契約メイドは女子高生

白川嘘一郎

文字の大きさ
11 / 30
「屋敷の外は危険がいっぱい」

屋敷の外は危険がいっぱい(5)

しおりを挟む
 先生が呼んだタクシーの後部座席に、わたしと先生は並んで乗り込んだ。
 こういう場合、マナー的には使用人は助手席に乗るべきらしいけど、馬車の時代はどうしていたのだろう。
 そして今のわたしは、頭のホワイトブリムとエプロンを外してバッグに入れているので、見た目はただ地味なワンピースを着た女の子に見えなくもない。……考えてみたら、来るときもこうすればよかった。

 隣で六堂先生があからさまに不服そうな顔をしていたが、わたしはちゃんと言いつけを果たしたのだから、移動中の今は勤務外だ。それに――

「――約束を破りましたね、先生」

「いや、その……」

 そう、わたしは怒っているのだ。
 何のためにわたしが恥ずかしい思いをしてメイド姿で買い物をしたと思っているのか。

 わたしをかばってくれた姿に不覚にも少しときめいたりもしてしまったけど、この人がわたしをメイド姿で買い物に行かせたりしなければ、そもそも絡まれることもなかったのである。

「わたしがいない間、家で仕事に専念しているはずでは?」

「……やはりどうしても、メイドが買い物している様をこの目で確かめたくなってしまい……」

「だからわざわざ後を追って、こっそり観察してたんですか?」

「………………」

「それは“ご主人様”としてふさわしい行動でしょうか?」

「いえ……違います……私は駄目な主人です……」

 先生はうなだれて力なく答えた。
 ……この人に言うことを聞かせるコツが少しわかった気がする。

 言いたいことを言い終えて、ふぅと一息つくと、バッグの中でスマホが鳴動した。

『自転車、有紗んちに置いてきたよー。動画もあとで編集して送るね』』

 咲からだった。チェーンロックのナンバーを送って、先に乗って帰ってもらったのだ。本当に咲にはいろいろ力になてもらって、頭が上がらない。

 あ、り、が、と、う、とわたしは一文字ずつ入力する。
 こういう言葉は、予測変換を使うと心がこもっていないようでどこかイヤだ。相手には伝わらないことだけど。

 少し間を置いて、ポンと返信が返ってくる。

『“お泊まり”のアリバイが必要だったら、結伊ゆいちゃんにうまく伝えとくから、いつでも言ってねv』

 結伊は現在中学生のわたしの妹の名前。
 わたしは、舌を出してアカンベーしている画像スタンプだけを送って返した。
 この状況でどうやったらそんなムードになるのか、わたしのほうが教えてほしい。

 わたしがそうやってスマホをいじっていると、タクシーの窓のほうに顔をそむけていた先生が、ポツリとつぶやくのが聞こえた。

「……私がいないところで、私のメイドが私以外の誰かの視線に晒されていると思うと、居ても立ってもいられなかったのだ」

 ――私のメイドが。
 ――私以外の誰かに。

 ぼうっと顔中が赤くなるのを感じた。
 胸から鼻の奥あたりを通って、その感情が思考にまで届く。
 わたしはあわてて頭を左右に振ってそれを追い払う。

 ……先生の言葉が掛かっている先はあくまで『メイド』であって、『わたし』じゃない。
 そこを勘違いしてしまったらもう――引き返せなくなる気がする。
 わたしはメイド服の裾を、またぎゅっと握りしめた。

 自転車では少しかかった距離も、車ならすぐだ。
 タクシーを降りて玄関を開けようとすると、六堂先生が思い出したように言った。

「ああ、扉を開けるときは足元に気をつけてくれたまえ」

 ……? 知らない間に猫でも拾ったのかな。

 屋敷の中に足を踏み入れると、ちょうど爪先にコツンとぶつかるものがあった。
 かすかにモーター音を響かせる黒い円盤状の物体――いわゆるお掃除ロボットだ。

「数日前に注文してあったのだが、ちょうど君と入れ違いに届いてね」

 確かにこれなら電源問題も解決できるし、無駄に広くて余計なものがないこの広間にはちょうどいいかもしれない。
 ……問題はそのコンパクトな黒いボディに、わたしのメイド服と同じような白いフリルの布切れが、まるでエプロンとカチューシャのようにくっつけられていることだ。

「紹介しよう。新たに加わったメイドロボの“サルサ”くんだ」

「ピッ。……ゴ主人サマ、オ掃除ヲ開始シマス」

「しゃべった!?」

「対人センサーで音声再生するユニットに、ネットにあった音声データを入れただけだがね。本体と同時に注文したらすぐに届いた。最近の世の中は便利になったものだ」

「……メイドと名が付けば何でもいいんですね」

 この屋敷のメイドはわたしなのに……。

 ……いや、違う。わたしはアルバイトでやってるだけでメイドじゃない!
 なんで機械に対して嫉妬してるんだろう、わたし。

 くるりと向きを変え、奥へと消えていくお掃除ロボットを見送りながら、六堂先生は言った。

「有紗くんも、先輩メイドとして、よろしく指導してやってくれたまえ」

 本当に、もう。
 さっきのタクシーの中の言葉に、少しでも意識してしまったわたしの気持ちを返してほしい。

「わたしはロボットほど従順じゃないですし、メイドとしてはふさわしくないかもしれないですよ」

 先生は、そんなわたしの気も知らず、うなずいて言った。

「厳密にメイドの条件を定義するなら、そもそも君が日本人である時点でふさわしくないということになる。大正浪漫属性は私にはないのでね。だが私は人種によって人を差別しない。人間など、どうせ皆等しく愚かで醜い存在であり、私にとって重要なのはメイドであるかそうでないか、それだけだ」

 相変わらず凄いことを言うなぁ。
 だが、先生の作風にもともと慣れているわたしは、さほど驚かない。
 その皮肉で厭世的な物言いの下に、ちゃんと優しく温かいものが流れていることを、わたしはずっと感じてきているから。

 そこでわたしは思い出して、エプロンを再び手早く結び、髪を指先で耳の後ろに払って、ホワイトブリムを付ける。

 隣に立つ先生に流し目を向けて、少しだけ試すように聞いてみた。

「じゃあわたしも、先生にとっては愚かで醜い存在ですか?」

「……ん? だから君は、メイドじゃないか。自信を持ちたまえ」

「……そうですね。ご主人様」

 ロボットの声真似をしてそう言ったつもりだったけど、その皮肉は六堂先生には伝わらなかったようだ。

 いっそ本当にロボットになって、予測変換で機械的に『ご主人様』と言えるようになれば楽なんだろうけどな。

 ――ロボットならきっと、こんなふうにめんどくさく拗ねてみせたりしない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...