碧の透水

二色燕𠀋

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 これはきっと水だろうと雪が氷と水をグラスに用意する背に「きよむちゃん」と青田が声を掛けた。

 グラスの口を持ち上げる青田が横目でブルーマンデーの女を見て言う、「後腐れあるタイプっぽいんじゃん?」と。

 それはそうだろうけれど。

「まぁそろそろ良い歳だし、たまには良さそうだけどね」

 青田は特に、雪の返答は待っていないようだ。雪は青田を置いて女に透明な水を出しに向かった。

 ふにゃふにゃした女は胸に掛かるその長い髪を耳に掛け「ありがとー」と呂律が微妙。雪は然り気無くブルーマンデーの丸い空を下げ、空の微笑みを向けるのみだった。
 
 あの火花を散らすようにキラキラした照明は案外、このカウンターからはそれほど綺麗には見えないものだが、溢れている。楽しむ客は程よいアルコールできっと気持ちが良いのだろう。

 雪は自分で雑に割った黄金色の水割りのグラスを片手に遠くを眺める。グラスは水滴で濡れている。仄かな水のウィスキー割りの香りはとっくに失せ溶け合い、交じり合ってカランと音を立てる。
 雪の視線故に、首筋を露にして女も振り返る。汗ばむその反射にアルコールはないのだろう、後残りはありそうだ。
 
 そろそろ良い歳なんだし、たまには良さそうだけどね。

 「モヒートください」と小さく手を上げた二つ左隣の、短髪で白くシックスーツで背筋の良い女は頼んですぐに後ろを向いた。後腐れなさそうだが、森のような涼しいしつこさがあるこのカクテル。

 雪の返事は聞こえないだろう。去り際にブルーマンデーの後腐れがありそうな女に「お客さん」と、声を掛けてみた。

 振り向いた彼女にしか聞こえない距離で「きよむ、と読むんですよ」とエレクトリックに交じり合う低めの、聞こえるかは不明な声で言ってみる。

 聞こえたかは不明であったが、雪がそこから離れてライムを潰し、ミントの森をグラスに作り上げている背中を呆けて見ている様。

 背を向けた短髪の女から、空いたモヒートを回収すると、青田と目が合った。

 にやにやしてタバコを取り出す青田のウォッカトニックはなくなりそうだった。居心地が悪いような、そんな気がして青田の元で雪もハイライトを咥えた。

 雪のそれにゆったりと笑った青田は、しかし何気なく女を眺めて素知らぬように言う、「君は一体どんな顔して寝るのかな」と。

「雪は溶けたら淀んだ水になるからねぇ」

 それから今度はこちらが横目で見られる。少し楽しそうに言う青田の表情には色も入っているだろう。

 やはり独特の自己顕示はあるらしい。後腐れなくとは、連鎖しないとは限らないようだ。

「青田さんも飲みすぎましたね。はいどうぞ」

 青田にはひとつ冗談として、ライムを刺したチェイサーを出してみた。

 「流石に水とライムはどうなの雪ちゃん」と、口調のわりには雪の冗談に喜んだらしい。爽やかに行こうじゃないか。

「春斗さん」

 雪はカップルと盛り上がっていた先輩に「ちょっと下まで行ってきます」とひとつ声を掛けた。

 「あいよー」と言う慣れた返事と、「怒ることないだろ」と言う常連はほっとくとして、雪はバーカウンターから客席に降りる。

 突っ伏してその場に寝そうな『日曜日よりの使者』へ「お客さん、」と近間に声を掛けに行く。

「タクシー呼びましょうか。クレジット、わかりますか?」
「へ?」
「支払いだけお願いしたいです。下までお送りしますから。
 連れの方はお知り合いですか?」
「違ーう」
「じゃぁ、はい」 

 と、さして感情もなく手を貸し立ち上がらせれば、案外ふらふらでも歩けるらしい。
 雪に掴まりながらレジへ行き暗証番号を打ち込むことも、名前を書くことも可能だったが、限界はあるようだ。

 「お兄さんトイレ」と言って女は壁伝いに女子トイレへふらふらと入っていく。外で待つ間にタクシー会社へ電話を掛けた。
 わりとすぐに出てきた女をエレベーターへ誘導する。

 エレベーターが来て乗り込む女は体当たりのように壁に凭れ腰をぶつけている。果たして、7階からの降下に耐えられるのだろうか。

「ちょぉっと仕事で上手くいかなかったんですよねぇ」

 よれた水色のワンピースはズタボロの印象に変わった。
 会社の合コン帰りのような姿。

「そうですか」
「大失敗しちゃってぇ、残業で、飲みキャンセルで」
「憂鬱、吐けました?」

 酒臭いがどうやら胃酸の臭いはない。水曜日にこれだけ酔う、まさしくブルーマンデーのような女だ。明日は二日酔いを残して出勤するのだろうか。

「やっぱバーテンって、なんかぁ、お洒落ですねぇ」
「大分酔ってますね、お客さん」
「キヨムさんがお洒落だからねー」

 話はどうやら通じない。こちらが何を言っているのか、わかっていないのかもしれない。

 一階に着いた。時刻は23時を回ろうとしている。
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