契約メイドは女子高生

白川嘘一郎

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「XXXしないと出られない」

XXXしないと出られない(3)

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「……それじゃ、今日は2階のお部屋を掃除しますね、ご主人様」

 わたしはそう言って、先生の仕事部屋を後にした。
 執筆はちゃんと進めてくれていたみたいだし、自分のメイド姿の動画がその励みになると言うのなら……恥ずかしいけれど、イヤな気分になるようなことじゃない。

 届いたばかりの掃除機を取りに階下へ降りると、ロボットのサルサがわたしの足元に寄ってきた。

「ねえ、サルサ。これって喜んでいいのかな。どう思う?」

 もちろんサルサは、ピッと電子音を返すだけだった。

 物置部屋に置かれた掃除機を前に、わたしは箱に付属していた説明書にまず一通り目を通した。これぐらい何も見なくても操作できると思うけど、活字好きの悲しいさがだ。
 本体部分の取っ手とホース部分を持って再び2階へと戻る。なるべく軽くて持ち運びしやすい機種を選んで正解だったと思う。
 19世紀のメイドさんたちも、お気に入りの清掃用具とかあったりしたのかな。
 ……わたしが選んだこの掃除機も、わたしがここの仕事を辞めたあと、誰か他のメイドが使ったりするのかな。
 そんなことを考えると、白いフリルエプロンに覆われた胸の奥が、かすかにチリチリと痛む。先生のお金で買ったものなのにね。

 先生の仕事部屋のすぐ隣は書斎になってるらしい。でも、部屋の中は見せてもらえなかった。おそらくメイド関連の本が大半を占めてるんだろうけど……。
 見せたがらない気持ちはわたしにもわかる。本棚を他人に見られるのは、場合によっては下着が入ったタンスの中を見られるより恥ずかしいものだ。
 わたしは書斎の前を通り過ぎ、掃除機を担いだままそのまた隣の部屋へと向かう。
 ここも説明されなかったけれど、特に注意もされなかったということは、たぶんただの空き部屋なんだろう。
 窓があるなら空気の入れ替えもしなきゃ――

 ところがそのときわたしは、その部屋のドアが開かれていることに気づいたのだった。
 人の気配がする、と思って覗きこんでみれば、仕事部屋に籠もっているはずの六堂先生が、何やらキョロキョロと周囲を見回している。

「どうしたんですか、先生……じゃなかった、ご主人様?」

 いったん廊下に掃除機を置き、そう声をかけながら、わたしは何気なくその部屋の中に足を踏み入れた。

「ばっ……!? ダメだ、入ってきてはいけない!!」

 珍しく先生の焦ったような声が飛んだかと思うと、わたしの背後でなぜか勝手にドアが閉まり、加えてさらに何か小さな機械音がして、ガチャリと鍵がかかった。

「…………?」

 わたしは真鍮のドアノブと先生の顔を交互に見る。先生は困ったような顔で銀縁の眼鏡を指先で押し上げた。

「説明していなくて悪かった、有紗ありさくん。嫌な予感がしたので、君が掃除をする前にこの部屋を調べておくつもりだったのだが……」

 ちょうど仕事部屋と同じぐらいの広さで、やはり窓のない殺風景な部屋だ。

「この部屋は……?」

 家具も何もない、ただの空き部屋のようにしか見えない。わたしは先生にそう尋ねてみた。

「さあ、ね」

「さあって……」

「仕事部屋と書斎とメイドに関する部屋以外は特にこだわりがなかったものでね。余った部屋は好きに設計してくれていいと言った」
 要するに、やっぱりただの空き部屋なのでは。わたしはノブを回そうとしてみた。ガチャガチャと左右に動かそうとしても、何かで押さえつけられているかのように回らない。

「早く開けてくださいよ、先生」

 わたしはともかく、先生はいつまでもこんなところで遊んでいてもらっては困る。抗議がましくそう言うと、先生は「あ」と何かに気づいたように声を上げ……それから静かに首を振り、ドアを指さした。

 ちょうどわたしの目線の少し上、ドアの内側にレリーフが掲げられており、そこには厳かな書体でこう刻まれていた。

 ――『S●Xしないと出られない部屋』。

「……は……?」

 わたしも震える指先でその、口に出すにははばかられるレリーフを差し、先生のほうを振り向いて言う。

「なっ……なんですか、これ……」

「書いてある通りだろう。ここ数年ネットなどで流行っていると聞いたが」

「確かに、流行っていると言えばそうですけども」

 ファンタジー系の小説好きなわたしとしては、2次創作のたぐいの話題でもちろん耳にしたことはある。
 でもそれが現実に――それも自分のバイト先に実在するとは思わないでしょ。

「さっき話した通り、自由に設計していいと言ってしまったからな。奴ならやりかねん」

「奴って、その建築家さんですか。……いったいどんな人なんです?」

 先生は室内をウロウロしながら、ため息をついた。

「技術は確かだが、少し変わった男でね。自分の設計した建物の中でいつか誰かが連続殺人事件やデスゲームを起こす日を楽しみに待ち望んでいる推理小説ミステリマニアだ」

「バカじゃないですか?」

 反射的にそう言ってしまい、わたしは質問したことを後悔した。
 ……先生の知り合いで、わざわざこんな屋敷を設計してくれるような人だ。まともな人であるはずがなかった。

「その条件でこちらの無理も聞いてもらったのでね。不用意に足を踏み入れさえしなければ大丈夫だろうと思っていたが……」

 歩き回りながら、壁をコンコンと叩いてみたりしている六堂先生。

「いくら奴でも、肉体的な危害が及ぶような仕掛けは作っていないはずだ。安心したまえ」

「安心って……。もしかして、本当にその……しないと出られないんですか……?」

 先生は困ったように少し黙り込み、うなずいてから言った。

「私がそうであるように、奴も己の趣味に誇りを持っている。その奴が『出られない部屋』と掲げている以上は、そういうものと考えたほうがいいだろう」
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