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37話 もうやめて! アレクのライフはゼロよ。

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「本当によかったわ~、やっぱりアレックスちゃんとリアちゃんは運命の恋人だったのねえ~。」

少し間延びした声でエマ様がニコニコしながら言った。

「運命の恋人?ってどういうことですか?」

さっきもそんなこと言っていたような気がしたけど。

「あなた達はずーっと昔にもう会っていたのよ!」

エマ様の目が心なしかキラキラしていて話したくてウズウズしているようだ。

「ああ、あの話をするの? 別にいいけどアレックス殿下が嫌がるかもよ?」

アンジュ御祖母様おばあさまが少し憐れんだ目でアレクを見ている。

「あの、ヴィクトリア嬢とは先日お会いしたばかりだと思いますが、昔会ったという記憶が私にはありません。」

アレクが不思議そうに首をかしげている。

「そうねえ、あの頃は、あなたもいろいろあって思い出したくないのかもしれないわね…。」

「何時の頃の話なのでしょうか?」

「今から17年前くらいになるわね。リアちゃんがまだ生まれて6か月頃だったかしら、アンジュ姉様と私とリアちゃんで王宮に行ったことがあるの。」

「17年前といったら、私が7歳くらいですか…… あ…。」

アレクは何か思い出した様だがそのまま口を閉ざした。なんだか表情が沈んだようにも見える。

「……あなたのお母様がお亡くなりになった頃よ。」

アンジュ御祖母様おばあさまが静かに言った。
そうか、アレクが自分は側妃の子供だと言っていた。すでに亡くなられていたなんて知らなかった。

「リアちゃんが赤ちゃんの頃は私達が育てていたのよ、乳母を雇ってね。よく泣く子でね~、夜泣きもすごかったし大変だったけど楽しかったわ。」

御祖母様おばあさまは懐かしそうに笑って話されているけど、当人としては気恥ずかしい。
うー我慢我慢。

「ある時ね、乳母さんが体調を崩しちゃったのよ。他の乳母さんを探していたのだけど、ちょうどその頃にアルフレッド殿下を生んだ王妃様が話をお聞きになられて『私でよければお乳をあげましょう』と言ってくださったの、それでエマと私で赤ん坊のリアちゃんを連れて王宮でしばらくすごさせてもらうことになったわ。」

「まあ、そんなことが…。」

「そうそう! だからアルフレッド殿下とリアちゃんは乳兄弟になるわね!」

「はは、そうですね…。」

なんだか気恥ずかしくて、曖昧に笑ってしまった。

「それでねえ、ありがたいことに王妃様からお乳を分けて頂いていたのよ。リアちゃんはさっきも言ったけどよく泣く子だったからぐずると大きな声で泣いたの。それで寝ているアルフレッド殿下を起こすわけにはいかなかったからよく庭園を散歩しながらあやしていたわ。そこで、アレックス殿下に会ったの!」

エマ様はここからが本番とばかりに張り切って話し出した。





~ 17年前 ~

「んぎゃー! おぎゃー!」

「あらあら、今日もリアちゃんはご機嫌ナナメねえ~。ほうら、あんまり泣いているとお花さんたちに笑われてしまいますよ~。」

「お姉様、腕が疲れていませんか? 私が代わりましょうか?」

「エマったら、さっき交代したばかりでしょう? だーめ。」

「ええ~?」

そんなやり取りをしていたら前方から少年が歩いてきた。

「これは、アレックス殿下。ごきげんよう。」

エマが綺麗にカーテシーをする横でアンジュはヴィクトリアを抱っこしているので腰を少し屈めるだけにとどまった。

「その赤ちゃんは、アルフレッド?」

「違います。この子は私達の孫のヴィクトリアにございます。」

アレックスにヴィクトリアの顔が見える位置まで腰をかがめた。

「…なんでこんなに泣いているのだ?」

「アレックス殿下、赤ちゃんは泣くのがお仕事なのです。」

「泣くのがしごと?」

「そうです。赤ちゃんは言葉がまだ話せないのでお腹がすいたり、おむつが濡れていたり、機嫌が悪かったら泣いたりしますのよ。」

「では、いまはおなかがすいているのか?」

「いえ、お腹はいっぱいですよ。ただ、機嫌が悪いだけかもしれません。」

そんな会話をしているといつの間にかヴィクトリアが泣き止んでアレックスの方をじっと見ていた。
そこでエマが思いついたように言った。

「アレックス殿下。ヴィクトリアを抱っこしてみますか?」

「お、おれが?」

「そうです。ヴィクトリアは殿下が気になっているようです。抱っこしたら笑うかもしれませんよ。」

「おとしてしまったらどうするっ。」

「大丈夫です。ちゃんと下で支えますから、抱っこしてみます?」

「う、うん。」

アレックスはそう答えて、恐る恐るといった感じでヴィクトリアを抱っこした。もちろん7歳の子に赤ちゃんは重たいので下からアンジュが支える形となった。

そうしてアレックスが間近で見ると、ヴィクトリアがいきなり「キャ、キャ」と笑いだした。手を伸ばしてアレックスの顔をその小さい手で触っている。

「わ、わらったぞ! かわいいな。」

嬉しそうに報告してくるアレックスに二人は微笑みを返すと同時に密かに胸をなでおろした。
アレックスはつい最近、母親を亡くしてから笑うことがなくなったと、国王父親が胸を痛めているのを知っていたから。
共に母親を亡くしたもの同士、何かが共鳴したのだろうか。
それから、王宮にいる間は毎日のようにヴィクトリアに会いにアレックスはアンジュ達のところへとやって来た。不思議とヴィクトリアもアレックスがいるときだけは泣いたりせず、ずっと楽しそうに笑っていた。

そんな日々も終わるときが来た。乳母の体調も良くなり復帰することになり、王宮から家へ戻ることになったのだ。
明日には家に帰ることをアレックスに話すと落胆したように部屋へと戻って行った。


次の日、アンジュ達が帰る時刻になると、たまたま国王陛下も時間が空いたという事で見送りに来ていた。父親と一緒に来ていたアレックスは、なにやら思いつめた表情をしていたがやがて決心したように父親に向かって言った。

「ちちうえ、ヴィクトリアをうちの子にできませんか?」

「「「「ええっ!?」」」」

その場にいた大人たちが一斉に驚いた。

「お、わたしはヴィクトリアとはなれたくありません。」

「そ、それは、好きだということか?」

「すき? はい! すきです。かわいいです。ずっとそばにいてほしいのです。」

多分、恋愛とかではなく純粋に好きという子供心なのだろう。一生懸命に訴えてくる少年に大人たちは胸がいっぱいになった。

アンジュがアレックスの前に腰を下ろして同じ目線になるとゆっくりと話した。

「申し訳ございません。アレックス殿下。今は殿下の希望にはお答えできません。」

「どうして?」

「私達は、ヴィクトリアの母上様とお約束したのです。立派にヴィクトリアを育てると。ですから、ヴィクトリアをお渡しするわけにはまいりません。いずれお二人が大きくなられてそれでも一緒にいたいというのならお止め致しません。」

「……わかった。」

少年の頬に一筋の涙の雫が流れていく。母親の葬儀でも泣かなかった少年が泣いたことに父親は驚いた。そして初めて何かを欲しがった息子にそれを与えることが出来ないことに胸が痛んだ。

「ヴィクトリア、お別れ言いましょうね。」

ヴィクトリアを抱っこしていたエマがアレックスに顔が見えるように腰を下ろした。

「リア、さようなら。また会おうね。」

そう言って、ヴィクトリアの頬にチュっと唇を落とした。






「……ということがあってねえ~、もうすっごいその時のアレックス殿下がかわいくて~。」

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っー!!!!」

横にいるアレクが顔を両手でふさぎながらその場でのたうち回っている。


うん、気持ちはわかる。
本人が記憶にないのに、そんなエピソード聞かされた日には羞恥心でいっぱいだろう。

ほんわかエピソード(と当人は思っている)をまだ話し続けるエマ様に心の中で言った。


もうやめて! アレクのライフはゼロよ!


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