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第五部
第六章・広い世界に(その1)
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夏休みが始まってから間もない、強い日差しが校内を照らしつけているある日、潮音はぶつくさ言いながら教室の廊下を紫と一緒に歩いていた。
「まったく、うちの学校ってどうして夏休み中も補習なんかあるんだよ」
潮音と紫は、夏休みの補習を受けた後だった。
「でも潮音は法学部に進んで弁護士になりたいっていう目標があるんでしょ。弁護士になろうと思うんだったらうんと勉強しなきゃいけないよ」
紫はそう言って不満そうな顔をしている潮音をなだめた。
「私に弁護士になるように勧めてくれたのは、紫のお父さんだったよね…」
「それ言ったら愛里紗なんか、医学部に入るためにこの夏休みも予備校に行って猛勉強してるんだから」
潮音は愛里紗の名前を聞くと、自分は彼女の何分の一も努力をしていないと思って気後れせずにはいられなかった。
「私も塾か予備校に行った方がいいのかな…。お金だって安くないっていうから、親と相談しなきゃいけないけど」
「それは潮音自身が決めることだわ。そうした方が勉強がはかどると思うならそうすればいいし。ただこれだけは言っておくけど、本人に勉強しようっていう意欲がなかったら、いくらお金かけて塾や予備校行ったって豚に真珠よ」
「うちの姉ちゃんもバイトで家庭教師やってるけど、しょっちゅうぶつくさ言ってるよ。『金さえ出して家庭教師を雇えば、子どもが勉強できるようになって成績が上がるとでも思ってる親が多すぎる』って」
潮音が紫と話している間に、二人はいつしか校舎の玄関まで来ていた。校舎の玄関の扉からは校庭が一望できたが、そこでは夏の炎天下にもかかわらず、樋沢遥子たちのフットサル同好会がランニングを行っていた。
「フットサル同好会もようやく練習が軌道に乗ってきたみたいだね。一年の子たちはあれだけ同好会を作ろうと熱心に頑張ってたんだから」
潮音が紫に声をかけると、紫も練習するフットサル同好会のメンバーを眺めながらふと息をついた。
「あの子たちが来年の学校の活動を盛り上げてくれたらいいのにね」
「来年には萌葱や浅葱もうちの学校に来るのかな」
そこで紫はため息をつきながら答えた。
「入試受かんないことにはどうにもならないよ。あの子たちは来年受験だっていうのに遊んでばっかりいるし」
潮音と紫がそのようにして校舎の玄関口で話していると、そこに天野美鈴もトレーニングウェア姿で現れた。美鈴は夏休み中も陸上部の練習に出ていたのだった。
美鈴は汗だくになって激しく息をしていて、暑さの中でも練習に熱を入れたことは明らかだった。それを見て紫が心配そうに声をかけた。
「練習頑張るのもいいけど、熱中症には気をつけてね。あと日焼け対策もちゃんとした方がいいよ。…あのフットサル同好会の子たちも心配だけど」
「紫の言う通りやからな。あまり暑い日には外で練習せえへんようにしとるけど」
美鈴が話すのを聞きながら、潮音は自分自身もかつては中学校の屋外のプールで、日焼けで真っ黒になるまで水泳部の練習に明け暮れたことを思い出して少し顔を赤らめた。美鈴はタオルで汗をぬぐいながら、潮音と紫に話しかけた。
「この夏休みには、あたしが小学生のときまで住んどった田舎の町から、友達が家に泊りがけで遊びに来るんや。あの子は日ごろ田舎に住んどるから、神戸に行くのを楽しみにしとるみたいやな」
「へえ。昔からの友達と会えるのは楽しみよね。天野さんはちょくちょく実家の話をするけど、その町には私もいっぺん行ってみたいな」
このようにして潮音が校舎の玄関で紫や美鈴とおしゃべりをしていると、そこにキャサリンも姿を現した。そこでさっそく潮音がキャサリンに声をかけた。
「キャサリンも夏休みなのに学校来てたんだ。やっぱり剣道部の練習があるの?」
しかしキャサリンは、いつになく嬉しそうな表情をしていた。そしてキャサリンの隣には、すらりとした長身の白人の男性とスーツをきちんと着こなした女性、さらにキャサリンによく似たあどけない顔立ちをした、中学生くらいの男の子の姿があった。潮音がこの三人とキャサリンの姿を交互に見比べていると、キャサリンの方から口を開いた。
「紹介しますね。こちらは私の両親と弟です」
キャサリンの言葉を聞いて、潮音はふと息を飲んだ。潮音もキャサリンの母親は松風女子学園の卒業生で英国人の夫と結婚し、今は大学教授としてロンドンで暮しているという話をかねてから聞いてはいたものの、直接本人の姿を目にするのは初めてだった。
しかしキャサリンの両親をいざ目の前にして、潮音よりもむしろ紫や美鈴の方が驚いているようだった。そのような潮音たちの姿を見て、キャサリンの母親は笑顔で三人に話しかけた。
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ。私ももう三十年くらい昔になるけど、この学校に通っていたからね。こうして辺りを見回してみても、このどっしりとした校舎の趣は変ってなくて懐かしいわ。でもあなたたちの着てる制服は、私が学校通ってた頃と比べてずいぶんおしゃれでかわいくなったじゃない。あ、自己紹介がまだだったわね。私は小百合・武藤・カーライルと言って、普段はロンドンの大学で日本語と日本文学を教えています。娘のキャサリンがいつもお世話になっています」
そう言って小百合は潮音たちに対して丁寧にお辞儀をした。潮音はキャサリンの礼儀正しい態度や丁寧な言葉遣いはやはり母親譲りだなと思う一方で、思ったよりも気さくに話しやすいかもしれないという気も少ししていた。
それに続いて、キャサリンの父親も潮音たちに丁寧な口調で自己紹介をした。
「はじめまして。私はキャサリンの父のロバート・カーライルです。今はロンドンの大学で夏目漱石や川端康成などの日本文学の研究や、日本の小説などの翻訳をしています」
潮音たちは皆、キャサリンの父親のロバートがきちんと日本語を話すのに驚いていた。そのような潮音たちの表情を見て、小百合は顔に笑みを浮べていた。
「みんな私の旦那はどうしてイギリス人なのに、こんなに日本語がうまいのかって思ってるでしょ。そりゃだてに日本文学の研究や翻訳をやっていないからね」
さらに小百合は、自分の隣でどこか物怖じしているように見えたキャサリンの弟にも声をかけた。
「ほら、エドワードもちゃんとあいさつしなさい」
小百合に言われて、キャサリンの弟のエドワードも少し緊張気味に、いささかたどたどしい日本語で話し始めた。
「私はエドワード・武藤・カーライルです。今ロンドンの中等学校に通っています。今回は両親が学会で日本に行くために、それについて私も日本に行くことになりました。私もこれまで日本の漫画やアニメをよく見てきたので、日本に来られて嬉しいです」
エドワードが自己紹介を済ませると、キャサリンはその後を継ぐように言った。
「エドワードは私より三歳年下なのですが、どうも恥ずかしがり屋で人見知りするようなところがありましてね」
「そりゃ外国行ったら誰だって緊張するよ。それにしてもキャサリンの弟ってキャサリンに似ていてかわいいじゃない」
紫がエドワードに優しい声で話しかける一方で、エドワードはますます顔を赤らめていた。一方で潮音はエドワードのおとなしそうで引っ込み思案な顔つきを見て、姉のキャサリンの快活な態度とは対照的だなと感じていた。その間に、キャサリンは両親に潮音と紫、美鈴を紹介していた。
「こちらの子は峰山紫といって、今私たちの学年の生徒会長をやっているのですよ。そしてこっちの藤坂潮音と天野美鈴は、学校でも私の仲良しの友達です」
潮音たち三人の中でも、小百合が一番最初に目を向けたのは美鈴だった。
「あなたが今年のゴールデンウィークに、キャサリンを田舎にある実家に誘ってくれたのね。そのときの写真や話をキャサリンがSNSで送ってくれたけど、あの子も楽しかったようで何よりだわ。それに混んでいる観光地に行くより、こういうところに行った方が本当の日本の姿がわかるのかもね。本当にありがとうございました」
小百合が丁寧にお礼をしたので、むしろ美鈴の方が気恥ずかしそうな顔をしていた。次いで小百合は紫に顔を向けた。
「あなたが今の生徒会長なのね。どうりで頭良さそうな顔してるじゃない」
小百合にそこまで言われて、紫までもが気恥ずかしそうな顔をした。ちょうどそこに、職員室の方から牧園久恵が姿を現した。
久恵は小百合の姿を見るなり目を丸くして、小百合の方に駆け寄った。小百合も久恵の姿を見ると満面に笑みを浮べて、旧友との久しぶりの再会を喜んでいた。
「小百合じゃない。イギリスからわざわざうちの学校に来てくれるなんて。イギリスの話とかもっと聞かせてよ」
「久恵こそずっと松風で先生をやってきたのね。この学校の雰囲気も昔と変っていないようで何よりだわ。生徒たちも相変らず元気そうだし」
「いや、うちの生徒たちは元気すぎて、私の方こそその世話に追われっぱなしよ。それにしても、この人が小百合の旦那さん? なかなか立派そうな人じゃない」
ロバートも嬉しそうにしている久恵を前にして、たじたじとしながら久恵にお辞儀をしたが、いつも校内では生徒指導担当として厳格に振舞っている久恵が小百合と親しげに話している様子に潮音たちは呆気に取られていた。その様子を見て、久恵は生徒たちに話しかけた。
「小百合はね、いやその頃はまだ結婚する前で『武藤小百合』っていってたんだけどね、私の松風での同級生で仲良しだったの。まさか小百合がイギリスで結婚してそこで暮すようになるなんて、あの頃には夢にも思わなかったわ。そっちの息子さんも利発そうでかわいいじゃない」
「久恵もその頃は結婚する前で、『上滝久恵』という名前だったのよ。まじめなところは昔から変ってないけどね」
小百合に言われると、久恵は生徒たちの方に目をやりながらいやそうな顔をした。そこで久恵はあらためて小百合に尋ねた。
「で、どうして小百合は日本に来たの?」
「この夏に日本で学会があるからね。それに出席するために夫や息子と一緒に日本に来たの。ついでにキャサリンにも会えるしね。しばらく私の両親の家に泊まるけど、それにしても日本の夏って、私のいた頃と比べても暑くなってない?」
特にエドワードには、日本の夏の酷暑はこたえているようだった。
「…やっぱり地球温暖化の影響かしらね。ともかく理事長先生にも会いましょ。理事長先生も小百合に会うと懐かしがると思うから」
そしてロバートと小百合はしばらく理事長や久恵と話がしたいから、その間キャサリンとエドワードは友達と一緒に待っているようにと言った。潮音たちはみんなでとりあえず、カフェテリアで時間をつぶすことにした。
「まったく、うちの学校ってどうして夏休み中も補習なんかあるんだよ」
潮音と紫は、夏休みの補習を受けた後だった。
「でも潮音は法学部に進んで弁護士になりたいっていう目標があるんでしょ。弁護士になろうと思うんだったらうんと勉強しなきゃいけないよ」
紫はそう言って不満そうな顔をしている潮音をなだめた。
「私に弁護士になるように勧めてくれたのは、紫のお父さんだったよね…」
「それ言ったら愛里紗なんか、医学部に入るためにこの夏休みも予備校に行って猛勉強してるんだから」
潮音は愛里紗の名前を聞くと、自分は彼女の何分の一も努力をしていないと思って気後れせずにはいられなかった。
「私も塾か予備校に行った方がいいのかな…。お金だって安くないっていうから、親と相談しなきゃいけないけど」
「それは潮音自身が決めることだわ。そうした方が勉強がはかどると思うならそうすればいいし。ただこれだけは言っておくけど、本人に勉強しようっていう意欲がなかったら、いくらお金かけて塾や予備校行ったって豚に真珠よ」
「うちの姉ちゃんもバイトで家庭教師やってるけど、しょっちゅうぶつくさ言ってるよ。『金さえ出して家庭教師を雇えば、子どもが勉強できるようになって成績が上がるとでも思ってる親が多すぎる』って」
潮音が紫と話している間に、二人はいつしか校舎の玄関まで来ていた。校舎の玄関の扉からは校庭が一望できたが、そこでは夏の炎天下にもかかわらず、樋沢遥子たちのフットサル同好会がランニングを行っていた。
「フットサル同好会もようやく練習が軌道に乗ってきたみたいだね。一年の子たちはあれだけ同好会を作ろうと熱心に頑張ってたんだから」
潮音が紫に声をかけると、紫も練習するフットサル同好会のメンバーを眺めながらふと息をついた。
「あの子たちが来年の学校の活動を盛り上げてくれたらいいのにね」
「来年には萌葱や浅葱もうちの学校に来るのかな」
そこで紫はため息をつきながら答えた。
「入試受かんないことにはどうにもならないよ。あの子たちは来年受験だっていうのに遊んでばっかりいるし」
潮音と紫がそのようにして校舎の玄関口で話していると、そこに天野美鈴もトレーニングウェア姿で現れた。美鈴は夏休み中も陸上部の練習に出ていたのだった。
美鈴は汗だくになって激しく息をしていて、暑さの中でも練習に熱を入れたことは明らかだった。それを見て紫が心配そうに声をかけた。
「練習頑張るのもいいけど、熱中症には気をつけてね。あと日焼け対策もちゃんとした方がいいよ。…あのフットサル同好会の子たちも心配だけど」
「紫の言う通りやからな。あまり暑い日には外で練習せえへんようにしとるけど」
美鈴が話すのを聞きながら、潮音は自分自身もかつては中学校の屋外のプールで、日焼けで真っ黒になるまで水泳部の練習に明け暮れたことを思い出して少し顔を赤らめた。美鈴はタオルで汗をぬぐいながら、潮音と紫に話しかけた。
「この夏休みには、あたしが小学生のときまで住んどった田舎の町から、友達が家に泊りがけで遊びに来るんや。あの子は日ごろ田舎に住んどるから、神戸に行くのを楽しみにしとるみたいやな」
「へえ。昔からの友達と会えるのは楽しみよね。天野さんはちょくちょく実家の話をするけど、その町には私もいっぺん行ってみたいな」
このようにして潮音が校舎の玄関で紫や美鈴とおしゃべりをしていると、そこにキャサリンも姿を現した。そこでさっそく潮音がキャサリンに声をかけた。
「キャサリンも夏休みなのに学校来てたんだ。やっぱり剣道部の練習があるの?」
しかしキャサリンは、いつになく嬉しそうな表情をしていた。そしてキャサリンの隣には、すらりとした長身の白人の男性とスーツをきちんと着こなした女性、さらにキャサリンによく似たあどけない顔立ちをした、中学生くらいの男の子の姿があった。潮音がこの三人とキャサリンの姿を交互に見比べていると、キャサリンの方から口を開いた。
「紹介しますね。こちらは私の両親と弟です」
キャサリンの言葉を聞いて、潮音はふと息を飲んだ。潮音もキャサリンの母親は松風女子学園の卒業生で英国人の夫と結婚し、今は大学教授としてロンドンで暮しているという話をかねてから聞いてはいたものの、直接本人の姿を目にするのは初めてだった。
しかしキャサリンの両親をいざ目の前にして、潮音よりもむしろ紫や美鈴の方が驚いているようだった。そのような潮音たちの姿を見て、キャサリンの母親は笑顔で三人に話しかけた。
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ。私ももう三十年くらい昔になるけど、この学校に通っていたからね。こうして辺りを見回してみても、このどっしりとした校舎の趣は変ってなくて懐かしいわ。でもあなたたちの着てる制服は、私が学校通ってた頃と比べてずいぶんおしゃれでかわいくなったじゃない。あ、自己紹介がまだだったわね。私は小百合・武藤・カーライルと言って、普段はロンドンの大学で日本語と日本文学を教えています。娘のキャサリンがいつもお世話になっています」
そう言って小百合は潮音たちに対して丁寧にお辞儀をした。潮音はキャサリンの礼儀正しい態度や丁寧な言葉遣いはやはり母親譲りだなと思う一方で、思ったよりも気さくに話しやすいかもしれないという気も少ししていた。
それに続いて、キャサリンの父親も潮音たちに丁寧な口調で自己紹介をした。
「はじめまして。私はキャサリンの父のロバート・カーライルです。今はロンドンの大学で夏目漱石や川端康成などの日本文学の研究や、日本の小説などの翻訳をしています」
潮音たちは皆、キャサリンの父親のロバートがきちんと日本語を話すのに驚いていた。そのような潮音たちの表情を見て、小百合は顔に笑みを浮べていた。
「みんな私の旦那はどうしてイギリス人なのに、こんなに日本語がうまいのかって思ってるでしょ。そりゃだてに日本文学の研究や翻訳をやっていないからね」
さらに小百合は、自分の隣でどこか物怖じしているように見えたキャサリンの弟にも声をかけた。
「ほら、エドワードもちゃんとあいさつしなさい」
小百合に言われて、キャサリンの弟のエドワードも少し緊張気味に、いささかたどたどしい日本語で話し始めた。
「私はエドワード・武藤・カーライルです。今ロンドンの中等学校に通っています。今回は両親が学会で日本に行くために、それについて私も日本に行くことになりました。私もこれまで日本の漫画やアニメをよく見てきたので、日本に来られて嬉しいです」
エドワードが自己紹介を済ませると、キャサリンはその後を継ぐように言った。
「エドワードは私より三歳年下なのですが、どうも恥ずかしがり屋で人見知りするようなところがありましてね」
「そりゃ外国行ったら誰だって緊張するよ。それにしてもキャサリンの弟ってキャサリンに似ていてかわいいじゃない」
紫がエドワードに優しい声で話しかける一方で、エドワードはますます顔を赤らめていた。一方で潮音はエドワードのおとなしそうで引っ込み思案な顔つきを見て、姉のキャサリンの快活な態度とは対照的だなと感じていた。その間に、キャサリンは両親に潮音と紫、美鈴を紹介していた。
「こちらの子は峰山紫といって、今私たちの学年の生徒会長をやっているのですよ。そしてこっちの藤坂潮音と天野美鈴は、学校でも私の仲良しの友達です」
潮音たち三人の中でも、小百合が一番最初に目を向けたのは美鈴だった。
「あなたが今年のゴールデンウィークに、キャサリンを田舎にある実家に誘ってくれたのね。そのときの写真や話をキャサリンがSNSで送ってくれたけど、あの子も楽しかったようで何よりだわ。それに混んでいる観光地に行くより、こういうところに行った方が本当の日本の姿がわかるのかもね。本当にありがとうございました」
小百合が丁寧にお礼をしたので、むしろ美鈴の方が気恥ずかしそうな顔をしていた。次いで小百合は紫に顔を向けた。
「あなたが今の生徒会長なのね。どうりで頭良さそうな顔してるじゃない」
小百合にそこまで言われて、紫までもが気恥ずかしそうな顔をした。ちょうどそこに、職員室の方から牧園久恵が姿を現した。
久恵は小百合の姿を見るなり目を丸くして、小百合の方に駆け寄った。小百合も久恵の姿を見ると満面に笑みを浮べて、旧友との久しぶりの再会を喜んでいた。
「小百合じゃない。イギリスからわざわざうちの学校に来てくれるなんて。イギリスの話とかもっと聞かせてよ」
「久恵こそずっと松風で先生をやってきたのね。この学校の雰囲気も昔と変っていないようで何よりだわ。生徒たちも相変らず元気そうだし」
「いや、うちの生徒たちは元気すぎて、私の方こそその世話に追われっぱなしよ。それにしても、この人が小百合の旦那さん? なかなか立派そうな人じゃない」
ロバートも嬉しそうにしている久恵を前にして、たじたじとしながら久恵にお辞儀をしたが、いつも校内では生徒指導担当として厳格に振舞っている久恵が小百合と親しげに話している様子に潮音たちは呆気に取られていた。その様子を見て、久恵は生徒たちに話しかけた。
「小百合はね、いやその頃はまだ結婚する前で『武藤小百合』っていってたんだけどね、私の松風での同級生で仲良しだったの。まさか小百合がイギリスで結婚してそこで暮すようになるなんて、あの頃には夢にも思わなかったわ。そっちの息子さんも利発そうでかわいいじゃない」
「久恵もその頃は結婚する前で、『上滝久恵』という名前だったのよ。まじめなところは昔から変ってないけどね」
小百合に言われると、久恵は生徒たちの方に目をやりながらいやそうな顔をした。そこで久恵はあらためて小百合に尋ねた。
「で、どうして小百合は日本に来たの?」
「この夏に日本で学会があるからね。それに出席するために夫や息子と一緒に日本に来たの。ついでにキャサリンにも会えるしね。しばらく私の両親の家に泊まるけど、それにしても日本の夏って、私のいた頃と比べても暑くなってない?」
特にエドワードには、日本の夏の酷暑はこたえているようだった。
「…やっぱり地球温暖化の影響かしらね。ともかく理事長先生にも会いましょ。理事長先生も小百合に会うと懐かしがると思うから」
そしてロバートと小百合はしばらく理事長や久恵と話がしたいから、その間キャサリンとエドワードは友達と一緒に待っているようにと言った。潮音たちはみんなでとりあえず、カフェテリアで時間をつぶすことにした。
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