刹那の皇帝

たろ

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第1章

迷子

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やっぱりまだ顔を直接見せてバレるわけにはいかないと影に隠れつつ、彼を観察する。こんなところに無遠慮に入り込むのは皇帝の女たちを狙う不審な者か暗殺者しか普通はいないが、前に汀の家に入り込んでいたように、今回も道に迷ったのだろう。それを咎める警備の者は今日もおらず、どれほど運がいいものかと思う。

あちらには何も用はないだろうにふらふらと歩み始めてはふとした時に止まって上を見上げる。自分の位置を確認したかと思えばまた歩き始めるがそこでなぜか美しく整えられた茂みの方へ入っていってしまう。本当に道がわからないんだなぁ。道案内をつけたほうがいいだろうか。どでかい図体の男があんな迷子の子供のようにしているのをみると少し胸が温かくなる気がした。

だが少しいじらしくなる。こちら側へまっすぐ進んでくればいいのに少しずつずれていく。ああっ!

「おい、そっちにお前は用はないだろう」

翔渓は思わずといった体でこちらを振り向く。あの時の女だとまだ知られたくないくせに口を出してしまった。でもこのまま気づかれないように寝床に変えるのは簡単だが、永遠に迷い込んでそうな翔渓を放っておくのもためらわれ、…もう暗くなりかけているし、全く異なる衣服を着ているし、声だって変えているしと自分を納得させた。

「こうてい、へいか?」

先程の戦闘態勢ともいえる時とは違い、随分雰囲気が違って見えた。やはりあれは見間違いかと思うほどである。はっと気づいたように跪こうとする。

「ああよい、楽にしろ。どうせ道に迷ったのだろう、こちらを進めば宿舎に帰れる」

ぱっと顔を上げるとこれまた目を大きくして驚いた顔をしている。

「これは失礼…えっこちらが宿舎では…?」

翔渓は後宮とも宿舎とも全く違う方向を指差した。

「…あっちは医務室の方だ。」

「そうか、何度行っても戻ってしまうのはそういうことか!」

「おい、何度も…?」

「はい、日が出てるうちにあそこを出たのですが行っては戻るを繰り返すうちに日が沈んでしまって…」

開いた口が塞がらない。そんなに迷い続けていたとは。誰も声を掛けなかったのか、運が悪いのかいいのか。これは本格的に道案内の者を連れさせたほうがいいのかと思い、一つはぁとため息を零す。

「わかった、着いてこい。誰か呼んでやるから。」

「えっ!でも皇帝陛下のお手をわずらわせるわけには…」

「いいから来い。…今日の功労者にずっと迷われているのも落ち着かない。そして…今日の働き見事であった」

「あっありがとうございます!大したことではありません、皇帝陛下がご無事でなによりです!!」

声をかけると顔をパッ上げて嬉しそうにする。…失礼かもしれないがなんだかしっぽを振る犬のようだ。なんだかそう思うと犬のようにしか見えずについ頬が緩んでしまった。
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