契約メイドは女子高生

白川嘘一郎

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「XXXしないと出られない」

XXXしないと出られない(4)

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 ――しないと出られない部屋。

 『肉体的な危害は及ばない』と言ったって、本当に部屋なのだとしたら、先生はともかくわたしのほうは全くの無傷というわけにはいかないと思うんだけど……。

 ちょっと考えるべきことが多すぎてわたしが立ち尽くしている間にも、六堂先生は壁や扉を調べ回っていた。

「少なくとも、条件を無視して強引に扉を開けられるような仕掛けにはなっていないはずだ。奴のようなマニアは、そういった無粋な横紙破りを最も嫌うものだからな」

 ……体育の授業はなかったし、ここまで自転車を漕いできたぐらいで、そんなに汗はかかなかったはず。
 下着も新しめのやつだし、ダイエットは……今さらもう間に合わないけど。

 ――『有紗ありさとしてはむしろ、手を出してくれたほうが嬉しいって感じ?』『有紗が前からずっと憧れてた作家なんでしょ。拒む理由なくない?』

 ……咲がそう言ってたのって何日前だったっけ。
 同年代の女の子なら、わりと高確率ですでに経験済みだということは承知している。わたしだって、そういうことに全く興味がないと言えば……やっぱり嘘になっちゃうと思う。

 それにしたって、初めてがメイドプレイだなんて……。
 いや、普通の行為はそれからいくらでもできるんだから、初めてだからこそ、そんなシチュエーションのほうが思い出に残ったり……?
 でも、そういう部屋ならせめてベッドぐらいは用意しておいてほしかった。雰囲気のある、例えば純白のレースで飾られた天蓋付きの……。

「――有紗くん。聞いているか」

「……はっ、はい!」

 六堂先生の声で、わたしは現実に引き戻された。
 先生はその長身で、部屋の天井の四隅を見回していた。

「論理的に考えよう。『性行為をしなければ出られない』仕組みがあるとして、どうやってその行為の有無を判定する?」

「え、えっと、カメラとか……?」

 自分でそう言って、わたしは初めてその可能性に気づいた。初日にメイド服に着替えるときはあんなに警戒していたくせに、雰囲気に流されて危うくとんでもないことをやりかねないところだった。

「うむ、シンプルに考えればそれが第一の可能性だが、おそらく今回は違う。彼は仕事で常に日本中を飛び回っているし、自分でメンテナンスもできないのだから、そこまで複雑でコストのかかるシステムではないはずだ」

 小難しい単語がすらすらと筋道立って出てくるところは、さすが小説家だと思う。
 わたしが変なところで感心していると、先生は天井から視線を下ろし、再び壁をコンコンと叩いてみせた。

「映像よりももっと低コストで、機構も単純、感知精度も高いセンサーがあるだろう。――すなわち、音声認識だ」

「あ……」

 わたしはお掃除ロボットのサルサに取り付けられた音声ユニットを思い出した。

「つまり、あの……“そういう声”に反応してドアが開く、と?」

 六堂先生はうなずき、軽く咳ばらいをすると――おもむろに発情期の猫のような甲高く裏返った奇声を発し始めた。

「あっ、あんっ、あっ、あんあんっ、あ……っ!」

「ちょっ!? 先生っ!?」

「しっ。静かにしたまえ。余計なノイズが入ると判定が狂うかもしれないだろう」

「えー……」

 そう言って先生は、大真面目な顔をしたまま、ノイズそのもののような喘ぎ声を上げ続ける。

「あっ、あっ……むぅ、違うな。あぁんっ、あんっ、あっ、あっ」

 聞いてるわたしのほうが気恥ずかしくて、背筋がゾワゾワする。
 わたしは、先生の上着の裾を引っ張ってやめさせた。

 もちろん、部屋の鍵はうんともすんとも言わず無反応である。
 ……もし今ので開いたら、わたしがあんな声を出したって判定になるのでは。それはそれで、なんかイヤだ。

「あの、それならわたしがやりますから……」

「いや。主人として、メイドの君にそんなことをさせるわけには」

「いえ、先生のを聞いてるほうがなんだか居たたまれないので。そのかわり……」

 わたしは、先生の上着を引っ張ったまま、小さな声でひとつだけお願いする。

「……恥ずかしいから、耳をふさいでいてくださいね」

 先生が壁のほうを向き両手で耳を覆ったのを見届けて、わたしはすうっと息を吸い込んだ。
 何かの拍子にスマホでちらっと見た動画や、友達から聞いた話や、わたしなりの想像で、がんばって“そういう声”を出そうと努力してみる。

 ……が、何も起こらなかった。ただただわたしが死ぬほど恥ずかしかっただけだった。

「……先生。もういいですよ」

 背中をちょんとつついてそう言うと、先生は耳をふさいでいた手を離してこちらを向いた。

「ふむ、どうやら音声認識ではなかったか……」

 そう言って、先生はわたしに向かって深々と頭を下げる。

「すまない、私にもう少し演技力があれば……! 君にそんなはしたない真似をさせずとも済んだものを……!」

「いえ、それは別にいいんですけど」

「だがそう落ち込むことはない。科学であれ創作であれ、失敗を重ねることだけが、望む真理へ到達するための道なのだから」

 羞恥とか申し訳なさとか不安とかで複雑な表情を浮かべるわたしを見て、先生は何か勘違いしたのか、力強い調子でそう言った。

「君が入った途端にこの部屋の扉が閉まったのをおぼえているかね? あれはおそらく床の荷重センサーによるものだと私は見ている。室内に男女ふたりが入ったときのみ動作するようにな」

 先生は、床の上で軽く足踏みをしてみせた。
 この下に、そんな仕掛けが……?

「想像するほど大掛かりなものではないよ。マット型の荷重センサーシートは、工場や店舗の防犯・安全管理のために広く使われ、人の出入りを正確に検知している。高級車の盗難を防ぐための駐車場用のセンサーには、人の乗車はもちろん、ドアの開閉や窓ガラスの破壊さえ感知できるものもあるという」

 先生は部屋の中央に立ち、手招きでわたしを呼んだ。

「どんな特殊な状況であれ、離れて行為をすることは不可能だ。……とすれば、一定の“振動”によって行為を判定していることも考えられる」

 言葉の意味を理解して、わたしはまた少し耳のあたりが熱くなるのを感じた。
 向かい合っているのも気恥ずかしい感じがして、どちらからともなく背中合わせになり、ふたりしてその場でぴょんぴょんと軽く飛び跳ねてみる。
 そのたびにメイド服の長めのスカートがふわりとふくらんで波打つ。

「こんな、感じでっ、いいんでしょうか……?」

「うむっ。……もう少し小刻みで、速いほうがいいかな。どう思う?」

「……っ!? しっ、知りませんっ!!」

 本人にその意図がないセクハラはいちばん困る。
 タイミングを変えてしばらく跳んでみたが、やはり扉は開く様子がない。

 静まり返った室内に、少し荒くなったお互いの吐息だけが響いて、これじゃ、なんだか本当に……。

 しかしながら、それでも扉は開かなかった。
 どんな仕組みか知らないけど、そのセンサーとやらも――
 そして、ふたりっきりで密室に閉じ込められてるというのに、まったく普段通りで動じる気配のない六堂先生も。

 ――鈍感すぎる。
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