クズどもの褥

佐々木 おかもと

文字の大きさ
4 / 10

四話:イカれた者達の円舞曲

しおりを挟む
 鬼島に運び込まれた秋津が、次に目を覚ましたのはベッドの上だった。
 何処の高級ホテルだと言いたくなるくらい、寝具の質と部屋の雰囲気に品がある。

 秋津はまだぼんやりとした頭で、自分の置かれた状況について考える。
 気を失う前、鬼島に胡桃沢の暗殺を頼まれた。胡桃沢は鬼島と同様に、裏社会の大物だ。

 今になって声をかけられたのを察するに、自分と胡桃沢の昔の関係まで知ってると考えた方がいい。
 どうも面倒な事になったようだ。

 秋津は着ている服以外の私物の、全てが取り上げられている事に気が付くと、ため息を吐いた。

 胡桃沢に鬼島について文句の一つでも言ってやりたいが、肝心のスマホを奪われていてそれも叶わない。

 秋津は表情には出さないが、心の中で項垂れる。鬼島の持つ組織の大きさを考えるに、寝ている間に既に何かしらの弱みを握られているだろう。

「チッ、クソが」

 忌々しくも、悪態をついた己に返ってくる言葉はない。
 秋津はドレッサーの椅子に掛かっていた、スーツのジャケットを引っ掴むと、出口に向かって歩いてゆく。
 メインルームと思しき部屋についている大きな窓からは、晴れ渡った空と健康的な町中が見渡せる。

 まるで、不自由な秋津への当て付けなのか、酷く自由な青い空だ。

「気にいってくれたか?」
「俺をどうするつもりだ」

 窓の外を見ていた秋津に、背後からやって来た鬼島が声をかけた。その感情の読めない言葉を躱し、秋津は鬼島の意図を探る。

「要件は前に言った通りだ、お前に胡桃沢の暗殺を依頼する。拒否権はない」
「暗殺、ね……俺はただのダンべだ。裏の人間に金を貸すが、人を殺す趣味はねぇ」
「意外だなァ? 滝中に聞く限り、人を貶める事が大好きだと聞いていたんだが」
「お前みたいな奴が、泣き面晒してンのを嗤うのは好きだがな」

 秋津の嫌味にも効いた様子はなく、鬼島は笑みを浮かべるばかりだ。

「人殺しはしない」
「なら、胡桃沢の情報を吐け。アイツの本宅と根城の事務所、そしてあの男への資金援助を止めろ」
「……理由をいえ」

 鬼島は三年前の事件の事、この裏社会を一つに纏める旨を秋津に話す。それ故に、鬼島自ら秋津へ会いに来た事も。

「フン、俺にメリットがねぇ。大体、胡桃沢の本宅や事務所なんざ、胡桃沢の組織の幹部を取っ捕まえて聞けばいいだろ。俺がこの件に介入する必要性が無い」
「……お前が、それを言うのか。胡桃沢の元イロ・・・・・・・である、お前が」

 鬼島の言葉に、秋津の全身の毛が逆立つ。そして反射的に鬼島の胸倉を掴み、締め上げた。
 
「二度とその事を俺の前で口にするな……!」
「お前こそ、調子に乗り過ぎだ。何度も言わせるんじゃねェ。お前に拒否権はねェと、言ってるだろうが」
「う、ぐッ」

 秋津は鬼島により壁に追い込まれ、首を締められる。先程までの余裕を感じさせる表情は無くなり、ただ無慈悲に秋津を苦しめる為だけに、首に掛けた右手へ力を込めた。
 面倒な問答も、腹の探り合いも飽きたと言わんばかりだ。

「ぐ、はッ、く、そ……がッ」
「抵抗するか」
「ぐ、ッ、あ、がッ」

 秋津は必死に首元の手を引き剥がそうともがく。しかし人を苦しめ慣れた男の指は、器用に秋津の気管を押し潰した。
 こんな男に殺されてたまるか。利用され、不自由なまま。
 秋津はもはや、気力だけで意識を飛ばさぬよう、もがいていた。

「情報提供、および資金援助の件に頷くと言うなら止めてやる」
「あ、が、ッ」

 言葉を発しようとする秋津に、鬼島がその手を緩める。
 突然、気管が開放されて、不足していた酸素が一気に肺へと押し寄せた。秋津は激しく咳き込み、隙なく鬼島を睨み付ける。

「ゴホッゴホッ、は、ッ……く」
「返事は?」

 肩で息をする秋津に、底意地の悪い顔で鬼島が問う。だが、その瞳にはなんの慈悲もない。

「ハッ、誰がテメェにつくか。生憎だが俺は、死ぬのは恐れてねぇんだよ」
「……なら、お前が納得するまで、徹底的に貶めてやる 」
「あ? ……ッう!?」

 鬼島の顔からスっと感情が抜け落ち、秋津の髪を掴んで引き摺って行く。生理的な痛みに顔を顰めながら、秋津は全力で抵抗する。
 しかしその抵抗も虚しく、先程まで自分が眠っていたベッドへ叩き付けられた。

「おい……っ」
「何も服従させるには、痛みだけじゃねェ」

 鬼島は秋津の髪を再び掴み、どこからか取り出した拳銃を額に突き付ける。やけに大きく、金属の冷たい音が部屋に響いた気がした。

 秋津はゴクリと息をのむ。

「じっくり、いたぶってやるよ」
「っ、く」

 いいながら、拳銃の先で秋津の唇を割り開き、赤く熟れたその舌を引きずり出す。
 金属か、火薬か。
 苦味が口に広がってゆく。

 秋津はせめてもの抵抗に、口内へ侵入してきた銃口に噛み付いた。
 ガッっと、嫌な音が頭に響くが、気にする事なく鬼島を睨み付ける。
 しかし、仕置きをするように、鬼島に思い切り髪を引っ張られ、反射的に噛む力を弱めてしまった。
 そして、銃口を喉の奥へと押し進められてしまう。

 秋津は嘔吐反射に身体を怯ませ身を引く。だが、鬼島はそれを許すこと無く、喉の奥へと銃を突き入れ続ける。
 カチャカチャと、銃が扁桃にあたり嘔吐えずく秋津を、鬼島は冷たい視線で嘲笑っていた。

「ぉ、えッ、ぁう!」 

 生理的な涙を流しながら、力の入らない手で、秋津は鬼島の腕を掴む。それに抵抗の意志がある事を察し、鬼島は秋津をベッドへ叩き付けた。
 拳銃を放り投げ、本気で抵抗する秋津の頬を殴りとばす。

「ぐ、はッ……くそっ」
「さっさと折れちまえよ。ここでお前が情報を吐いても、動くのは俺たちだ」
「外道が……ッ」
「そうだな、お前と同じだ」

 ぶたれた頬がジンジンと痛む。口の中に広がる血の味が、秋津を冷静にさせていた。
 ここでこの男に従ってしまったら、この事をダシにその後も色々と揺すられる。
 拒否権がないと言われ、はい分かりましたと従った時から、秋津は鬼島の駒となってしまう。

 権力も、財力も、名声も。
 何一つとして、秋津は鬼島に叶わない。
 やっと、クソみたいな所から自由になれたのに。鳥籠に囚われたドブネズミには、もう戻りたくない。

 秋津は、過去の消し去ってしまいたい思い出がフラッシュバックし、全力で抵抗する。押さえ付けられる身体を捩り、殴られるのも気にしない。

「チっ、手間かけさせやがって」
「ぐッ、は 」

 抵抗する秋津を何度も殴りつけ、身体に力が入らなくなった頃。鬼島は髪の毛を掴み、顔を上げさせる。

「ハハハ、服従しねェってか? いいぜ、お前を檻にでも閉じ込めて、店で見世物よろしく晒してやろうか? 一つの自由なく、くたばるまで」
「ッ、そ、れは……」

 不自由。
 それは秋津が最も嫌うこと。過去を思い出し、絶対に戻りたくないと喚き散らす程に嫌なもの。

 ここにきて数十分に及ぶ抵抗の疲れと、痛みが秋津の心を揺らがせる。
 何より、鬼島のただの脅しと取れない言葉。秋津は初めて、恐怖によって身が竦んでしまった。

 自由がない生活は嫌だ、と。

 抵抗の手が止まった秋津に、鬼島は勝機だとほくそ笑む。証拠に秋津の顔は青ざめ、血の気が引いていた。

「別に店に晒さずとも、檻に入れて人身売買のオークションへ懸けてもいい。なんにせよ、俺はお前が情報を吐くまで、檻の中で飼い殺し続けるだけだ」
「やめッ……がッ、あ!」

 殴られ、口の中が苦くなる。鬼島の目には、なんの慈悲がない。

「それが嫌なら、とっとと胡桃沢の情報を吐け」
「……ッ」

 確実に脅しが効いてる、鬼島が秋津の表情を見て察する。しかし、これ以上暴力を加えたとしても、話は平行線のままなのも理解していた。
 この男は意思が強く、鋼のように硬い。

「チッ……キリがねェ、一つ要求を飲んでやる。代わりに情報をよこせ」

 秋津を掴んでいた手を離し、鬼島は上から目線で促す。
 解放され、回らぬ頭で考えを振り絞る秋津。今すぐにこの男を殺してやりたいと、冗談でなく本気で思っていた。
 しかし、情報を渡すから代わりに死んでくれなど、そんな馬鹿げた要求が通るワケがない。

「俺を……今後、お前の駒として使わないと契約をしろ」

 秋津の要求に笑みを深めた鬼島は、わざとらしく天井を仰ぐ。その目は笑っており、嫌な予感が秋津を擽った。

「おっと、言い忘れていた。お前が、俺のモノをしゃぶるんなら、要求を聞こうか?」

 と、プライドの高い秋津を試すように、後付けしてきた。
 嫌な予感は見事に的中した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

ふたなり治験棟 企画12月31公開

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

処理中です...