うたかたに燃ゆ

二色燕𠀋

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破 一段目

散り花の段 二

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 本音はもっと言葉を掛けてやりたかった。
 人として純粋に2人の若者の幸せを願えど……この心中が例えば大衆娯楽のような心境なのだとしたらと思えば…どうしても口を噤むしかなく。

 食事を終え、花も権平もそれぞれ仕事を始めた頃、流は膳を下げにやってきた。

 ふと見た際、流は扇形の二つ足で髪を結い上げていた。
 …よく見れば着物もまた振袖になっていて…。そこらの女子より随分別嬪だし…妙に妖艶だ。

 ハッとした花が「流さん…ですか?」と聞けば、彼はニヤッと笑い「いやまぁ貰ったので」と平然と言う。

 なるほど…と権平は感心をした。
 今までは無頓着で、誤って振袖なんぞを着てしまうことがあったが、今回は敢えてそうしたのだろう。

 自分の特徴を捉えていたのかと思えばふとその簪を抜き「あの人、随分と話し掛けてくるんですね」と、簪をばんっと、ぞんざいに自分の作業台置いた。
 パキッと音がし再びそれを手に取り眺める。1本の足が磨損したようだ。

「装身具屋さんと手を組んだせいか…これはどこから買い付けたのでしょうね」
「…え、」
「新品だろうにこの程度で壊れるんじゃ…少し吹っ掛けましたね。なるほど、だからその場で店主が私の髪を使ったのか…」
「……え?」
「珍しく店主が自身で取引をしたんですよ、私は騙されますからね…。随分高く貸したなぁと思いましたが…困ったな、直せなくなりました…。
 花さん」
「は、はい…!」
「あの人はもう来ないと思いますが…暫くはこの手で行きます。花さん、お仕事が押してしまってましたし、」
「それはつまり…」
「……一寸、壊したので店主に叱られてきます」

 その瞬間、花は権平と流を交互に見やる。
 ハッと「いや、それは」と、権平はつい口走った。

 それはいずれ、もしかすると悪意に変わってしまうのではないか…?

「あんたに矛先が変わってしまうだけで…どないして」
「腹が立ったからですよ」

 流はすっとした顔で「花さんも怖い思いをしているし、」と言った。

 幼い頃から流を見てきた権平すら、初めて見た流の怒りの感情だった。

「流さん、」
「……何が、という訳では無いけれどあの男を見る度…あの軽い態度なんでしょうか。私は腹が立って仕方がなく、」
「せやけど」
「私もまだ感情がわからないのですが、良い気ではないので…気にしないでください。これは私の心の問題です」

 …あぁそうか。
 いつも淡々とし穏やかな青年だと思っていた。我慢強さもあり…だからこそ少し、気の毒で心配だったのだけど。

「…流、」
「はい?」
「…あんたはすぐに、心に抱え込んでしまうから、」

 優しくも強い…確かにそうだったかもしれない。仕事への心構えやら…生き方が。

「……なんだか、」

 花は少しだけ表情を和らげる。

「…一瞬誰かわからない程に綺麗で、でも逞しくて…あんな人に何を怖がってたんでしょうね、私は」
「花さん。
 その者に恐怖を感じたのなら、あながち間違いではないものですよ。気を付けるに越したことはない…です」

 いつも通り穏やかな青年に戻った流は簪を持ち「……少々、」と、気まずい顔で表に戻って行く。

 花を見ればそれはもう、乙女の顔をしていたけれど。

「………聞いていいか、わからなかったのですが」

 口を開いた花は「流さんはその……店主に虐げられているのですか…?」と聞いてくるが、そればかりは流の尊厳の話でもあると、黙殺するように花の目を強く見る。

 大衆娯楽ではそんな時。
 想い合う男女は最期を遂げてしまうのだ。権平はいつの間にかこの2人に対し「どうか見守りたい」という情が湧いてしまっていたのだ。


 後悔先に立たずと骨に染みるのは、言葉通り、後の話でした。
 そう投げることしか出来なかった己への戒めとして、私は今、足も不自由で盲にもなった…これは因果応報だと自戒の念しかありません。

 ……さて、甥っ子さん。
 私はもう残すところ幾許もないのですから、ここから貴方の聞きたかった話の根幹へ行きますが、誰にも話してこなかったところです。
 今となってはこの店…地主すら変わっていることはご承知おきのことかと思います。つまり、良い話ではありません。

 世の中、聞かなくても問題は無い話等沢山あります。私にとっても貴方にとっても間違いなく、自己満足と自己都合にあたります。その覚悟があるかという……。

 はい、そうですね。花さんと流殿はどうにかなった訳では無いから、彼は貴方の戸籍に居るのですよ。
 人形に込められたその思いは存外…いや、わかりません。ただ、ずっと持っていたのですね…彼は。
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