クレイストン・カレッジ

かばね

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【第四章】God Sees All

第7話:初めての発情期(※性描写あり)

楡材の扉を薄く開けるだけで、フェロモンの匂いが一層濃くなる。
花の香りだ。くらくらするような、芳しい香り。
魅惑の香りであった。それがアーサーの決意と覚悟を揺さぶった。…


ベッドと反対側の部屋の左隅、カイルがいた。
鍵を開けて、そのまま床にへたり込んでしまったのだろう。ダマスク模様の壁に左肩を預け、アーサーに背を向けてやや前屈みに蹲っていた。
上にはグレイのトレーナーを着ていたが、下半身は素っ裸である。
突き抜けるような白い脚が折りたたまれて曝け出されていた。
荒い呼吸音がする。部屋の湿度が高くて不快だった。


「カイル。そんな場所では冷えるだろう」


努めて優しい声を出そうとしたが、試みが成功したかはわからなかった。
自分を抑えるので必死だったし、このフェロモンの中で冷静でいられるほうが異常だとさえ思うから。
熱っぽい息を吐くカイルの隣に膝をつき、彼の肘の辺りを握る。
こちらが火傷しそうな体温だった。


「———……アー、サー」


カイルがまた、あの濡れた声で名前を呼ぶ。
アーサーは無意識に唾を飲み込んでいた。

「辛いのか?抑制剤は」
「んっ……わかん、な……。打ったのに、変わんなくて」

窓辺にある机を見れば、使用済みの緊急抑制剤が転がっている。
どうやら辛くてすでに使ったが、効果がないらしい。

(体質か…?変異したばかりなせいだと思いたいが、そうだとしたら厄介だな)

脳髄を揺らすような甘い香りから思考を逸らし、そんなことを考えた。
しかし今度はカイルがアーサーの膝に触れる。


「アーサー、助けて。もう無理…!」
「ッ、」
「お願いです。さわって……ああ違う、ダメ……帰って!!」


思考もまとまらないのだろう。支離滅裂な哀願さえ己を誘う。
抗いがたい欲求はアーサーの体内を蝕み、今すぐにでも放埒の極みへ突き落とそうと蠢いている。
気づけば彼の腕を握る手に力が入っていた。
こうなるかもしれないと、ここに来る前から自分は分かっていたはずだ。
されど彼が苦しんでいるのであれば見て見ぬふりはできまいと。
これまで通り己を律し、立場と責務で出来た理性の蓋で本能を締め出せば問題ないと思っていた。

だがしかし今、アーサーはひどくぐらついていた。
目の前には扇情的な光景が広がる。他でもないカイルが、これだけ自分を求めている。
その事実だけでも辛抱ならないというのに、そう、この香りだ。
オメガのフェロモン。アルファである自分を誘惑するこの香り。

人間の嗅覚は、記憶と強く結びついているという。
だからだろう、アーサーはあの日のことを思い出した。
カイルを抱いた日。彼の人生が全て変わった日だ。
するとアーサーの心中には、……これ以上彼を傷つけてはいけないという、強迫観念じみたものが湧き上がるのだ。


「カイル、それは。———駄目だ」
「……どうして、」


カイルが伏せた顔を上げる。涙でくたくたの顔だった。
ヘーゼルの瞳がこちらを見ている。



「助けて、アーサー……———」





理性の蓋がこじ開けられた。
途端、アーサーの中で本能が叫びだす。情動が溢れる。
唇を塞ぎ、手籠にし、彼の心臓に己の名前を刻め。
人生など奪ってしまえばいい。アルファの自分にはその資格がある!…



(ああ、もうダメだ)




アーサーは無駄な抵抗をやめた。
そして心の中で、できない約束をしたことをエリオットに謝罪した。















乱暴に押し入ったアーサーが腰を振るたび、カイルは打ち震えた。
ベッドに仰向けに転がされ、気がつけばお互いに何も纏っていなかった。
激しく揺さぶられれば品性のカケラもない喘ぎ声が漏れる。
もうずっと達している気がする。自身から白濁が出ているのか出ていないのかさえわからなかった。

「ぁ、あっ!だめ、また———ッ……!」

追い討ちをかけるように、アーサーが胸の飾りを食む。
同時、迸る絶頂感に足の指を丸めた。


カイルが逝ったのを見て、アーサーはようやく追撃の手を緩める。
上半身を起こした彼は顎に伝った汗を乱雑に手の甲で拭う。
窓から射す西日が彼の金髪をキラめかせ、柔らかな輪郭を創り出していた。

ぼんやりする意識のなか、カイルは気づけばそれに手を伸ばしていた。
暖かく波打つ金色を指で掬い上げ、後頭部を撫で付ける。
それを彼はキスの要求と受け取ったのか、齧り付くように唇を重ねてくる。

舌を絡め、唾液を混ぜ合わせていれば、再びアーサーが律動を再開する。
また甘い嬌声が漏れて、思わず汗ばんだ背中に腕を回した。
お返しとばかりにアーサーが片腕でカイルの肩を抱き込む。
もう片方の腕はカイルの顔の横にあって、まるで熱い檻に閉じ込められたみたいだった。
そのまま突き動かされ、また絶頂に押し上げられる。


「んっ、ア、あぁっ…!アーサー、そこ…ッ!」
「、……」

至近距離でアーサーが息を詰めたのがわかった。
顔を寄せられ、ネックガードの上から何度も首筋を噛まれる。
堪らなくなって彼の脚に自分の脚を絡めた。

「ッ……お前は、本当に。———」


抽送が激しさを増す。
背中に回した腕が引き剥がされ、無理やり手のひらを合わせられる。
まるで恋人みたいな仕草に胸が詰まる。
頭皮がジンと痺れた。

そして再び、電流のような強い快感がカイルの全身に広がった時。
アーサーもまた低い呻き声を漏らして、カイルの中で欲望を吐き出した。———








二人は夕食の時間になってもまだ繋がっていた。
明日が来ないみたいに時間を惜しんで抱き合って、気がつけば日もとっぷりと暮れていた。
疲労感からようやく体を起こしたアーサーが、窓の外を見て「もう夜か」と呟いた。
カイルも霞む目を凝らして時計を見れば、時刻は20時17分。
寮の門限は例外なく19時なので、アーサーは見事に規則違反をしてしまった。
寮監からの叱責は免れないだろう。

「………帰らなくちゃ」

カイルは諭すように言ったつもりだったが、どことなくその言葉は寂しそうな響きを孕んでいた。
清潔なタオルで簡単にカイルと自身の体を拭いたアーサーは、再び制服を着込む。
だが全てをかっちり着るのは億劫だったようで、ガウンとネクタイは気だるげに彼の腕に引っ掛けられた。
随分と気の抜けた姿だ。カイルがオメガになった翌日、〈マーガレット・ハウス〉を訪ねてきてくれたあの時を思い出した。
最もあの時とは彼への気持ちも随分変わったが。
アーサーの乱れた髪と、まだ上気した肌が色っぽい。いやが応にも彼が先ほどまで自分とベッドにいたという事実を思い出させられ、カイルは下腹部を疼かせた。



「その発情期はいつまでだ」
「ぇ、」

そのまま立ち去るものと思っていたが、ブラックのチェスターコートに腕を通しながら不意に彼は口を開いた。
突然そんなことを聞かれると思っていなかったので、カイルはしどろもどろになりながら「い、一週間くらい。たぶん…」と答えた。
するとアーサーはベッドの端に座り、不思議そうな顔をしたカイルの唇に触れるだけのキスをした。


「明日も来る」


硬い指先が火照った頬を撫でる。
心の中に蝋燭がポッと灯ったようだった。
突然世界が輝き出し、カイルの悩みや不安なんて全て吹っ飛んでしまった。

(恋ってすごい…!)

今から想い人はここから去るというのに、カイルはこの上なく幸福だった。
期待に満ちた表情で何度も頷くと、アーサーは唇を歪めて失笑した。
そして未練を断ち切るように立ち上がって扉へ向かうと、「おやすみ」と言って帰っていった。




次の日の午後、アーサーは監督生の仕事を全て済ませた上で本当に〈マーガレット・ハウス〉へやって来た。
週が明けて月曜日になっても、授業を終えるとカイルのために飛んできてくれた。
そして顔を見るなりカイルに熱いキスをして、何もかも分かっているかのようにヒート中のカイルを抱くのであった。

そんな日が続いて五日目。
ヒートの症状も体が火照る程度に治った日のことである。
この日もアーサーは放課後に来てくれたのだが、様子がおかしかった。
葬式に行くみたいな顔をして、カイルを見ると気まずそうに瞳を揺らした。

一体どうしたのかとカイルが聞くと、アーサーは重々しく口を開いた。









———エリオット・スワンが校舎の階段から落ちて病院に運ばれた。
———誰かに突き落とされた疑いがある。
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