裸足の人魚

やわら碧水

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第五部

第六章・広い世界に(その6)

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 その翌日、茉美は美鈴の家で朝食を済ませると、フリルやリボンをあしらった半袖のワンピースに着替えた。

「やっぱ茉美はゴスロリが好きなんやね」

 美鈴がふと息をついたものの、茉美は神戸でもおしゃれを楽しむことができることが嬉しそうだった。

 そして二人は家を後にすると、キャサリンとの待合せ場所になっている新交通システムの駅へと向かった。二人はキャサリンと一緒に、新交通システムで人工島に渡ったところにあるプールに行くことになっていたのだった。

「茉美は水着持ってきたん?」

 美鈴は通りを歩きながら茉美に尋ねた。

「ああ。ちゃんと用意してきたから楽しみにしててよ」

「そこまで言うってことは、茉美がどんな水着用意したか楽しみやな」

 美鈴と茉美はそのように話しているうちに、キャサリンと待ち合わせをしている駅に着いていた。改札口で美鈴と茉美がキャサリンと出会うと、茉美は満面の笑みを浮べてキャサリンとの再会を喜んでいた。

「キャサリンも久しぶりだね。家族で東京に行ったときの話とかもっと聞かせてよ」

 キャサリンも茉美の顔を見て嬉しそうにしていたが、茉美の着ている夏物のワンピースもキャサリンの目を引きつけていた。美鈴はそこでぼそりとキャサリンに尋ねた。

「せっかくイギリスから家族が来とるのに、キャサリンは今日あたしたちと会ってほんまに良かったん?」

 それに対してキャサリンは答えた。

「エドワードはこの暑さの中で東京に行って疲れたみたいなので、今日は一日家で休むことになっています。両親も今日は人と会う用事があるみたいだし」

「そりゃイギリスから来たら、日本の夏のこの暑さはきつそうやしな。キャサリンの弟にももっと日本の楽しいとこ紹介したいけど。ところでキャサリンの家族って、いつまで日本におるん?」

「あと三日後の飛行機でイギリスに戻る予定です」

 そのキャサリンの言葉を聞いて、美鈴は残念そうに顔を曇らせた。

「せめて花火大会まではこっちにおればええのに」

 そこで茉美が重くなりかけた空気を振り払うように、明るく声を上げた。

「あたしも明日には家に帰る予定だから、せめて今日くらいキャサリンと一緒に神戸で目いっぱい遊びたいな」

 茉美はキャサリンと遊べることに、今からわくわくしているようだった。

 三人がホームに上がる間も、茉美はキャサリンに東京に行ったときのことをいろいろと尋ねていた。美鈴も茉美とキャサリンがすっかり意気投合した様子をニコニコしながら眺めていた。

「キャサリンも日本での友達が増えて良かったね」

 三人が人工島に行く新交通システムに乗り込むと、動き出した電車は川に沿った高架線をしばらく走り、やがて日本酒の産地として名高い灘の酒造工場を見下ろしながら進んだ後で、人工島へと通じる橋を渡った。

 美鈴たちのお目当てのプールは、新交通システムの終着駅の前にあった。夏休みのさなかということもあってプールは多くの客でにぎわっていたが、このところの暑さに少し参り気味になっていたキャサリンにとっては、プールの水で涼めることが何よりも嬉しいようだった。

 みんなで更衣室に入って水着に着替えると、花柄のかわいらしい水着を着たキャサリンの姿に美鈴と茉美も目を奪われていた。水着の柄だけでなく、キャサリンのスタイルの良さも二人の注目の的になっていたようだった。

 キャサリンの方も美鈴や茉美の視線が気になったのか、気恥ずかしそうにその二人の方を見返しながら言った。

「天野さんの水着だってなかなかかっこいいと思いますけど」

 実際にそうだった。美鈴の着ていたセパレートタイプの水着は飾り気のないシンプルな形状をしていたものの、それが陸上部の練習で浅黒く日焼けし、引き締まった肉体をしていた美鈴にはよく似合っていた。さらに茉美もフリルのついたセパレートタイプの水着を着ていたが、キャサリンもその水着に目を向けて言った。

「茉美の水着もかわいいですね。やっぱり茉美ってこういうフリルのついたかわいい服が好きなんですね」

 そのキャサリンの言葉に、茉美は照れくさそうな顔をした。

 そして三人はしばらくの間、園内に設けられたさまざまなプールで水遊びを楽しんだ。波の出るプールで波に揺られたり、流れるプールを浮き輪に乗って流されたりしているうちに、キャサリンたちも酷暑を忘れて自然と笑顔になっていた。迷路のように入り組んだウォータースライダーを勢いよく下ったときには、茉美も歓声を上げた。真夏の光を浴びてきらめく水しぶきも、三人の気持ちをますます高揚させた。

 やがて水遊びも一段落すると、三人は売店で飲み物やアイスを買うために列に並んだ。しかしその間も、キャサリンはプールを訪れた若い男性客たちの注目の的になっていた。

 三人で買物を済ませてプールサイドに設けられた休憩場に行き、ホットドッグを食べたりアイスをなめたりしている間も、キャサリンと茉美はおしゃべりに余念がなかった。茉美はイギリスのことや神戸での生活など、キャサリンに対して聞きたいことはいくらでもあるようだった。

 その二人の話を聞きながら、美鈴もふと息をもらした。

「うちの学校では藤坂さんと塩原さんが水泳部やからね。あの二人も誘ったら良かったかな。うちの学校の友達も茉美のこと歓迎してくれると思うよ」

「へえ、美鈴の学校には水泳部もあるんだ」

 美鈴の話に茉美は興味深そうな顔をした。

「うちの学校は温水プールかてあるからね。大学から高校、中学までみんな一緒に使うんやけど」

「美鈴の学校ってお金あるよね。それに比べたらあたしたちの学校はちっちゃな学校だけど、その代わりみんな仲良しで地域のボランティア活動も積極的にやってるからね」

 そこでキャサリンが口をはさんだ。

「私もまた茉美の家に行ってみたいです」

「ああ、いつでも来ていいよ。秋になると紅葉がきれいだからね」

 そう言って茉美は、真っ青に高く澄みわたった真夏の空を見上げた。


 そこから茉美たちはまた一泳ぎした後でプールを後にした。プールの近くには海に面して公園があるので、みんなでその公園に行くことにした。

 三人がプールの入口からしばらく歩いて海辺の公園に着くと、海に沿って並んで植えられた丈の高い熱帯樹が、真夏の日差しを浴びて濃い影を落していた。そこからさらにみんなで海辺に足を向けると、柵の真下にまで波が打ち寄せていた。そしてその彼方に広がる海は青く澄みわたり、波頭は真夏の光を浴びてキラキラと輝いていた。さらにその上には、青く澄みわたった夏の空がどこまでも続いていた。うだるような酷暑のさなかを歩いてきただけに、美鈴たちは海辺まで来ると海から吹き寄せる潮風が頬をなでるのにほっと息をつかされた。

 日ごろ山の中の町で暮している茉美にとって、海の景色はより新鮮に目に映るようだった。茉美はそのまま海辺の柵から身を乗り出して、水平線の彼方をじっと見つめていた。その間も茉美のワンピースやフリルの飾りが、海からの風をはらんではためいていた。

 そこで茉美が辺りを見渡すと、海辺には港湾設備や倉庫も建ち並んでいるのが見えた。その景色を眺めながら茉美は、隣にいたキャサリンに声をかけた。

「なんか不思議だよね。この海も空も、キャサリンが生まれて育ったイギリスとみんなつながってるんだから」

 キャサリンもその茉美の言葉には、ふと息をつかされたような顔をした。そしてキャサリンもそれに答えて言った。

「私の母もロンドンの空を見ながら、同じことを考えていたのかもしれませんね」

 そこで茉美はさらにキャサリンに尋ねた。

「あたしはキャサリンは、自分と同じ高校生なのに一人で日本に来て日本の高校に入ったの、ほんとにすごいと思うよ。でもキャサリンだってイギリスにも友達とかいるのに、その友達と別れるのは寂しくなかったの?」

「私は今でもロンドンにいる友達とは、しょっちゅうスマホで話したりしていますよ。そのときは英語ですけどね」

「ほんとにキャサリンって、英語も日本語も両方ペラペラなんだからすごいよね」

「これは両親の影響ですね。父はイギリス人ですが大学で日本文学を研究していて、日本の小説を英語に翻訳したりもしているのですよ。今回東京に行ったときも家族と一緒に歌舞伎を見に行ったのですが、父の方が歌舞伎についてよく知っていました。父は今回は無理だったけど、いつか東北に行って松尾芭蕉が『おくのほそ道』で訪ねたところや、柳田国男の『遠野物語』の舞台になった遠野、さらには宮沢賢治や太宰治が育ったところを見てみたいと言っていました」

「キャサリンのお父さんって、下手すりゃ日本人以上に日本のことについて詳しいよね」

「私は両親から日本のことについて聞かされるうちに、日本に行ってみたいと思うようになりました。祖父母だけでなくて学校のみんなも親切にしてくれて、この留学は自分にとって視野を広げるきっかけになってくれたと思います」

 キャサリンの隣で柵から身を乗り出して海を眺めていた美鈴が、そこで少し首をかしげながら口を開いた。

「うちの学校の先生はしょっちゅう、『あなたたちはこれから世界で活躍するような人間にならなきゃいけない』って言うとるけど、『世界で活躍する』ってどないなことなんやろな…」

 そこで茉美は、美鈴を向き直して言った。

「美鈴、あたしは美鈴がこれからどんな大学行ってそこからどこでどんな仕事について、どんな人生送るかなんてたしかにわかんない。でも美鈴がどこに、それこそ外国行ったって、あたしは美鈴があの町で生れて育ったことを忘れてほしくないんだ。そして美鈴がさみしいと思ったときやつらいことがあったときには、あの町のことを思い出してほしいと思ってる。そういう心の芯になるようなものがあるからこそ、世界中どこに行ったってやっていけるんじゃないかな」

 茉美の言葉には、美鈴も深く納得したようだった。美鈴は茉美の手をぎゅっと握りしめた。

「ありがとう、茉美。あたしは茉美と友達になれてほんまに良かったと思っとるよ。あたしはこれからも茉美のことはずっと忘れへんと思うから」

 そこでキャサリンも言った。

「私も日本でみんなと会えたことは、きっと忘れられないと思います」

 そしてキャサリンは、美鈴や茉美とも固い握手を交わした。

 それから三人で公園を後にするとき、キャサリンは母親の小百合が潮音に会いたいと言っていたことをふと思い出していた。キャサリンはどうして母親が潮音に会いたいと言ったのか、そこで会ってどんな話をするのかと内心でいぶかしんでいた。

 そのキャサリンの様子を見て、美鈴は怪訝な表情をした。

「キャサリン、どないしたん? なんか考え事しとるみたいやけど」

 美鈴の声でキャサリンは我に返った。

「いや、ちょっと考えごとをしていただけですから…」

 そう言って赤面しながら軽く手を振るキャサリンを、美鈴と茉美はどこか気がかりな表情で眺めていた。
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