『祝福されるはずだった婚姻は、夢と同じ結末を迎えました』

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カフェテリアにて

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 まぁ!
 なんということ!?

 わたくしの運命の相手として神託された婚約者のハルロ様に、懲りもせずに言い寄るあの子!

「許せないわ! あの子! またよ。いつもいつも、ああしてハルロ様にベタベタして……!」
「る、ルティカ様……お、落ち着いてくださいませ。リーシャさんはハルロ様のお国の援助を受けた特別待遇生ですもの……カフェテリアで報告会をするのはごく当たり前のことですわ……」

 わたくしを慰め励ましてくれるこの子はミレイ。わたくしの家ほどの家格はなくとも、伝統あるラトラム王国の貴族の一員。そしてわたくしとはアカデミー幼稚舎からの幼馴染。

「報告なんて、書面にして直送すれば良いことじゃないの……! ハルロ様はお忙しくて、婚約者のわたくしも中々ゆっくりお話しできないのよ!?」
「で、ですが……お二人は平和記念式典の日にご結婚なさるのですし……それももう間もなくのことですわ」
「それは……そうだけれど……」

 カフェテリアのテーブル席では、わたくしの婚約者のハルロ様が優しく微笑んでいる。ハルロ様はラトリーナ王国の第三王子でありながら、どのような身分の相手にも分け隔てのない態度で接する公明正大で素敵な方。
 ハルロ様の向かい側で、品なくヘラヘラと薄笑いをしているのが平民出身ラトリーナ王国特待生のリーシャさん。
 平民でありながら、学業成績の優秀さみを理由に伝統あるアカデミーに通い、本来なら一生交わるはずのない王侯貴族との交流すら許される――それが「特別待遇生」という制度だけれど。

 日に焼けて汚らしい肌や荒れた指や短い栗色の髪……あんな子が、婚約者であるわたくしを差し置いてわたくしよりもたくさん! 長く! 楽しそうに! ハルロ様とお話ししているなんて……!

 悔しい……!
 許せない……!
 
 わたくしの方がずっと綺麗で可愛いくて、ハルロ様に相応しい身分と格があるのに。

「ハルロ様もハルロ様よ。そうは思わなくて? ミレイさん。神も祝福する愛しい婚約者のわたくしをほったらかして、忙しいからごめんねってそればっかり……! あんな子に優しくしていたらすぐ勘違いして調子に乗るわ。あっ、ほら見て……! ハルロ様の肩に触ったわ、いま!」
「か、肩についたゴミを取って差し上げていただけのように、見えましたけども……」
「ものの本で読んだのよ。殿方は、女性からのさりげないボディタッチに弱いのですって……。ハルロ様に限ってそんな心配はいらないけれど……でもあの子! そういう浅ましい狙いがあるんじゃなくて!?」
「ど、どうでしょう……」

 ミレイさんは昔から少し引っ込み思案で優柔不断なところがあるのよね。それに心優しい……優しすぎるところがある……だからあの子の邪心ある行動を目の当たりにしても断言できないのね。

「あぁ……!? 今度はハルロ様の方から、あの子に手を……!?」
「あ、え、えぇと……」

 ハルロ様があの子の顔に手を伸ばしている。ここからだと正確にはよくわからないけれど、ミレイさんも言葉をなくしてしまったわ。
 これはもう確定と言えるわね。

「許せないわ……あんな子……これ以上この学院にいられては風紀も乱れるわ! お父様に言って、あの子を退学させてやる……!」

 カールナベルアカデミーは平等を謳ってはいるけれど、伝統を重んじるならやっぱりわたくしたち貴族のための学び舎であるべきだわ。

「る、ルティカ様……!? そ、それは……それはさすがに……」
「あなたは優しすぎるのよミレイさん……!」

 でも時としてわたくしたち身分ある者は、冷徹な決断を下さなければならない時が来るわ。
 やはり王侯貴族の集う歴史あるカールナベルアカデミーには、平民なんて入れるべきではないのだわ。
 本来なら交わることのない階級の方々と触れ合ううちに、己の領分を見失い、大それた野望を持つことになる……。
 って、お父様たちが会合で話していたし。

 オロオロするミレイさんを残し、わたくしはまずお二人のもとへ向かった。
 
 わたくしに気付いたハルロ様がこちらを見て、少し驚いたみたいに目を丸くする。
 怒っているのはハルロ様に対してではないことを伝えるために、わたくしはとびっきりの笑みを送った。

 そして――

「リーシャさん、よろしいかしら?」

 突然のことに驚いたみたいに、リーシャさんの肩が飛び跳ねる。飛び跳ねたのは肩だけでなく全身だったかもしれないけれど。

「ぁ、わ、ぁ、あの……る、ルティカ様……? わ、わたしに、ど、どのよう……な……」

 そこまで言って、ハッとしたようにちらりとハルロ様を見たのをわたくしは見逃さなかった。まるで怯えた小動物みたいに可愛こぶって、助けを求めているみたいに。

「どうしたんだいレディ・ルティカ。そんなに眉を吊り上がらせて……」

 それまで思い思いの時間を過ごしていたほかの生徒たちの視線や意識が、一斉にこちらを向いたのを感じる。
 皆、我関せずという顔をしながら、その実きっとこの平民の子に思うところがあったのでしょうね。
 貴族の子弟にとって、平民が王子と親しく振る舞う光景は、口には出さずとも不快の種になりやすいのは当然のことだもの。
 
 わたくしはここぞとばかりに胸を張り、声がよく通るように息を吸い込んだ。

「ハルロ様……! わたくしは、もう、これ以上黙って見てはおれません! このリーシャという女は、平民の分際で一国の王子たるあなたに……いいえそれだけでなく、わたくしの婚約者たるあなたに! 気安く触れて……いつもいつも色目を使い、浅ましい欲を隠しもしないで……!」
「そ、そんな……誤解です! 誤解ですルティカ様、ハルロ様! わ、わたし、わたしそんなつもりは……」

 カフェテリアは水を打ったようにシンとする。さっきまでは賑やかだったのに。 

 そんな緊張感のなか、わたくしの糾弾にリーシャは生意気にも反発する。

 けれど、そのどんぐりみたいな目がふるふると震えて、今からわたし泣きます可哀想な女の子です! みたいな態度。とてもまっとうな反論が続くとは思えない。

「……っう、ぐすっ」

 ほらっ!
 ポロポロ涙を零してさっそく泣き出したわ。
 誇り高い淑女の教育を受けていない平民は、そうやってすぐ泣くのだってお父様もお母様もばぁやもみんなが言っていた通り。

「ほら! そうやって泣けば良いと思っているのでしょう。平民らしい浅知恵だこと」

 静かなカフェテリアで、誰かのゴクリと喉を鳴らすような音がやけに大きく聞こえる。

 見たこともないような生意気で浅ましい平民の醜態にショックを受けているのかもしれないわね。

 けれど誰もここから立ち去らない。
 皆、このやりとりを固唾を飲んで見守っているのだわ。

「ち、ちがうんです……わたし、そんな……」

 リーシャさんが涙を堪えるように一度ぎゅっと目を閉じ、服の袖で目元を拭った。
 ハンカチも持っていないのかしら。

「ハルロ様とルティカ様のご婚約を心から、ぅっ、うれしく、思っていますし……知り合いも居ない不慣れな場所に来たわたしに、ハルロ様はお立場上お優しいだけで……」
「そこまでわかっていながら身分を弁えぬのはどういう了見かしら!?」
「……っそ、そんな」

 ここからこの女の欺瞞を暴くわ!

「やめないか君たち!」

 そう思ったところで、ハルロ様が声を上げた。

「レディ・ルティカ……僕たちはもう間もなく夫婦になる間柄じゃないか。何を心配しているんだい……? 神も祝福される運命の相手同士だよ。僕とリーシャがどうこうなることはあり得ないのだから、そんな風に怒るのはやめてくれ」

わたくしとリーシャの間に割って入ったハルロ様が、わたくしを見つめる。
 神秘的な紫水晶のような瞳が、ひたむきに一心にわたくしに注がれて……。

 そう。
 神託は絶対の約束。年に一度、新年祝賀会で巫女様が授かる神のお声はなにより神聖なの。
 そうして取り決められた婚約は、まさに神の祝福であり運命であり……それが違えられることなどあるわけない。

 そんなことわかっているけれど。

 わたくしは、ドキドキしてしまってうまく言葉が紡げなくなる……。

「そ、それは……そうですけれど……でも……だって……いつもいつもお忙しくしてらして、わたくしとはゆっくりお茶もしてくださらないのに……そんな子とばかり親密そうに……」

 ハルロ様がわたくしの手を取り、優しく包み込んで握ってくれる。

「婚姻の儀式や祝典に向けて、僕もいろいろと調整しなくてはならないことがたくさんあるからね。大国ラトラムの公爵家の姫君を娶る栄光に浴する以上、迎える王子として半端なことはできない……」
「は、はい……」

 ハルロ様が目を伏せられ、長い睫毛の影が落ちた紫水晶はより深みを見せる。
 少し癖のある柔らかそうな銀色の髪が、ちょうど沈みゆく夕陽に当てられてキラキラ輝いている。

「それが君に不安を抱かせたのなら、それもひとえに僕の責任だ。許してほしい。彼女は悪くないんだ、僕の国の優秀な学徒に過ぎない」

 ハルロ様がきっぱりと言い切る。
 その肩越しに見えたリーシャの顔は、相変わらず涙を溜めて酷く傷付いたように見えた。

 嗚呼!
 スッとする!
 いい気味だわ!

「わかってくれるよね、レディ・ルティカ。ラトラムの麗しき至宝の君」
「……! は、はいっ……」

 わたくしはリーシャさんに顔を向け、にっこり笑って差し上げる。
 ご覧なさい、これが勝者の余裕よ!

「今日のところは、ハルロ様に免じて許します。けれど今後は……! 身分を弁えてしっかり考えて振る舞うことよ、リーシャさん。よくってね?」

 わたくしは優しく諭すように言って聞かせる。
 平民の愚かな娘にもよく理解できるように。

「……は、ぅ、……ぐすっ……はい、ご、ご寛恕いただき……ありがとうございます……ルティカ様……」

 リーシャさんは顔を伏せ、教科書や書類束を手早くまとめて「失礼します」と小走りに去っていった。
 けれどわたくしは見逃さなかった。
 その手が固く拳を握って震えていたのを。
 伏せた顔はきっと汚らしい涙でぐちゃぐちゃに違いないわ。

 完 全 勝 利 ですわ!

 目の前でわたくしにハルロ様が真摯な愛を囁くのを目の当たりにして、漸く自分の愚かさを自覚し恥を覚えたのでしょうね。

 遅いくらいですけれど……!

「…………」

 ハルロ様は、走り去るリーシャさんの姿が見えなくなるまで見送っていた。
いつまでも見ていなくていいのに……。

 いいえ!
 お優しいハルロ様のことだから、あんな子のことでも心配なさるのね。
 
 息を飲んで気配を殺しことの顛末を見守っていたほかの生徒たちも、走り去るリーシャさんをしばらく眺めてはいたみたい。

 けれど少しずつカフェテリア内に賑わいが戻っていく。皆がヒソヒソと声を潜めて話し出していた。チラチラと視線も感じる。
 
 おそらくわたくしへの賞賛ね。

 カフェテリアの隅っこに、いつのまに居たのかミレイさんの顔も見えた。
 優しすぎる彼女にはかなりショッキングな状況だったことでしょうね。
 安心させるように微笑むと、ミレイさんもぎこちないながらも微笑みを返してくれた。
 これにはわたくしもホッとする。

 さて、賞賛の声に耳を澄ませてみようかしら? と思ったところで、ハルロ様がわたくしに向き直った。
 夕陽がちょうど逆光になって、その表情はよくわからないけれど。

「レディ・ルティカ、邸宅までお送りするよ。短い時間だけど、少しでも君とゆっくり過ごしたいからね」

 有象無象の賞賛の声なんてどうでもいいわ!

 わたくしはとびっきりの笑顔でハルロ様にお応えするわ。

「はい! ぜひ!」
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