界だな」

 閉ざすんだな。

 わからないことはわからない。
 きっと一生俺だって分かって貰えないし、俺もこの人たちを分かることが出来ないかもしれないなんて。

「……別に良いけどね。編入試験を受けることからかも。でも、」
「…お前は確かに、昔から優しいとは思う。けど、考えさせてくれないか」
「……そうだね。
 ごめん、悩ませてみたかっただけ。別に良いから、充分」
「…お前への支援は最大限したいんだ、」

 …あっそう。
 じゃあそれになんの意味があると言うのか。
 そもそも、その夢は高校受験の時点で失敗している。

 …薄暗い。
 キリンが高いところの葉をむしゃむしゃ食う姿がふと浮かんでくる。
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