【R18】童貞クンの純情を弄んだら……!

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童貞クンの純情を弄んだら……!

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 きっかけはほんの些細なことだった。

「なぁに~!? 本当かよ、おまえ童貞なのかよ!?」

 冒険者ギルドでたまたま知り合った剣士と、たまたま知り合った魔導師が、たまたま利害の一致を見て共にこなしたクエスト。の打ち上げの席でのこと。

「そんなに驚くようなことですか? 長いこと王宮騎士団勤めで、なかなかそうした機会もなかったのですよ」

 年のころは二十代半ば程度だろうか。柔らかく波打つ金の髪と翠玉色の瞳をした青年剣士は、元騎士だった過去をさらりと述べて、木杯から葡萄酒を飲む。

「驚くことだろうがよ! てか元騎士なの!? そんな見るからにモテそうな美形男がよ、まさかその歳まで経験なしなんて。しかも王宮騎士なんてそれこそモテモテの引く手数多でよりどりみどりだろ~!?」

 対して元騎士の青年に品なく絡む相棒の男は、浅黒い肌にツーブロックの長い黒髪をひとつに結わえた姿がやや特徴的だ。
 金髪の青年剣士は困ったように眉を顰めて、不躾な黒髪の男に目を向ける。

「あまり大きな声でそのようなこと吹聴なさらないで下さい。僕だって、そりゃ……でも、そういうことは心から愛しいと思う方に捧げたいじゃありませんか。騎士団では忙しくて、そうした出会いにはなかなか恵まれなかったんです」

 照れたような拗ねたような口振りでそう語り、また木杯に口を付ける青年の陶器人形めいた端正な横顔。それを呆気に取られたように見つめる黒髪の男は。

「お、重ォ……」

 と、唸るように呟いた。




 酒宴の夜もすっかり更けて、はたと気付けば金髪の青年はテーブルに突っ伏し寝息を立てていた。

「お、おいおい。フョードル、起きろよ」

 肩を揺すって声を掛けるが、深酒で眠りに落ちた青年はちっとも目を覚ます気配がなかった。

「さすがにほっぽらかしてくワケにもなぁ……」

 決して治安の良い酒場とはいえない。元騎士で若いながらも凄腕の剣士といえど、寝入った所に手慣れたスリがやってくれば知らぬ間に財布のひとつも盗まれるだろう。
 さてどうしたものか、とぼんやり思考を巡らす男は、不意に悪魔の如き閃きに打たれた。

「そうだ……!」

 ポンと膝を打つと、酒場のマスターにほんの少しの間見張りを願い、そそくさと手洗いへ消えていったのだった。

――

「ん、ぅ……ウッ! いたた、頭痛ぁ……」
「昨晩はすっかり飲みすぎたみたいですね、お水、どうぞ」
「えっ、は、はい……ぁ、これはこれは、ご婦人! すみません、どうもっ」

 二日酔いに痛む頭を抑え身を起こした青年剣士フョードルは、すかさず差し出された水のグラスとそれを持つ女にパチパチと瞬きした。

「あ、あれ……アーキルさんは……先に帰ってしまったのかな……」
「お連れの方のこと、かしら? それなら……えぇ、急ぎの依頼を受けたからって、帰られましてよ」

 フョードルの呟きに、傍らの女が柔らかい声音で言った。

「え……ぁ、そ、そうなのですか。アーキルさん……あれでなかなか、凄腕の魔導師ですもんね。お忙しいんです、ね……」

 フョードルの戸惑ったような様子に、傍らの女は柔和に微笑んでみせた。

「その、アーキルさん、でしたかしら。その方に、貴方のことを頼まれましたの。すっかり寝入ってなかなか起きられないから、財布をとられたりしないよう見張っておいてほしいって……」

 フョードルは翠玉の瞳を丸くして、微笑み語る女を改めて見返した。
 波打つブルネットの髪に同色の瞳、小麦色の肌を包む赤いドレスは体のラインに添って、美しく艶かしいプロポーションがよくわかる。
 紅を引いた唇が蠱惑的に微笑むと、フョードルは狼狽えたようにうつむいて白い肌を赤くした。

「あ、あぁ、それは……も、申し訳ないことを。貴女にはなんの義務もないことに付き合わせてしまって……」
「まぁ、ふふ。……構いませんのよ、ちょうど暇を持て余しておりましたもの。それに、貴方様の可愛らしい寝顔を見ながら頂くお酒は、美味しゅうございましたわ」
「か、かわっ……!? そ、そんなことっ……」

 艶めいた笑みと言葉に、フョードルはますます顔を赤らめて首を竦めた。

「私は、アイリーンと申しますの……貴女様のお名前も、お聞きしてもよろしい?」

 アイリーンと名乗った女は、柔らかそうな手を伸ばすと、フョードルの剣士らしく硬くて節の目立つ手に触れ、そっと重ねた。
 フョードルは翠玉の瞳をこぼれ落ちんばかりに大きく見開き、パクパクと口を開閉させると。

「ふ、フョードル……フョードル、と、申します……あ、アイリーンさん!」

 上擦った声で答える。
 アイリーンは口元を柔らかく笑ませ、フョードルの顔に近づけて。

「フョードルさん……素敵なお名前。ね、また、お会いできるかしら? 私たち……」
「は、はい……も、もちろん……もちろんですとも!」

 フョードルは喜んでアイリーンとの約束を交わすのだった。

――

「いやぁ……童貞ビックリするほどチョロかったなぁ~!」

 馴染みの宿の自室で、アイリーンはバサッと長い髪を払い、鏡に映し出した自らの姿をしげしげと見つめている。

「まぁ、すんげぇ美人だし? 我ながら。体も理想的な見栄えだし? 童貞落とすなんて初歩魔法のそよ風起こすより簡単ってなもんだけど……ン~自分なのが惜しいくらいイイオンナぁ!」

 柔らかい胸を両手で掴んで寄せてむにゅむにゅと揉みながら、身悶えする。
 その口調も振る舞いも、フョードルの前で楚々としながらも艶かしかった女の面影はない。

「さっ、て……そろそろ元に戻るか――」

 気が済んだとばかりに、アイリーンが呪文を唱えた。するとその姿が霧に包まれる。晴れる頃には、そこには美しい女ではなく、浅黒い肌にツーブロックにした長い黒髪を持つ男――アーキル――が立っていた。
 鏡に映るいつもの、フードローブ姿のアーキルは、ニヤリと笑ってみせる。

「悪くねぇな、変身魔法……ってのも」
 
 アーキルという男は、あまりそうは見えないが、凄腕の魔導師として名を売る男である。

 多くの力と才能ある魔導師が、どこかの王国に士官するなり魔法の研究に勤しむなりする中で、アーキルという男は好んでわざわざ冒険者という生業を選んでいる。

 冒険者とは、もともとは商業ギルドや工業ギルドなどの多数ギルドが出資してできた依頼仲介所という所から、様々な依頼を請け負い報酬を得る、つまるところその日暮らしの者のことだった。
 近年では彼らは冒険者と自他ともに認知され、仲介所も冒険者ギルドと呼ばれるようになり、自身の運と実力次第でいくらでも名を売れる冒険者は自由と浪漫の象徴として語られることも多い。

 それでも優秀で才能ある魔導師が、わざわざ冒険者を選ぶということはまだまだ珍しいことだった。
 アーキルはそうした魔導師のステロタイプなイメージを逸脱し、どこにも所属することなく自由に、古代に失われたという様々な魔法の術や知識を冒険の末に手に入れてきた。

 そのうちのひとつが、今しがた美しい女に化けた変身魔法である。

「手に入れた時は、いまいち使い道もないかなぁと思ったが……姿を変えることができるなんて、よく考えたら凄いことだったよなぁ。いやぁ、もっと色々とんでもないことができるだろうに、童貞をからかうためだけに使う辺り、俺ほど倫理観の高い魔導師はこの世にふたりと居ねぇだろうなぁ! ふっはっは!」

 アーキルは本気でそう思っていた。
 こんなにハンサムで優秀で倫理観の高い魔導師は他に居ない。と本気で信じている。
 自身の類い稀な才能を誇り、やや自惚れすらしながら、満足そうに鏡を見て頷いていた。

「さぁて、しかし……どうすっかなぁ。フョードルのやつ、あんなにチョロいとは……。むしろよく今まで童貞のままでいられたな。騎士団てのはそこまで出会いがないもんなのか? 地獄だな」

 ガリガリと頭を掻きながら、アーキルは今後のことを考える。
 酔っ払っていたこともあり、変身魔法もあり、つい思い付きで生真面目な童貞にちょっかいをかけてしまったはいいものの。
 その後のことは何も考えてはいなかったのだ。
 また会いましょう、と言いはしたものの、次があるわけなどない。

「このまま黙っておくか、あれ実は俺なんだー! とさっさとバラすか。どっちが面白いかなぁ」

 アーキルは自分ほど倫理観の高い魔導師は居ない、と自負している男であった。



 うんうんと悩ましく眉を寄せて唸っていたアーキルの部屋の扉を、ドンドンと叩くけたたましい音が響く。

「うわっ……なんだなんだ!? 借金の取り立てならない袖は振れねぇぞ!」

 実に徳の高いことをのたまいながら、部屋の扉を開けたアーキルの目の前に、柔らかな金の髪の美青年が立っていた。
 翠玉の瞳は揺れて、縋るように心許ない。

「アーキルさん……!」
「ぉわっ……ふょ、フョードルっ!?」

 ガシッとフョードルの無骨な手が、アーキルの肩を強く掴む。
 すわバレたか、と息を呑んだアーキルだったが、フョードルは必死な顔で言った。

「お、教えてください! 女性は、なにをしたら喜んでくださるものなのか!」
「は……?」



 フョードルを部屋に招き入れたアーキルは、うぶな青年剣士から悩ましい恋愛相談を受けていた。

「ははぁ、なるほどなぁ。俺がおまえの面倒を託した女のことを……ねぇ……」
「本当に美しい女性でしたよ。あんな綺麗な方がこの世にいらっしゃるなんて……僕、もう、あんまりドキドキしてちっともうまく話もできなくて……」
「あ、あぁ……ふぅん、そ、そう……? そんな、美人、だった?」
「はいっ、それはもう!」

 アーキルはついニヤニヤと緩みそうになる顔をぐっと堪えて、小難しげな顔でうむうむと頷いた。
 フョードルはなんのてらいもなく、自分が出会った女性がいかに美しく素晴らしいひとだったかを熱弁する。

「そ、それで……フョードル、おまえは、その絶世の美女の、心を射止めたいって……?」
「はい……そうなのです。僕はこれまでずっと男所帯で、あまり女性と関わりもなく……あんな綺麗な方を、どのようにして心得られるのか……」
「そ、それで……この俺に、相談を……?」
「アーキルさんはいつも女性を侍らせておいでだし、その女性も見るたび違うし、アーキルさんも仰っていたでしょう。俺はちょーモテモテなんだよぉ~って」

 フョードルの真っ直ぐな眼差しが、アーキルに一心に注がれる。
 それは確固たる信頼、揺るぎない尊敬の眼差しだった。
 アーキルの心がムズムズと擽られる。

(悪くねぇ気分だな……こんなにひたむきに頼られると……)

 応えてやりたくなるのも人情というものだ。
 アーキルはニヤリと笑うと、フョードルに頷いた。

「いいぜ、フョードル。女なんて簡単さ。俺がとっておきの方法を伝授してやる! それで、その……おまえの、初恋の君を落としちまいな!」
「アーキルさん……! 応援してくださるんですね!?」
「モチロンよ~。大船に乗った気で居ろよ。まずはなフョードル、何がなくともプレゼント。女はとにかくこれだよ、これ。プレゼントと褒め言葉だ、これで靡かない女は居ねぇ」
 アーキルはどんと自信満々に請け合った。
「な、なるほど。プレゼント……それに、褒め言葉……ですか」

 フョードルは真剣な顔でメモを取っている。
 その様子を見ながら、アーキルは。

(まぁ、どうせ相手は俺だしな。ほどほどの所でネタバラシ……でも、その前にちょっとだけ美味しい思いさせてもらうか)

 聖人君子も裸足で逃げ出しそうな高邁な思惑で舌舐めずりしていた。

――

 その日、フョードルはそわそわと落ち着かない様子で街の広場の竜神像の前に立っていた。
 ここはいわゆる待ち合わせスポットとして人々に利用されている。
 人待ち顔の男や女が、フョードルと同じようにそわそわと、或いはウキウキと、そして待ち人を探してキョロキョロしていた。

「ほ、本当に来てくださるだろうか……。酒場の主人に頼んだ言伝、ちゃんと彼女に届いたろうか……届いてなかったら……いや、むしろ届いていてなお来られなかった時の方が辛い!」

 フョードルはその端正な顔を曇らせ、不安に心を揺れさせていた。
 落ち着かなげにその場で足踏みしている。

「アーキルさんの言う通り、プレゼントは、用意したが……そもそも来てくれなければ意味が……」
「あら、私ったらそんなに信用なくって? フョードルさん……」
「わぁぁあ……!? あっ、ぁ、ああっ、貴女は、アイリーンさん!」

 波打つブルネットの髪を腰まで流し、体のラインのよく出た赤いドレスを身に纏う美しい女アイリーンが、そわそわ落ち着かないフョードルにそっと近寄りいたずらっぽく笑いながら声を掛けた。

 フョードルは飛び上がらんばかりに驚き、アイリーンを見ると、その顔はどんどん赤くなっていった。

「い、いら、いらしてくれて、嬉しいです……と、突然お呼び出しして、すみません」
「あら、そんなこと。私も嬉しく思っているんですよ、また貴方に……会いたいって、思っていたから……」

 アイリーンが恥じらうように長い睫毛を伏せ、そのまま上目遣いに窺う仕草をする。
 その表情と言葉に、フョードルはまたもや狼狽えますます顔を赤らめながら、こくこくと頷いて。

「ぼ、僕も……お会いしたかったです!」
「きゃっ!?」

 勢いあまってアイリーンの手を取る。

「あっ、すみません! つい。き、気持ちが先走ってしまいました」

 パッと手を離し、フョードルは深呼吸をして改めてアイリーンに向き直ると、手を差し出す。

「手を、繋いでいきましょう! 僕、貴女をお連れしたいところが、あるのです!」
「は、……はい」

 フョードルの前のめりな勢いに、アイリーンはやや引き気味だった。

(ど、童貞チョロ~! でもがっつきすぎだろ~)

 アイリーン――アーキル――は内心で突っ込む。
 フョードルに相談され、せっかくだからいくらかプレゼントやらを貢がせて搾れるだけ搾り取ってからドッキリでした~とネタバラシする、と企てたはよいものの。
 フョードルのこの勢いはやや暑苦しく、面倒臭くも思えてくる。それに貞操の危険を感じなくもない。

(まぁその時は、実は俺だよ~ってバラしゃいいか……)

 フョードルに手を引かれ歩きながら、アイリーンの姿でアーキルはそんなことを考える。
 そんな、美しい女の正体を疑うこともなく、フョードルはウキウキとした様子であった。
 やがてフョードルが足を止め、アイリーンに振り返る。翠玉の瞳をキラキラと輝かせ、白い頬を少し赤くしながら。

「アイリーンさんも、気に入ってくださると嬉しいのですが!」

 そう言って見せたのは、街外れの厩舎だった。アイリーンはキョトンとして、長い睫毛が音を立てそうなほどパチパチと瞬きする。

「どれでも、お好きな馬を……買って差し上げますよ!」

 フョードルがきらめくにこやかな笑みとともに言った。

「……!」

 アイリーンは――アーキルは、言葉を失った。



 アーキルの算段では、例えば宝石だとか、金や銀の細工物だとか、シルクの羽織や美しい刺繍の布だの手織物だの、とにかくすぐに換金しやすい資産価値のあるものを貢がせるつもりだった。

(う、馬……)

 決して安いものではない。それはわかる。だが馬。どこの世界に会って間もない女との初デートに馬を贈る男が居るというのか。アーキルは頭痛を感じた。

(い、いや、動揺するな俺……! 魔法が解けたら困るっ)

 変身魔法は高度な術だ。多大な魔力が必要な上、強い精神力による魔法の維持が難しいものである。
 動揺したらそこから術が綻びかねない。こんな早々にネタバラシをしてはアーキルの企みはパァなのだ。

「アイリーンさん、馬はお嫌いでした……?」

 いつまでも何も言わないアイリーンに、フョードルが心配そうに顔を覗き込んでくる。アーキルはハッとして気を取り直し、アイリーンになりきって微笑みを返した。

「あ、あら……いいえ!? そんなこと。馬って可愛いもの。大好きよ……!? え、ぇえ、……でも、突然馬をもらっても、私にはとうてい……維持が、きっと、できないわ」

 ごめんなさい、としゅんと肩を落とし俯きがちにお断りを入れる。あくまでアイリーン側の問題なのだ、ということを強調しておかなくてはならない。

「え、維持……ですか。……あ、あぁ、それは、そうですね。確かに。世話人や餌代などが掛かりますね。でも、アイリーンさん、ご心配には及びません! 僕が、そこはきっちり面倒もみます。貴女が、イエスと言ってくださりさえすれば」

 フョードルの眼差しは真剣そのもので、再びアイリーンの手をぎゅっと握り締める。
 アイリーンはまたもや動揺した。

(こ、コイツ……まさか……もう結婚するつもりじゃねーだろうな!?)

 まるでプロポーズのような情熱を感じて、アイリーンことアーキルはまたもや引いた。

「お、お気持ちは嬉しいわ……フョードルさん。でも、私たち、まだほんの知り合ったばかりですもの……もう少し、お互いのこと、よく知ってからでも、その、良いのではなくって?」

 なんとか軌道修正を図りたかった。アーキルが望むのは換金しやすい貴金属類だ。

(クソ、このボンクラ童貞! プレゼントの中身までちゃんと教えとくんだった……)

 アーキルは後悔した。
 フョードルは押し黙り、瞳を曇らせ俯く。

「そう、ですか……僕の真心のつもりだったのですが。すみません……貴女のような素敵で綺麗な方と、どう関われば良いのか。つい気ばかり急いてしまって……」
「いいえ、フョードルさん。その、お気持ちはとっても嬉しいわ! 馬も好きなのも本当よ。えぇ、本当。……だ、だから、また……今度、馬は見に来ましょ。今日は、ね。そういえば少しお腹が空いたような……」

 アイリーンはフョードルの手をぎゅっと握り返し、消沈した威勢を再び盛り上げようと必死だった。
 フョードルはぱっと顔を上げる。

「そうですか! 僕、素敵なレストランを予約しておいたんです。これならきっと、お気に召していただけるはず!」

 気を取り直したらしいフョードルの様子に、アイリーンことアーキルは内心でほっと安堵した。

「嬉しいわ、ぜひ。エスコートしてくださいな」
 



 フョードルがアイリーンを伴いやってきたのは、大陸でも知らぬ者なき超一流と名高い名店だった。
 どこやらの国の王宮で腕を振るった料理人が立ち上げた店で、各国の王侯貴族もお忍びで食べに来る、などと噂されている。

(う、うそだろ――) 

 アーキルはまたしても言葉を失った。
 こんな超一流超高級店、なんらかのコネでもなくば一冒険者風情が予約などできるはずがない。

 チラ、とフョードルの様子を盗み見る。
 きらきら輝く金色の髪は緩く波打ち、端正な顔立ちは見る者に溜息をつかせずにはいられないほどだ。
 その美貌は、もしやただものではないのでは? とアーキルに疑念を抱かせる。

「さぁ、アイリーンさん。参りましょう」
「え、えぇ!?」

 差し出される手は剣を握り続けてタコだらけの無骨なもの。それでいて立ち居振る舞いや所作などは思えば優雅なものだった。

 エスコートも慣れた気配だ。
 アイリーンことアーキルは、萎縮するような繊細な心の持ち主ではなかったが、さすがにこんな場と空気には不慣れだった。

 フョードルのエスコートのままに席につかされ、なんだかよくわからない料理をお任せしてどうにも落ち着かない。

(フョードルの野郎……もしやとんでもない金持ちか? 冒険者は道楽でやってんのか……?)

 そういう者も少なくはない。
 遊び感覚で冒険者の真似事に興じる富裕層や王侯貴族は案外いるのだ。冒険者というのはその日暮らしの明日の保証もない者ばかり。実家が太くないとやっていられない、というのも一面では真実だった。

「アイリーンさん……どうしました。こういう店は、お好きではありませんか?」

 アイリーンの口数が減ったのを不安に感じたように、フョードルが眉を下げて問いかける。
 なんとも心細げな、捨てられる寸前の仔犬のような風情だ。

「いえ、ちょっと……その、不慣れなものですから。フョードルさんは、こういったお店、慣れていらっしゃるのね。もしかして、どこか良い所のお出なのかしら」

 アーキルは好奇心のままに、アイリーンの口で探りを入れる。
 給仕が運んできた食前酒を飲みながら、フョードルはこともなげに言った。

「良いところというのは、よくわかりませんが、僕は北方の王国の将軍家一族の出です。宮廷やこうした所でのマナーも一応ひととおり学ばされましたよ」
「ま、まぁ……そう、でしたの! わ、私、てっきり……貴方も、その、ただの冒険者だと思って……。アーキルさん、と言ったかしら、あの方と同じような」

 予想以上に大物な出自に、アイリーンの目は丸くなった。フョードルは少し困ったような顔をして、首を振る。

「いえ。僕なんてまだまだ、ほんの駆け出しで……アーキルさんとは並びようもありません」
「え……そ、それは?」

 アイリーンの目がキラッと光った。

「アーキルさんは本当にすごい方なんです。僕なんかと組んでくださるのが何かの間違いかのような。あの日、冒険者ギルドの掲示板前でアーキルさんに声を掛けて頂かなかったら……僕は冒険者になる夢もきっと叶えられなかった」

 フョードルは滔々と語り出す。
 アーキルという男がいかに凄いか、素晴らしいか、強くて勇敢で機知に富み経験豊かで人望に厚く……。
 アイリーンの頬は紅潮していた。

「そ、そんなに……素敵な、方、なのね? アーキルさん、という方は」
「はい! それはもう! 僕がこの世で最も尊敬し、頼りにしている方ですよ」

 フョードルの言葉は屈託ない。あまりにも真っ直ぐで、てらいもなく、それはアイリーンの……アーキルの心をすこぶる満足させるものだった。

「今夜は……ありがとう、フョードルさん。とっっっても、楽しかったわ!」

 アイリーンの言葉は、嘘偽りなく心からのものだった。
 賞賛の洪水を浴びたからか、酒のせいか、小麦色の健康的な頬も薔薇色に染まる。
 この最高に良い気分のまま帰ろう、と手を振り踵を返したアイリーンは、しかしその手をガッと掴まれてたたらを踏んだ。

「ひゃうっ……!?」
「あ、アイリーンさん……!」

 そのまま強い力で引き寄せられ、フョードルの逞しい腕の中にすっぽりと収められていた。

「ふ、フョードル、さん……!?」

 突然強引に抱き締められ、アイリーンことアーキルは再び身の危険を感じる。
 なんせ相手は童貞だ。暴走したら大変である。ここはなんとしても穏やかにフェードアウトしたいものだった。
 しかし、フョードルの力は強い。

「アイリーンさん……! 好きです! 一目あったあの日から。そしていっしょに過ごした今日でますます! アイリーンさん!」
「ふょ、ンンゥム!?」

 その熱烈な愛の告白と共に、アイリーンの唇を塞ぐ情熱の口付け。

 アイリーンはジタバタとその腕の中でもがいた。
 ドンドンと強く胸や肩を叩かれて、フョードルがやっと口を離す。アイリーンはぜぇぜぇと肩で息をし、べっとりと口周りを濡らす唾液を拭った。

(クソ童貞、キスがド下手!)

 内心で毒吐く。

「は、あ、アイリーンさん……すみません、僕、つい……心が逸って」

 恥じらうようにしゅんとしたフョードルが、アイリーンを見る。その眼差しは、何かを期待しているような、催促のような色を帯びていた。

(あ、これ……返事待ちってことか!? ……チッ、貢がせるのは失敗だけど、これ以上はマジで貞操がやべぇ。ここらが引き際かな)

 賢明な計算を終えたアイリーンは、フョードルを見つめ、真剣な顔をした。

「フョードルさん……大事な、話があるの」





 アイリーンはフョードルの手を引いて、馴染みの宿の部屋の前に立った。

「アイリーンさん……? あれ、ここは……」

 そこは、アーキルの部屋。
 アイリーンは扉を開けて、フョードルに向き直る。

「実は……」

 その口が唱えた呪文。
 不意に白い靄が沸き起こり、アイリーンの姿を包んでいく。
 そして、靄が晴れればそこに居るのは。

「ジャーン! 実はアイリーンの正体は俺! アーキル様だぁ! イエーイ、驚いたぁ?」

 浅黒い肌に黒髪ツーブロックスタイルのアーキルその人だ。
 アイリーンとは二十センチ近く背丈も違う。
 その恐るべき変貌を遂げて現れた正体に、フョードルは。

「……」

 呆然として、何も言えずしばらく佇み。
 次第に感情が戻ってきたかのように翠玉の瞳が揺れて。

「うっ……うぅっ……」

 はらはらと大粒の涙を流して泣いた。

「うぇっ!? ふょ、フョードル!? な、なんだよ、泣くことねぇだろ~ほんのジョークじゃねぇか! なっ!? すごいだろ、俺の変身魔法。ちっともわかんなかったろ? あ、む、胸くらい揉ましてやってからバラした方が親切だったか!?」

 まさか泣くとは! フョードルのリアクションがあまりにも想定外で、アーキルはやや狼狽えた。
 デート一回程度ならまだ傷も浅くて済むだろうと思ったが、純情な青年の心はそうでもなかったらしい。

「フョードル……! だ、大丈夫か、まさかそんなに? な、なら、今度本物の女紹介してやろう、かぁっ!?」

 機嫌を取るような、慰めるような、そういうつもりでポンとフョードルの肩を叩いたアーキルの手が、ガッと強く掴まれる。
 ギリギリときつく力がこもっていく。

「いだだだだだっ、ふょ、フョードルっ! 痛ぇっ、痛ぇって……」
「いくらなんでも酷すぎるでしょう!」

 アーキルの抗議は、フョードルの強い声に呑まれた。
 ビリビリビリッと空気が震えるようなその声に、さしものアーキルも少しばかり態度を改める必要を感じざるを得なかった。

「フョードル……あ、あのな……」
「アーキルさんは……」

 ギリギリ、とアーキルの掴まれた手首にフョードルの指が食い込む。

「アーキルさんは……ひとでなしだ! 僕の、純情を弄んで! なぜ、こんなこと、平気で……」

 できるんです、とフョードルは消え入る声で言った。

「あ、あぁ~いやさぁ……おまえみたいな美丈夫が童貞だっていうからさぁ。あの日は俺も酔ってたし……変身魔法は古い魔術で、ちょうど最近手に入れて持て余し気味だったのもあってさぁ……つい、こう、童貞誑かしてみるのも面白いかな!? って思っあだだだだ!」

 フョードルの手がアーキルの手首をねじり上げた。

「アーキルさん……普通、ここまできたら謝るものでは? 僕傷付いたし怒ってるんですよ!?」
「あっ、あれ? 謝ってなかった俺? わっりぃ~ごめぇん! おまえの純情踏み躙ったのは悪かったよ! あ、なんならアイリーンにもっかい変身してやろうか? めちゃくちゃ疲れるからちょっとだけ。おっぱいくらいなら揉ましてやるから! なっ!?」
「……」
「いだだだだだっ、無言でねじり上げるのやめて!?」
「アーキルさん……」

 ふいにフョードルの手から力が抜けた。アーキルの手がようやく解放される。

「っ……つぅ、おまえ、もうちょっと加減てものを……」

 文句を口にするアーキルは、その体をドンッと押されてよろけた。その体がベッドに倒れ込む。

「……ってぇ、フョードルおまえなっ、っ!」

 更なる文句は、ベッドにうつ伏せに押し付けられてくぐもる。
 ギシ、と安宿の貧相なベッドが軋みを上げた。

「アーキルさん……僕の純情弄んで、童貞バカにするのなら……責任とってください。僕……アイリーンさんのこと、本当に、本気で……!」

 フョードルの声は震え、今にも泣きそうなのを堪えているかのようだった。
 カチャカチャとベルトの金属が擦れる音がする。

「せ、責任……? だ、だから、女なら今度ちゃんと、本物を紹介してやるって……」

 ギシッとまたベッドが軋んだ。
 アーキルの体は強く重い力でベッドに押し付けられ、身じろぎも敵わない。
 長いローブの裾がばさりとからげ上げられ、帯で締めた緩やかなズボンが力任せにずりっと引き下ろされる。
 そこに至って、アーキルは血の気の失せるのを感じた。

(ま、まさか……こいつ……俺のケツで!?)

 アーキルは動揺した。おおいに。アーキルは無類の女好きで、女遊びも派手なタイプである。そもそもフョードルの純情を、真心をアーキルは全く理解できないのだ。

 だが、女とは何百と寝たことはあっても、男とはない。考えたことすらない。フョードルに力で敵うはずないと分かってはいても、アーキルはジタバタともがき暴れずにはいられなかった。

「ま、待て待て待て! やめろ、よせ、冷静になれフョードル! ここまで守り通した童貞を、一時の気の迷いや怒りで粗末に捨てるなんてとんでもないぞ! は、初めてはもっと、心から愛しいと思う相手に捧げねぇと!?」
「なにを今更……! 僕の心からの愛を弄んだのは、ほかならぬ貴方でしょう!? ……貴方も責任取るって言ったじゃないですか! それに……この期に及んでも、まだ、僕は貴方を尊敬していますし、こんな酷いことされても憎みもできない……」
「責任取るとは言ってねぇ、女紹介するって言っただけ! だいたいおまえ、好きなのは女だろ!? 俺は男だぞ、勃つのかよ!? 無理だろ、ぉ……ぅえ?」

 勃つモノがなければ話にならない、と言い募ろうとしたアーキルの言葉は途中で途切れた。
 剥き出しにされた尻に、ぐり、と硬いモノが当たったのだ。

「は、ウソ。なんで? おまえ……」
「わかりませんが、なんだかとにかく、勃つモノは勃ってるんです! 責任とって下さるのでしょう!?」
「責任とるとは、言ってねえって……!」
「なら取ってください!」

 ぐりぐりぐりっ! と硬いモノを押し付けてくるフョードルに、アーキルは恐怖した。
 硬く、そして太くて逞しい気配が凄い。
 全く引く気もなさそうだ。
 しかしそんなモノをなんの準備もなしに突っ込まれたら貞操どころか冒険者生命すら危うい気しかしない。

「ま、待て待て待て童貞! おまえ、おまえ、や、やり方知ってるか!? そっちの穴はめちゃくちゃ繊細なんだぞ!?」
「アーキルさん、こっちも経験……が!?」
「ねぇよ!? あ、いや、女のそこに入れたことなら何回か……ある、けどぉ~」

 入れられたことはないんだ! と懲りずにジタバタもがいて主張する。

「……なら、その、貴方の知ってるやり方で、入れられるようにしてください」
「は……?」

 いまなんて? アーキルは思わず素っ頓狂な声を出す。
 フョードルの、アーキルを押さえ付ける力が緩んだ。フョードルはアーキルのフードをグンッ、勢いよく引っ張って起こすと、苦しげに顰められたアーキルの顔を覗き込んだ。

「自分でほぐして、僕のを受け入れられるようにしてください。できないっていうなら、僕が力尽くでことに及びますよ、アーキルさん」

 フョードルからは本気の気配がした。
 アーキルは腹の底がすぅっと冷えていく心地を味わって。

「ふょ、フョードル……あ、あの、……せめて、しゃぶるので許して、くれない?」

 せめてもの妥協点。
 男のモノなんて絶対にしゃぶりたくもなかったが、背に腹は代えられない。アーキルのその提案に、フョードルの翠玉の瞳は揺れた。
 それがどんな感情ゆえのことだったのか、アーキルにはわからなかった。

「……。わかりました、なら……いいですよ、それで」

――

 ベッドに座るフョードルの足の間に膝をつき、アーキルは改めて主張する屹立を目の当たりにし後悔していた。

(いや、これ……ムリ~! やっぱこんなのしゃぶるとか、いやありえねぇってぇ~)

 雄々しく反り返り、ぴくぴくと震えるそれは、威容で圧倒的だ。
 やっぱり無理かも、と言ったらどうなる? とフョードルの顔をちらりと見上げて、アーキルは一瞬心臓がドキリと跳ねた。
 フョードルの端正な顔は情欲に赤らみ、翠玉の瞳は潤んで揺れている。アーキルの黒い瞳とぱちっと合った。

「アーキルさん……」

 急かすような、ねだるような、甘えたような、それとも拗ねたような? そんな声でただ名を呼ばれ、アーキルはいまさらやっぱ無理、とは言えなくなる。

(な、なんだよ~ちょっとエロ可愛いかもとか思っちゃったじゃねぇかよ~!?)

 自分の感想に狼狽えながら、アーキルは意を決してあんっと口を開けた。
 反り返るフョードルの屹立に近づき、そろそろと、躊躇いがちに口を寄せる。亀頭部分にちょんと唇が触れた。

「あっ……!」

 たったそれだけのことで、びくんと震え、アーキルの頭の上ではフョードルの跳ねた声が聞こえてくる。

「お、おいおい……まだ、ちょっと、触っただけだろ。そんな声、出すなよ……」

 可愛いじゃねえか、とまた思ってしまう。アーキルは自分のその心にも戸惑いながら、ちゅ、と亀頭にもう一度口を付けた。
 ぴくん、と震える先端と堪えるような声がまた聞こえて。

(もっと刺激してやったら、どんな声出すんだこいつ……)

 沸き起こるのは好奇心かいたずら心か。アーキルは拒否感や嫌悪感よりも、フョードルの反応への関心の方が勝った。こうなるともうあまり躊躇いは感じない。
 舌を出し、れろ、とフョードルの立派なそれを舐めた。

「ひゃっ、あ……! あっ、あ、アーキルさんっ!」

 フョードルは座った腰ごとびくんと跳ねて、大きくこぼれ落ちそうなほどに目を見開き、アーキルを見下ろしている。

 フョードルのその表情を愉しむような心地で、アーキルは上目遣いにその顔を見ながら、ぬりゅ、るろぉ、と亀頭を舐め、雁首のくびれ部分をつつき、裏筋に這わせていく。
 アーキルの舌使いに合わせ、フョードルの屹立はビクビクと震え、反り返り、ますます硬くなった。

「うっ、ぁあっ……あ、アーキル、さんっ」
「すごいな、おまえ……こんな立派なモン持って、今まで使わずしまっといたなんて。普段、自分でする時はどうしてんの? 気持ちいいとこどこ? ここかな、それともこっち?」

 アーキルは段々と興が乗ってきたように、太く反り返るモノに舌を這わせながら器用に喋る。れろ、とカリ部分を硬く窄めた舌でつついて舐め、竿全体を舐り上げ、手でやわやわと玉を弄びながらそこにも舌を這わせる。

 そのたびにフョードルの口からは気持ち良さそうな弾んだ声が漏れて、先端からはジワジワと透明な先走りの汁が滲み出してきていた。

 アーキルは楽しくなってきていた。
 舐め上げながら先端にちゅうと吸い付き、汁を滲ませる切れ目の部分にぐりゅぐりゅと舌先をねじ込みしゃぶり、じゅっと吸う。

「あぁっ……! はぁっ、ぁっ、あぁっ!」

 フョードルの腰が跳ね、膝が震えて、背を大きく反らせて声を上げる。
 アーキルの口の中でビリビリと震えるそれがビキッと一瞬更に膨張したかと思うと、ドクンッと脈打ち熱いものがアーキルの口の中に弾け出る。

「んぐっ……!? ごほっ、げっほ……、ぅゔぁっ、お、おま、フョードルっ」

 アーキルは口を押さえ手のひらにべっべっとそれを吐き出しながら、フョードルを見上げた。

「い、いきなり出すなよっ、人の口の中に!」
「す、すみません……っ、あ、あんまり、気持ちよくっ……て。じ、自分の手とか、めじゃなくっ」

 恥じらうように両手で顔を覆うフョードルに、アーキルはまた可愛いなと思ってしまって戸惑った。

「そ、そうか……うん、そりゃよかったな。今度はちゃんと女にやってもらえよ、好きな女にさ。なぁに失恋の一度や二度くらい誰でもするって! 女は星の数ほどいるんだし、また新しく恋をすりゃいいんだよ。たしかに俺が化けた女は絶世の美女だったけど、欲張らなきゃそこそこの美人ならすぐ――」

 責任は取ったぞと言わんばかりに捲し立てるアーキルは、突然手を引かれフョードルの腕の中に抱きすくめられていた。

「フョードル!?」

 なんの真似だ、とアーキルは驚き、そして緊張したように体が強張る。

「アーキルさん……。僕、僕、やっぱり……」

 フョードルの顔が、アーキルの平板な胸にぐりぐりと寄せられ、そしてアーキルを見上げる顔は熱っぽく必死なものだった。
 翠玉の瞳が真っ直ぐアーキルを射抜く。

「アイリーンさんが好きです。僕の、話を、楽しそうに聞いてくれて……。わかったんです、僕……あのアイリーンさんの、嬉しそうな顔。僕がアーキルさんの話をしてたから……」

 アーキルはフョードルの言葉に、自分がひどく動揺していくのを感じていた。

「僕がアーキルさんのことをいっぱい話して、褒めて、アイリーンさんは目をキラキラさせて、それがとっても綺麗で可愛くて、僕はこの人が好きだって確信したんです。……でも、それって、つまり……アーキルさんなんですよ」
「ぁ……?」

 アーキルは、本人が自負する優秀な頭脳をもってしてもフョードルの言葉を理解するのに難儀した。

「僕がアーキルさんを褒めるたび、アイリーンさんはキラキラと目を輝かせて、嬉しそうで、それで僕も嬉しくなった。そんなアイリーンさんが実はアーキルさんなら、彼女を好きってことは、僕は、アーキルさんが好きってことなんです。そうだ、そうだよ……僕はアーキルさんが好きなんです!」
「なっ……な、なに言っ……」

 アーキルはドクンと心臓が強く跳ね、急速に高鳴っていく自分にますます戸惑い動揺した。

「アーキルさん、すごくドキドキしてますね。僕たち男同士ですけど、世の中そういうのもそんなに珍しくないそうじゃないですか。好きですアーキルさん。僕の純情弄んだり、品のない童貞いじりしたり絡み酒が鬱陶しいところはあっても。自分の欲求に素直で後先考えなくて魔法に対してだけは直向きなところが、好きです。尊敬してます」

 アーキルは絶句した。

「だから、僕の童貞はやっぱり貴方に捧げます。貴方に会うこの時のために守ってきたんだとわかりました!」 

 アーキルは更に言葉を失った。

「アーキルさん……!」

 アーキルが何も言えないでいるその内に、フョードルはどんどん自己完結し、暴走馬の如く止まることを知らず、アーキルを力一杯抱きしめて唇を重ねた。ガチンッと勢い余って歯がぶつかる。

「んぐっ……!」

 そのちょっと痛い衝撃でアーキルはハッとした。したが遅かった。フョードルに純粋な腕力や体力で敵わないのは既に知っての通りだ。
 フョードルの舌がぐりぐりと割り入ってアーキルの口の中に入り込み、強引に吸い付き舌を絡ませる。
 ぢゅっ、ぢゅうっ、と水っぽい口付けの音が高く部屋にこだまする。

「んっ、ぐ、ぅぐっ……!」

 なおも抵抗を試みるアーキルだったが、がっちりと腕の中に抱き止められ、ほとんどまた身動きも取れなかった。呼吸も苦しくなって、だんだん意識が朦朧としてくる頃。

「はっ、ぁ……はぁ、アーキルさん……」

 ゆっくりと、濃厚で強引で下手くそな口付けが離れていく。

「っ……ふょ、フョードル、おまえ、……おまえなぁ」

 キスが下手! とは、さすがのアーキルも言えなかった。
 呼吸を整えるまでぐったりして、そうしているうちにもモゾモゾとフョードルの手がアーキルのローブの中に入り込み体をまさぐる。

「お、おい……おまえ、な、なんか……あ、当たって……」

 更にアーキルの体の下で、グンッと硬く反り返り存在を主張するモノの気配。

「アーキルさんへの想いを自覚したら、また元気になってしまいました」

 恥じらいがちに目を伏せ、頬を染めてフョードルが言う。
 まさぐる手がアーキルの腰から尻に流れ、さすさすと撫で回していく。
 アーキルの背筋にぞわぞわぞわっと悪寒が走った。

「ひっ……ふょ、フョードルっ!? お、おまえ、おまえ本気か!? く、口でやってやっただろ。それでもう」
「アーキルさん、僕の話聞いてました? アーキルさんが好きなんです、僕の童貞は貴方に捧げたいんです。だいたい、嫌がっていたわりに舐めるのもノリノリだったじゃありませんか!」
「そ、それは、おまえがいちいち可愛い反応するから!」

 つい興が乗ったんだ、と反駁し、フョードルの抱擁から離れようと身を捩る。

「アーキルさん……僕のこと、可愛いと思ってらっしゃるんですか?」
「あ……? ……あ、え? ……そ、そりゃ、うん? ま、まぁ、そうだな。おまえみたいな美青年ヤロウにそんな懐かれちゃ、そりゃまぁ、可愛い……可愛い、けどぉ」

 フョードルの瞳がキラキラと期待に輝く。あるはずのない尻尾が見えるようだ。ぶんぶんと嬉しそうに振られている。アーキルは困惑していた。自分の気持ちがよくわからない。

「そ、それとこれとは違うっつーか」
「じゃあ、想像してみてください。僕が、アーキルさんの見知らぬどこかの誰かとキスして抱き合ってプレゼント贈って、それで、童貞を捧げるところを。なんとも、思いませんか!?」

 フョードルの言うがままにアーキルは想像した。田舎から出てきたばかりの若い女、酒場で働きながら踊り子かなにかを目指し、夢に邁進する姿に心打たれたフョードルはその女と意気投合する。そしてデートを重ね、キスをし、とうとうふたりはベッドイン……。

(うわ、なんか面白くねえ……)

 アーキルはイラっとした。モヤッかもしれない。とにかく不愉快でつまらない気分になった。お気に入りのおもちゃを横取りされる子供のような嫉妬にも思えるが。

「……だ、だからなんだってぇんだよ」
「それが嫌なら、アーキルさんも僕のことを満更でもなく思ってくださっていると言うことではありませんか。だから、僕たち、相思相愛ですよ!」
「待て、その理屈はおかしっんぐぅ!」

 フョードルは待てができないタイプの男だった。もう我慢できないとばかりにまたアーキルに口付けし、昂ぶる怒張をぐりっとアーキルの蕾に押し付ける。

(やばいっ……壊れる!)

 アーキルは身の危険を一層強く感じた。
 バチン! とフョードルの頬を強く両手で挟む。さすがに痛かったのだろう、フョードルが驚いたように口付けをやめた。

「いった……なんです!?」
「なんですじゃねーよ!? そ、そんなモンいきなり突っ込んだら、俺が大変なことになるだろうが! 盛りやがって童貞がっ」
「では、教えてくださいよ。どうしたらいいのか!」

 フョードルにはもはや、アーキルを抱かないという選択肢はないようだった。
 ぐるんと反転し、アーキルをベッドに今度は仰向けで押し倒す。緩やかなズボンもブーツもひっぺがし、あれよあれよという間にアーキルは下半身を丸裸にされていた。

「アーキルさん……! どうしたら、貴方を傷付けず、気持ちよくさせてあげらますか。教えてください。……アーキルさんは、なんでもご存知なのでしょう?」
「ぐぬっ……な、なんでも、ってこた、ねぇ、が。んっ、ふふ。ま、まぁ、知らねぇことの方が少ねぇ、とは……?」

 フョードルはアーキルの自尊心を擽るのがうまかった。
 とはいえ、やはりアーキルにもまだ躊躇いはある。ぐ、とフョードルの逞しい胸板に手を置いて押し返し、その下から這い出てベッドサイドの引き出しに手を伸ばし、小瓶を取り出すと、アーキルは深呼吸する。

「フョードル……童貞ヤロウの後学のために、ちょっとばかり人生の先輩な俺が教えてやる。今後うまくやるために、な……」

 アーキルは自分の中にそうして折り合いをつけると、小瓶をキュポンと開けた。中に詰まったトロリとした液の中に、プルプルしたモノが浮かび、かすかに震える。

「アーキルさん、そ、その瓶は……?」

 アーキルは小瓶を傾け、トロトロした液とプルプルした粒のようなものを手のひらに少量取り、フョードルを見た。

「これは……オトナの遊び道具のひとつ、で……。う、後ろでさぁ~やる時の~色んなさぁ~あるんだよ! 準備が! そういうのをお手軽に安全に快適にできちゃってひたすら快楽追求できるって夢のマジックアイテム……」
「へぇ、すごいですね……? もしや、それもアーキルさんがお作りに!?」

 様々なことに経験の浅いフョードルは、いまいちピンとは来ていないようだった。
 アーキルはふへっと笑う。

「ま、まぁな。もっと若ぇ頃にな……花街で相談持ちかけられてよ」

 自分も遊びたかったアーキルは、二つ返事で依頼を受けると、様々な研究や素材探索、実験を繰り返し完璧な調合を編み出した。そちらの界隈ではちょっとした有名魔法薬として流通しているのだ。

「やっぱり、アーキルさんはすごい人だ……」 

 フョードルの真っ直ぐてらいのない尊敬の眼差しに、アーキルは段々と恥ずかしくなってくる。
 なんとも奇妙な感覚で、アーキルは胸の内がむず痒くなってきた。

「ま、まぁな……俺、なんせ超絶大天才だからなぁ~ふへへ。……ち、ちょっとそっち向いててくれねぇか!?」

 一心に注がれるキラキラした眼差しが面映い。これからすることを思うと、決心が鈍った。アーキルの言葉に、フョードルは少し残念そうな、或いは不信そうな顔を一瞬してみせたが素直に壁に向く。
 アーキルは枕を背にして寝転がり、足を開く。手に出したトロトロプルプルのそれを、自身の尻の穴の中に、にゅぷり、と流し込んだ。

「んひぁ……!」

 手のひらで人肌に温められたとはいえまだ少しぬるい温感のそれが、ちゅるんと穴の中に入り込む。トロトロの液体が粘膜と内壁にじわぁと浸潤し、プルプルしたゼリーのような粒が穴の中でじゅわじゅわと広がって奥へ進んでいく。アーキルも自分の尻で試したことはなかった。そのえもいわれぬ感覚に、思わずといった変な声が出る。

「アーキルさん!?」

 その声に驚きと心配のないまぜになった声でフョードルは名を呼び振り向いた。

「あっ、バカっ……まだ、み、見るんじゃ……んふぅぁあ……!」

 アーキルの開かれた脚の間で、じわじわと熱を帯びて勃ち上がっていく男の象徴。にゅぷ、じゅぷ、とアーキル自身の指がほぐす穴の口の奥で何かが蠢き、溢れている気配。
 フョードルは目を見開き、ベッドを軋ませながらアーキルに近付いた。

「アーキルさん、どうしたのです? いまどうなっているのです、大丈夫なのですか!?」

 フョードルの純粋な心配からゆえの問いも、今この状態ではなんらかの羞恥責めのようにアーキルには聞こえた。

「ど、どうっておまえ……ぁ、ぁあっ……んぅ! っっだ、大丈夫、だ、けどぉっ……あっ、ちょ、ちょっと、み、見ないで……お、おまえに見られるのは、すげ、恥ずかしっ」

 せっかく尊敬されているし、経験豊富な男としてのマウントも取り続けたい。それが、自分が作った薬の為とはいえ早々に蕩けて気持ち良くなっているところを見られるのは、プライドに関わる問題だった。

 しかし、フョードルの眼差しは一向に逸らされることがない。それどころかますます強固に、一心にアーキルに注がれる。

「あ、っおい、フョードルっ……」
「す、すみませんアーキルさん、無理です! こ、こんな……な、なんと言えば良いのか……でも、僕、目が離せない。アーキルさん!」

 フョードルの目は欲情に溺れ、ゆらゆらと燃えていた。硬く反り返る屹立からは、触れてもないのに汁が垂れ、餌を前に待てを命じられた犬の如くいまかいまかとヨシの号令を待っているかのようだ。

 アーキルは、フョードルのその眼差しに、カァッと身体が内から燃えるような心地がした。

「はっ、ぁ……うっ、バカ……そん、な、目で……見るんじゃ、ねぇ、よ」

 キュウンと何かが締め付けられるような苦しさと切なさを覚えて、それは全身にキュンキュンと伝播する。
 ジュワジュワと尻の中で溶けていく魔法薬が、すっかり準備は良いとばかりに広がって、蕾のようなその口がひくひくと物欲しげに震えた。

「アーキルさん、すごく……綺麗です、可愛いくて、素敵で……アーキルさん、アーキルさん……!」

 待ちきれないというような切羽詰まった顔がアーキルを覗き込み、その名を呼ぶ。
 柔らかそうな金の髪と翠玉の瞳の、端正な顔立ちの青年を見ながら、アーキルはふいに怒涛の如く感情が溢れてくるのを味わった。

(こいつ……めちゃくちゃ綺麗な顔しててめちゃくちゃ可愛いな!)

 フョードルのモノを舐めながら思ったことが、今また強く思い返される。
 つい手を伸ばし、頬に触れ、腕を回して頭を抱き寄せると、唇を重ねた。

「んっ……ふ、ぅ」

 フョードルが一瞬驚いたように竦んで、次第に体から力が抜けていく。
 アーキルの舌が唇を舐め、そこから開かれた口の中に入り込み舌を絡めてちゅっと音を立てる。
 くちゅ、ちゅ、ちゅ、と深く何度も口を吸いながら、アーキルはフョードルの柔らかそうな髪をくしゃりと撫でて口を離した。
 フョードルの顔が赤く染まっている。

「アーキル、さん……キス、……もしかして、僕、下手でした?」
「んっふ、ふ。……ふへへ。そ、そうかもなぁ。……フョードル、はぁ、もう……いい、いいから、早く……入れてくれ、俺の……ここに」

 フョードルの胸を押し返し、アーキルは脚を大きく開いて自らその穴を広げてみせた。

 その為に作られた魔法薬の効果で、すっかり清潔になり蕩けてほぐれきったそこは、もはや性器と成り果てて己を貫き満たしてくれるモノを求めていた。
 ひくひくと震え、トロリとした液体の僅かな残りが穴を濡らす。

「あ、アーキルさん……な、なんとはしたない!」
「あ……? は、はし……は? お、俺はわざわざおまえのために、こうし、て、んグッ」

 フョードルの言葉にムッとして反駁するアーキルの言葉は、途中で苦しげな声に封じられた。
 フョードルの剛直が、開かれ広げられたそこにグチュン! と押し込まれたからだ。

「あっ、ぐ……お、おまえ……は、はしたないとか言っといて……や、やるこたやる、のか、よぉっ……!」

 しかもいきなり、なんの合図もなく。アーキルとて自分の後ろの穴を誰かに晒すのも初めてだというのに。

「す、すみません……あまりにはしたなく淫靡にすぎるお誘いに、もう一欠片の理性ももちませんでした! アーキルさん! あっ、すごい、中、あぁっ……ぎゅって、ふわふわで、グチュグチュしてて」
「い、言うなそんなこと!?」

 フョードルの素直な感嘆の言葉の数々は、アーキルに羞恥を感じさせる。
 フョードルはもう我慢できないとばかりに、押し入ったモノを引き抜き、また奥へと押し込んで、それを繰り返す。

「はっ、ぁ、ぅあっ……あっ、ま、まて、まて、も、もうちょい丁寧にっ」
「アーキルさん! アーキルさん! すごい、気持ちいいです、アーキルさん! 好きです! アーキルさん!」

 ぐっちゅん、ぐちゅん、と無我夢中で腰を振り打ち付けるフョードルに、アーキルは正直にいえば苦しかった。

(く、クソ童貞……自分勝手に動きやがって~!)

 名前を呼ばれ好きだと言われてのそれは、決して悪い気はしなかったが、そうは言っても苦しい。

「フョードルっ! あっ、た、頼むから、もっ、と……ゆっくり……」
「あ、アーキルさん……っ、す、すみません、無理です!」
「あ? ……ぁっ!?」 

 フョードルはアーキルの脚を抱えて折り曲げるように押し潰すと、更に激しく出し入れを繰り返した。
 ずっちゅ、ずちゅ、じゅぽじゅぽ。
 律動に合わせて中で擦れ合い、トロトロの粘液と先走りの汁とが混ざり合い、いやらしい水音をさせる。

「あっ……あっ……アーキルさん! アーキルさんっ……ぁあっ!」
「んっ、ぐ……っ、ぅ、くっ……」

 激しく打ち付ける律動に翻弄されながら、アーキルは呻いた。
 フョードルはますます早い律動を繰り返し、その何度目かで。

「あっ……!」 

 グンッと膨張し、脈打ち、アーキルの中に熱いモノが吐き出される。

「……っぐ、ぅう!」

 アーキルはまたも苦しげに呻いた。
 ドクドクと流し込まれる熱が中を満たす。そうしてずるりと引き抜かれると、蕩けた穴からトロトロと溢れ出てシーツを汚した。

「はっ、はぁ、はぁ……はぁ、アーキルさん……す、すみません……つい、あんまり、気持ちよくて……」

 ようやく理性を取り戻したらしいフョードルが、汗に濡れて張り付く前髪もそのままにアーキルを覗き込む。アーキルもフョードルを見返して、引き攣ったような笑みを浮かべた。

「い、いいんだぜ……ど、童貞クンなら、しかたねーからな」

 気持ちいいより苦しいが勝る、なんとも苦行めいた時間だったが。

(責任は……取ったよなぁ……)

 もともと青年の純情を面白半分に弄んだのが発端だ。このくらいは報いとして仕方ないのかもしれない、とアーキルは自分を納得させる。

「アーキルさん、大丈夫ですか……その、あ、後処理? とか」
「そういうのは知ってんの、おまえ。……ああ、いいよいいよ、俺が自分でやっとくよ。もういいだろ、疲れたしよ。これで解散」

 怠い体を枕に沈め、しっしっと追い払うようにアーキルは手を振った。

「アーキルさん……。でも、僕、嬉しいですよ。なんだかんだ言って、僕を受け入れてくれて。本当に嫌なら、アーキルさんなら魔法でどうとでもできますものね」
「……あ」
「ん?」

 フョードルの言葉に、アーキルは目を見開いた。フョードルはその様子に首を傾げる。

(そ、そ、その手があった~!)

 アーキルは脱力した。
 
――

「アーキルさん、今日はどの依頼を受けますか?」
「おぉ~そうだなぁ、やっぱ報酬よくてスリルがあって面白そうな……」

 アーキルとフョードルは、あれから数日ほど間を置いて、何事もなかったような顔で依頼を検分する。
 フョードルはキラキラとてらいのない眼差しでアーキルを見つめ、アーキルはいつも通りの不敵な、満更でもなさそうな顔をしてそれを受け止める。

 またこれから、冒険に明け暮れる日々が続きそうだ。
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