クズどもの褥

佐々木 おかもと

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四話:イカれた者達の円舞曲

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 鬼島に運び込まれた秋津が、次に目を覚ましたのはベッドの上だった。
 何処の高級ホテルだと言いたくなるくらい、寝具の質と部屋の雰囲気に品がある。

 秋津はまだぼんやりとした頭で、自分の置かれた状況について考える。
 気を失う前、鬼島に胡桃沢の暗殺を頼まれた。胡桃沢は鬼島と同様に、裏社会の大物だ。

 今になって声をかけられたのを察するに、自分と胡桃沢の昔の関係まで知ってると考えた方がいい。
 どうも面倒な事になったようだ。

 秋津は着ている服以外の私物の、全てが取り上げられている事に気が付くと、ため息を吐いた。

 胡桃沢に鬼島について文句の一つでも言ってやりたいが、肝心のスマホを奪われていてそれも叶わない。

 秋津は表情には出さないが、心の中で項垂れる。鬼島の持つ組織の大きさを考えるに、寝ている間に既に何かしらの弱みを握られているだろう。

「チッ、クソが」

 忌々しくも、悪態をついた己に返ってくる言葉はない。
 秋津はドレッサーの椅子に掛かっていた、スーツのジャケットを引っ掴むと、出口に向かって歩いてゆく。
 メインルームと思しき部屋についている大きな窓からは、晴れ渡った空と健康的な町中が見渡せる。

 まるで、不自由な秋津への当て付けなのか、酷く自由な青い空だ。

「気にいってくれたか?」
「俺をどうするつもりだ」

 窓の外を見ていた秋津に、背後からやって来た鬼島が声をかけた。その感情の読めない言葉を躱し、秋津は鬼島の意図を探る。

「要件は前に言った通りだ、お前に胡桃沢の暗殺を依頼する。拒否権はない」
「暗殺、ね……俺はただのダンべだ。裏の人間に金を貸すが、人を殺す趣味はねぇ」
「意外だなァ? 滝中に聞く限り、人を貶める事が大好きだと聞いていたんだが」
「お前みたいな奴が、泣き面晒してンのを嗤うのは好きだがな」

 秋津の嫌味にも効いた様子はなく、鬼島は笑みを浮かべるばかりだ。

「人殺しはしない」
「なら、胡桃沢の情報を吐け。アイツの本宅と根城の事務所、そしてあの男への資金援助を止めろ」
「……理由をいえ」

 鬼島は三年前の事件の事、この裏社会を一つに纏める旨を秋津に話す。それ故に、鬼島自ら秋津へ会いに来た事も。

「フン、俺にメリットがねぇ。大体、胡桃沢の本宅や事務所なんざ、胡桃沢の組織の幹部を取っ捕まえて聞けばいいだろ。俺がこの件に介入する必要性が無い」
「……お前が、それを言うのか。胡桃沢の元イロ・・・・・・・である、お前が」

 鬼島の言葉に、秋津の全身の毛が逆立つ。そして反射的に鬼島の胸倉を掴み、締め上げた。
 
「二度とその事を俺の前で口にするな……!」
「お前こそ、調子に乗り過ぎだ。何度も言わせるんじゃねェ。お前に拒否権はねェと、言ってるだろうが」
「う、ぐッ」

 秋津は鬼島により壁に追い込まれ、首を締められる。先程までの余裕を感じさせる表情は無くなり、ただ無慈悲に秋津を苦しめる為だけに、首に掛けた右手へ力を込めた。
 面倒な問答も、腹の探り合いも飽きたと言わんばかりだ。

「ぐ、はッ、く、そ……がッ」
「抵抗するか」
「ぐ、ッ、あ、がッ」

 秋津は必死に首元の手を引き剥がそうともがく。しかし人を苦しめ慣れた男の指は、器用に秋津の気管を押し潰した。
 こんな男に殺されてたまるか。利用され、不自由なまま。
 秋津はもはや、気力だけで意識を飛ばさぬよう、もがいていた。

「情報提供、および資金援助の件に頷くと言うなら止めてやる」
「あ、が、ッ」

 言葉を発しようとする秋津に、鬼島がその手を緩める。
 突然、気管が開放されて、不足していた酸素が一気に肺へと押し寄せた。秋津は激しく咳き込み、隙なく鬼島を睨み付ける。

「ゴホッゴホッ、は、ッ……く」
「返事は?」

 肩で息をする秋津に、底意地の悪い顔で鬼島が問う。だが、その瞳にはなんの慈悲もない。

「ハッ、誰がテメェにつくか。生憎だが俺は、死ぬのは恐れてねぇんだよ」
「……なら、お前が納得するまで、徹底的に貶めてやる 」
「あ? ……ッう!?」

 鬼島の顔からスっと感情が抜け落ち、秋津の髪を掴んで引き摺って行く。生理的な痛みに顔を顰めながら、秋津は全力で抵抗する。
 しかしその抵抗も虚しく、先程まで自分が眠っていたベッドへ叩き付けられた。

「おい……っ」
「何も服従させるには、痛みだけじゃねェ」

 鬼島は秋津の髪を再び掴み、どこからか取り出した拳銃を額に突き付ける。やけに大きく、金属の冷たい音が部屋に響いた気がした。

 秋津はゴクリと息をのむ。

「じっくり、いたぶってやるよ」
「っ、く」

 いいながら、拳銃の先で秋津の唇を割り開き、赤く熟れたその舌を引きずり出す。
 金属か、火薬か。
 苦味が口に広がってゆく。

 秋津はせめてもの抵抗に、口内へ侵入してきた銃口に噛み付いた。
 ガッっと、嫌な音が頭に響くが、気にする事なく鬼島を睨み付ける。
 しかし、仕置きをするように、鬼島に思い切り髪を引っ張られ、反射的に噛む力を弱めてしまった。
 そして、銃口を喉の奥へと押し進められてしまう。

 秋津は嘔吐反射に身体を怯ませ身を引く。だが、鬼島はそれを許すこと無く、喉の奥へと銃を突き入れ続ける。
 カチャカチャと、銃が扁桃にあたり嘔吐えずく秋津を、鬼島は冷たい視線で嘲笑っていた。

「ぉ、えッ、ぁう!」 

 生理的な涙を流しながら、力の入らない手で、秋津は鬼島の腕を掴む。それに抵抗の意志がある事を察し、鬼島は秋津をベッドへ叩き付けた。
 拳銃を放り投げ、本気で抵抗する秋津の頬を殴りとばす。

「ぐ、はッ……くそっ」
「さっさと折れちまえよ。ここでお前が情報を吐いても、動くのは俺たちだ」
「外道が……ッ」
「そうだな、お前と同じだ」

 ぶたれた頬がジンジンと痛む。口の中に広がる血の味が、秋津を冷静にさせていた。
 ここでこの男に従ってしまったら、この事をダシにその後も色々と揺すられる。
 拒否権がないと言われ、はい分かりましたと従った時から、秋津は鬼島の駒となってしまう。

 権力も、財力も、名声も。
 何一つとして、秋津は鬼島に叶わない。
 やっと、クソみたいな所から自由になれたのに。鳥籠に囚われたドブネズミには、もう戻りたくない。

 秋津は、過去の消し去ってしまいたい思い出がフラッシュバックし、全力で抵抗する。押さえ付けられる身体を捩り、殴られるのも気にしない。

「チっ、手間かけさせやがって」
「ぐッ、は 」

 抵抗する秋津を何度も殴りつけ、身体に力が入らなくなった頃。鬼島は髪の毛を掴み、顔を上げさせる。

「ハハハ、服従しねェってか? いいぜ、お前を檻にでも閉じ込めて、店で見世物よろしく晒してやろうか? 一つの自由なく、くたばるまで」
「ッ、そ、れは……」

 不自由。
 それは秋津が最も嫌うこと。過去を思い出し、絶対に戻りたくないと喚き散らす程に嫌なもの。

 ここにきて数十分に及ぶ抵抗の疲れと、痛みが秋津の心を揺らがせる。
 何より、鬼島のただの脅しと取れない言葉。秋津は初めて、恐怖によって身が竦んでしまった。

 自由がない生活は嫌だ、と。

 抵抗の手が止まった秋津に、鬼島は勝機だとほくそ笑む。証拠に秋津の顔は青ざめ、血の気が引いていた。

「別に店に晒さずとも、檻に入れて人身売買のオークションへ懸けてもいい。なんにせよ、俺はお前が情報を吐くまで、檻の中で飼い殺し続けるだけだ」
「やめッ……がッ、あ!」

 殴られ、口の中が苦くなる。鬼島の目には、なんの慈悲がない。

「それが嫌なら、とっとと胡桃沢の情報を吐け」
「……ッ」

 確実に脅しが効いてる、鬼島が秋津の表情を見て察する。しかし、これ以上暴力を加えたとしても、話は平行線のままなのも理解していた。
 この男は意思が強く、鋼のように硬い。

「チッ……キリがねェ、一つ要求を飲んでやる。代わりに情報をよこせ」

 秋津を掴んでいた手を離し、鬼島は上から目線で促す。
 解放され、回らぬ頭で考えを振り絞る秋津。今すぐにこの男を殺してやりたいと、冗談でなく本気で思っていた。
 しかし、情報を渡すから代わりに死んでくれなど、そんな馬鹿げた要求が通るワケがない。

「俺を……今後、お前の駒として使わないと契約をしろ」

 秋津の要求に笑みを深めた鬼島は、わざとらしく天井を仰ぐ。その目は笑っており、嫌な予感が秋津を擽った。

「おっと、言い忘れていた。お前が、俺のモノをしゃぶるんなら、要求を聞こうか?」

 と、プライドの高い秋津を試すように、後付けしてきた。
 嫌な予感は見事に的中した。
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