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第四部
第四章・一年の計は元旦にあり(その2)
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いよいよ大晦日になって潮音の家の玄関にも注連縄が飾られ、床の間には鏡餅の準備も整うと、お正月のムードは一気に高まってくる。日がとっぷりと暮れておせち料理の仕込みも一段落すると、潮音の一家もテレビで紅白歌合戦を見ながら年越しそばを味わった。
家族そろって食卓を囲んだ際、則子がみんなの顔を見回しながら口を開いた。
「今年は潮音が高校に入ったけど、潮音もよく頑張ってるじゃない。でも来年は綾乃も大学で専門の課程に進むことになるし、綾乃も潮音もそろそろ就職や受験のことを考えなきゃいけない時期になるからね。くれぐれも気を抜いちゃダメよ」
「就職」という言葉を聞いて綾乃は少し気づまりな表情をしたが、潮音も高二になると勉強も難しくなることを思っていささか気が重くなった。
潮音が年越しそばを食べ終り、頃合いを見て入浴を済ませると、紅白歌合戦も若者に人気のあるグループの番になっていた。そのグループが歌い終ったころになって、潮音のスマホにSNSのメッセージが入った。メッセージの送り主は暁子だった。
『潮音、今の紅白見た? めっちゃ良かったよね』
潮音はこのグループは暁子も好きなことを思い出すと、暁子のいささかハイテンションな様子ににんまりとした。暁子は昨日から一家そろって、広島県の瀬戸内海に浮かぶ島にある実家に帰省しているのだった。潮音も春休みと夏休みに暁子に誘われて島を訪れただけに、島が連なる瀬戸内海の風光には懐かしさを覚えていた。
潮音はさっそく、スマホから暁子のSNSに返信した。
『暁子はさっき紅白に出たバンドが好きだもんね。ところで暁子は、栄介も一緒に今島のおじいちゃんの家にいるの?』
『うん。今島ではみかんやはっさくが採れる季節だけど、島のみかんはおいしいよ。お土産に潮音の家にも何個か分けてあげるね』
『それはどうもありがとう。この春と夏に、優菜と一緒に暁子の実家に行ったときはほんとに楽しかったよ。暁子のおじいちゃんやおじさんの家族によろしくな』
『それがね、智也が潮音のこと気に入っちゃったみたいよ。また島に来ないかなって言ってるし』
潮音はここで、島で暮している暁子のいとこの石川智也と一緒に、今年の夏に海水浴や魚釣りに行ったときのことを思い出して、ちょっと気恥ずかしい気分になった。ともあれ暁子や栄介が、島で家族や親戚と一緒に楽しい正月を過ごすことができればいいのにと思って、潮音は自然と顔をほころばせていた。
『暁子はいつまで島にいるの?』
『三日に家に帰るよ。ともかく今年も潮音や綾乃お姉ちゃんにはいろいろお世話になったけど、新年もよろしくね』
『オレこそ今年は暁子に世話になりっぱなしだよ。来年は勉強ももっと大変になりそうだけど、そのときはよろしくな。よいお年を』
潮音と暁子がSNSでこのようなやりとりを交わしている間に、紅白歌合戦も終盤にさしかかっていた。潮音は紅白歌合戦で紅組と白組のどちらが勝ったかを確認すると、年が変わる瞬間にはテレビの前で綾乃と一緒にカウントダウンを行い「あけましておめでとう」と挨拶し合った。
潮音は自室に戻って就寝する際、この一年間は高校入試を受けて松風女子学園に入学し、そこで紫と再会してバレエ教室に通い始め、学校でも体育祭や文化祭などの行事に参加し、春休みと夏休みには暁子の実家のある島を訪れと、なかなか慌ただしい一年だったなとあらためて思い返していた。そこで潮音は、自分がもし男のままだったら、暁子や優菜とは別の高校に通っていて関係も疎遠になっていただろうし、まして島に誘われることなどなかったに違いない、さらに昇が引っ越してきても昇とは今のような関係にはならなかっただろうと思うと、あらためて自らを見舞った運命の不思議さを感じていた。しかし潮音はこんなことばかりクヨクヨ考えてばかりいてもしょうがない、日が明けたら元日でいろいろ慌ただしいのだからと思い直して、床に就くことにした。
潮音が目を覚ましたときにはすでに新年の初日は昇って、辺りが明るくなりかけていた頃だった。潮音が眠い目をこすりながら居間に下りると、すでに則子と綾乃はおせち料理の盛りつけや雑煮、お屠蘇の準備をしていた。
しかしそこで、綾乃はパジャマ代わりのスウェットスーツを着たままで、髪の毛もぼさぼさの潮音のいでたちに目を向けると、呆れたように声を上げた。
「潮音、おせちを食べたらみんなでおじいちゃんの家に新年の挨拶に行くから、その前にそのかっこ何とかしなさい。せっかくのお正月なのに」
そこで潮音は、綾乃を自室へと手招きすると、桐の箱の中にしまわれた令嬢の形見の着物を取り出した。綾乃はその華やかな着物の柄と潮音の顔を交互に見比べながら、呆気に取られていた。
「あんた…その着物ちゃんと自分で着られるの?」
「どうしてかわかんないけど…オレはこの着物を着たときの感触を体で覚えているような気がするんだ。これもあのお嬢様の力なのかな。でも姉ちゃんもちょっと着付けを手伝ってくれないかな」
そう言いながら、潮音はスウェットスーツを脱ぐと、綾乃の助けも多少は借りながらも、長襦袢や足袋に続いて着物を身につけ、最後に帯を締めた。
一とおり着物の着つけが終ると、潮音は綾乃に頼んだ。
「姉ちゃん、化粧と髪のセット頼んだよ」
その潮音の声を聞いて、綾乃は任せとけとでも言わんばかりの顔をした。
「よしきた。でも潮音もそろそろ化粧も自分でできるようにならなきゃね」
そして綾乃は潮音を鏡台の前に坐らせると、長く伸びた黒髪をとかして着物に合うように器用な手つきできちんとまとめて編みこんでいった。
「姉ちゃんだったら美容院でもバイトできるんじゃないの」
「いや、美容師には国家資格も要るし、簡単にできるようなものじゃないからね」
そして髪のセットが一段落すると、綾乃は潮音の顔にメイクを施していった。そしてメイクが完了すると、続いて綾乃は潮音の両手の爪に着物と同じ色あいのパールピンクのマニキュアを塗った。
綾乃はマニキュアを塗り終ると、あらためて潮音を姿見の前に立たせて、潮音に着物で着飾った自分自身の姿を見せるようにした。
潮音はあらためて姿見に映った自らの姿と向き合うと、まずは着物のほんのりとした薄紅色の生地と、振袖に織り込まれた桜の花びらを散らした模様が潮音の心を深くとらえた。綾乃の結った髪も、潮音の着物によくマッチしていた。潮音はいつしか、のどの奥から嗚咽がこみあげてきて、両目から涙があふれるのを抑えることができなくなっていた。
「潮音、泣いたりしたらせっかくのメイクが台無しだよ」
そう言って綾乃はしばらくの間、小刻みに肩を揺らしてすすり泣く潮音の肩をそっと抱きとめてやった。そしてようやく潮音の気持ちが落ち着くと、綾乃はハンカチを取り出して潮音の目尻をぬぐった。
しかしその間にも、潮音の心の奥には強い確かな感情が生れていた。
――オレはあのお嬢様の分まで頑張らなきゃいけない…強く生きなきゃいけないんだ。
そのように考えると、潮音は着物の中で体中に力がみなぎってくるような感じがして、爪にマニキュアを塗った手を強く握りしめた。
潮音は綾乃に付き添われて、おせち料理の準備が行われている居間に向かう途中も、慣れない着物で階段を下りるときにどのようにしてステップを踏めばいいのかに戸惑わずにいられなかった。それでもなんとかして一階に下りて居間に足を踏み入れると、雑煮に入れる餅を焼いていた則子と雄一も着物を整然と着こなした潮音の姿を目の当りにしてしばらく声をかけることができなかった。やがて則子が沈黙を破るかのように口を開いた。
「潮音…すごくかわいいじゃない。着物もきれいだけど、綾乃もちゃんとこの子の髪のセットをしてくれたのね。やっぱり綾乃はセンスあるわ」
則子が嬉しそうな顔をしてやたらと潮音の着物姿をほめそやすのを、雄一はどこかよそよそしい表情で眺めていたが、しばらくして雄一もぼそりと口を開いた。
「潮音、お前もいろいろ大変だっただろうが、だいぶしっかりしてきたな。でも人生はこれからも大変なことばかりだから、くじけずにしっかり頑張るんだぞ」
潮音の着物姿を前にしても日ごろの謹厳な態度を崩そうとしない雄一の様子を見て、則子と綾乃も自然と笑みを浮べていた。
「パパももうちょっと何か言えばいいのに」
則子に「パパ」と言われて、雄一は少しいやそうな顔をしながらも、そのままカメラを取り出すと一家で記念写真を撮った。
潮音は食卓についておせち料理を味わう間、振袖が食べ物にかからないか絶えず気を使わなければならなかった。そのぎこちない様子を見て、綾乃が呆れたように声を上げた。
「潮音、せっかくいい着物着たんだから、もうちょっとお上品にご飯食べられるようにしたらどう?」
それに対して、潮音は少しむっとしたような顔で答えた。
「言っとくけどうちの学校では礼法の授業ってものがあるんだよ」
「だったらなおさら、言葉遣いにももうちょっと気を使わなきゃダメでしょ」
「いちいち正月早々うるさいな」
その潮音と綾乃のやりとりを、雄一と則子はやれやれとでも言いたげな表情で眺めていた。それでも潮音は、おせち料理やだしのきいた雑煮を味わっているうちについ昨夜SNSでやりとりをした暁子のことを思い出していた。
――暁子や栄介も、今ごろあの島でおせちを食べたり初詣に行ったりしてるのかな…。
潮音の家族はみんなでおせち料理を食べると、敦義の家に新年の挨拶に向かうための支度を始めた。則子は綾乃にも着物で行かないかと勧めたが、今から着付けをしていると時間もかかるし面倒だからいいと断って、よそ行きのワンピースで出かけることにした。
潮音は今の着物姿で敦義やモニカ、流風に会うことを楽しみにしていた反面、午後に神社で浩三と会う約束をしたけれども、敦義の家に寄ってから神社に行ってそれに間に合うだろうかと気をもんでいた。
家族そろって食卓を囲んだ際、則子がみんなの顔を見回しながら口を開いた。
「今年は潮音が高校に入ったけど、潮音もよく頑張ってるじゃない。でも来年は綾乃も大学で専門の課程に進むことになるし、綾乃も潮音もそろそろ就職や受験のことを考えなきゃいけない時期になるからね。くれぐれも気を抜いちゃダメよ」
「就職」という言葉を聞いて綾乃は少し気づまりな表情をしたが、潮音も高二になると勉強も難しくなることを思っていささか気が重くなった。
潮音が年越しそばを食べ終り、頃合いを見て入浴を済ませると、紅白歌合戦も若者に人気のあるグループの番になっていた。そのグループが歌い終ったころになって、潮音のスマホにSNSのメッセージが入った。メッセージの送り主は暁子だった。
『潮音、今の紅白見た? めっちゃ良かったよね』
潮音はこのグループは暁子も好きなことを思い出すと、暁子のいささかハイテンションな様子ににんまりとした。暁子は昨日から一家そろって、広島県の瀬戸内海に浮かぶ島にある実家に帰省しているのだった。潮音も春休みと夏休みに暁子に誘われて島を訪れただけに、島が連なる瀬戸内海の風光には懐かしさを覚えていた。
潮音はさっそく、スマホから暁子のSNSに返信した。
『暁子はさっき紅白に出たバンドが好きだもんね。ところで暁子は、栄介も一緒に今島のおじいちゃんの家にいるの?』
『うん。今島ではみかんやはっさくが採れる季節だけど、島のみかんはおいしいよ。お土産に潮音の家にも何個か分けてあげるね』
『それはどうもありがとう。この春と夏に、優菜と一緒に暁子の実家に行ったときはほんとに楽しかったよ。暁子のおじいちゃんやおじさんの家族によろしくな』
『それがね、智也が潮音のこと気に入っちゃったみたいよ。また島に来ないかなって言ってるし』
潮音はここで、島で暮している暁子のいとこの石川智也と一緒に、今年の夏に海水浴や魚釣りに行ったときのことを思い出して、ちょっと気恥ずかしい気分になった。ともあれ暁子や栄介が、島で家族や親戚と一緒に楽しい正月を過ごすことができればいいのにと思って、潮音は自然と顔をほころばせていた。
『暁子はいつまで島にいるの?』
『三日に家に帰るよ。ともかく今年も潮音や綾乃お姉ちゃんにはいろいろお世話になったけど、新年もよろしくね』
『オレこそ今年は暁子に世話になりっぱなしだよ。来年は勉強ももっと大変になりそうだけど、そのときはよろしくな。よいお年を』
潮音と暁子がSNSでこのようなやりとりを交わしている間に、紅白歌合戦も終盤にさしかかっていた。潮音は紅白歌合戦で紅組と白組のどちらが勝ったかを確認すると、年が変わる瞬間にはテレビの前で綾乃と一緒にカウントダウンを行い「あけましておめでとう」と挨拶し合った。
潮音は自室に戻って就寝する際、この一年間は高校入試を受けて松風女子学園に入学し、そこで紫と再会してバレエ教室に通い始め、学校でも体育祭や文化祭などの行事に参加し、春休みと夏休みには暁子の実家のある島を訪れと、なかなか慌ただしい一年だったなとあらためて思い返していた。そこで潮音は、自分がもし男のままだったら、暁子や優菜とは別の高校に通っていて関係も疎遠になっていただろうし、まして島に誘われることなどなかったに違いない、さらに昇が引っ越してきても昇とは今のような関係にはならなかっただろうと思うと、あらためて自らを見舞った運命の不思議さを感じていた。しかし潮音はこんなことばかりクヨクヨ考えてばかりいてもしょうがない、日が明けたら元日でいろいろ慌ただしいのだからと思い直して、床に就くことにした。
潮音が目を覚ましたときにはすでに新年の初日は昇って、辺りが明るくなりかけていた頃だった。潮音が眠い目をこすりながら居間に下りると、すでに則子と綾乃はおせち料理の盛りつけや雑煮、お屠蘇の準備をしていた。
しかしそこで、綾乃はパジャマ代わりのスウェットスーツを着たままで、髪の毛もぼさぼさの潮音のいでたちに目を向けると、呆れたように声を上げた。
「潮音、おせちを食べたらみんなでおじいちゃんの家に新年の挨拶に行くから、その前にそのかっこ何とかしなさい。せっかくのお正月なのに」
そこで潮音は、綾乃を自室へと手招きすると、桐の箱の中にしまわれた令嬢の形見の着物を取り出した。綾乃はその華やかな着物の柄と潮音の顔を交互に見比べながら、呆気に取られていた。
「あんた…その着物ちゃんと自分で着られるの?」
「どうしてかわかんないけど…オレはこの着物を着たときの感触を体で覚えているような気がするんだ。これもあのお嬢様の力なのかな。でも姉ちゃんもちょっと着付けを手伝ってくれないかな」
そう言いながら、潮音はスウェットスーツを脱ぐと、綾乃の助けも多少は借りながらも、長襦袢や足袋に続いて着物を身につけ、最後に帯を締めた。
一とおり着物の着つけが終ると、潮音は綾乃に頼んだ。
「姉ちゃん、化粧と髪のセット頼んだよ」
その潮音の声を聞いて、綾乃は任せとけとでも言わんばかりの顔をした。
「よしきた。でも潮音もそろそろ化粧も自分でできるようにならなきゃね」
そして綾乃は潮音を鏡台の前に坐らせると、長く伸びた黒髪をとかして着物に合うように器用な手つきできちんとまとめて編みこんでいった。
「姉ちゃんだったら美容院でもバイトできるんじゃないの」
「いや、美容師には国家資格も要るし、簡単にできるようなものじゃないからね」
そして髪のセットが一段落すると、綾乃は潮音の顔にメイクを施していった。そしてメイクが完了すると、続いて綾乃は潮音の両手の爪に着物と同じ色あいのパールピンクのマニキュアを塗った。
綾乃はマニキュアを塗り終ると、あらためて潮音を姿見の前に立たせて、潮音に着物で着飾った自分自身の姿を見せるようにした。
潮音はあらためて姿見に映った自らの姿と向き合うと、まずは着物のほんのりとした薄紅色の生地と、振袖に織り込まれた桜の花びらを散らした模様が潮音の心を深くとらえた。綾乃の結った髪も、潮音の着物によくマッチしていた。潮音はいつしか、のどの奥から嗚咽がこみあげてきて、両目から涙があふれるのを抑えることができなくなっていた。
「潮音、泣いたりしたらせっかくのメイクが台無しだよ」
そう言って綾乃はしばらくの間、小刻みに肩を揺らしてすすり泣く潮音の肩をそっと抱きとめてやった。そしてようやく潮音の気持ちが落ち着くと、綾乃はハンカチを取り出して潮音の目尻をぬぐった。
しかしその間にも、潮音の心の奥には強い確かな感情が生れていた。
――オレはあのお嬢様の分まで頑張らなきゃいけない…強く生きなきゃいけないんだ。
そのように考えると、潮音は着物の中で体中に力がみなぎってくるような感じがして、爪にマニキュアを塗った手を強く握りしめた。
潮音は綾乃に付き添われて、おせち料理の準備が行われている居間に向かう途中も、慣れない着物で階段を下りるときにどのようにしてステップを踏めばいいのかに戸惑わずにいられなかった。それでもなんとかして一階に下りて居間に足を踏み入れると、雑煮に入れる餅を焼いていた則子と雄一も着物を整然と着こなした潮音の姿を目の当りにしてしばらく声をかけることができなかった。やがて則子が沈黙を破るかのように口を開いた。
「潮音…すごくかわいいじゃない。着物もきれいだけど、綾乃もちゃんとこの子の髪のセットをしてくれたのね。やっぱり綾乃はセンスあるわ」
則子が嬉しそうな顔をしてやたらと潮音の着物姿をほめそやすのを、雄一はどこかよそよそしい表情で眺めていたが、しばらくして雄一もぼそりと口を開いた。
「潮音、お前もいろいろ大変だっただろうが、だいぶしっかりしてきたな。でも人生はこれからも大変なことばかりだから、くじけずにしっかり頑張るんだぞ」
潮音の着物姿を前にしても日ごろの謹厳な態度を崩そうとしない雄一の様子を見て、則子と綾乃も自然と笑みを浮べていた。
「パパももうちょっと何か言えばいいのに」
則子に「パパ」と言われて、雄一は少しいやそうな顔をしながらも、そのままカメラを取り出すと一家で記念写真を撮った。
潮音は食卓についておせち料理を味わう間、振袖が食べ物にかからないか絶えず気を使わなければならなかった。そのぎこちない様子を見て、綾乃が呆れたように声を上げた。
「潮音、せっかくいい着物着たんだから、もうちょっとお上品にご飯食べられるようにしたらどう?」
それに対して、潮音は少しむっとしたような顔で答えた。
「言っとくけどうちの学校では礼法の授業ってものがあるんだよ」
「だったらなおさら、言葉遣いにももうちょっと気を使わなきゃダメでしょ」
「いちいち正月早々うるさいな」
その潮音と綾乃のやりとりを、雄一と則子はやれやれとでも言いたげな表情で眺めていた。それでも潮音は、おせち料理やだしのきいた雑煮を味わっているうちについ昨夜SNSでやりとりをした暁子のことを思い出していた。
――暁子や栄介も、今ごろあの島でおせちを食べたり初詣に行ったりしてるのかな…。
潮音の家族はみんなでおせち料理を食べると、敦義の家に新年の挨拶に向かうための支度を始めた。則子は綾乃にも着物で行かないかと勧めたが、今から着付けをしていると時間もかかるし面倒だからいいと断って、よそ行きのワンピースで出かけることにした。
潮音は今の着物姿で敦義やモニカ、流風に会うことを楽しみにしていた反面、午後に神社で浩三と会う約束をしたけれども、敦義の家に寄ってから神社に行ってそれに間に合うだろうかと気をもんでいた。
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