皆と仲良くしたい美青年の話

ねこりんご

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黒の帳 『一つ目の帳』

いつもと違う朝 〔火曜日Ⅱ〕

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ぱちりと目を開けた。
…朝かな?

何で私は制服で寝てるんだ?お腹が空いている。風呂だって入っていない。弁当箱は洗っていない。洗濯だってしていない。

昨日何があったんだ?

鞄だって無造作に放り投げられている。やたらと視界が狭いな。
スマホを確認すれば、火曜日の朝四時だと分かった。早めに家事を済ませれば学校に間に合う。
洗面所に行き顔を洗おうと鏡を見た。私の目元は赤く、腫れている。道理で視界が狭いわけだ。私は昨夜泣き疲れて寝たらしい。
しかし、何だ?何で悩んでいたんだ?

漠然とした疑問をくるくると頭で回しながら手早く家事を済ませていく。何となく、弁当には肉料理を入れたくなった。今日も唐揚げにしよう。いつもより多め…五個にしようか。
ともなれば弁当箱を取り出さなくては。鞄を開けた私は固まった。
潰れた菓子の箱。

昨日のことが、フラッシュバックした。

きゅう、と、胸が軋む。
体を掻きむしりたい衝動を抑えるため、ただただ鞄を握りしめた。荒くなる息を沈めようと、必死に深呼吸を繰り返した。
目を瞑り、頭を伏せ、口を閉じた。体の震えには気付かないふりをして、自分の中の激情を抑え、荒れに荒れている心を、必死に落ち着かせた。
考えるな、考えるな、考えるな。

「……ふう」

こうして耐えればいい。やり過ごせば、悩み事が日常生活に支障をきたすことはない。考える時間は今じゃない。夜や、一人の時に考えるものだ。

激情をやり過ごした私はいつもより量の多い家事を済ませ、鞄を手に玄関口へ向かった。
玄関にある、写真立てが目に入った。ああ、昨日は落ち込みすぎていたな。昨日の自分に苦笑いしながら伏せていた写真立てを立てた。
これは素晴らしい写真だ。色褪せない、素敵な思い出の象徴。何時でも見られるからこそ、何時までも見ていたい。
喧嘩なんて誰だってする。
落ち込んでどうする私!
寝たらすっきり出来る自分の特性に感謝だ。

そう励まして家を出て行ったはいいものの、やはりどこか落ち着かない。
いつもの待ち合わせ場所に、二人は居なかった。少しショックで、悲しくなった。
まあ、当たり前だろう。予想出来たことだ。それをしなかった私が悪い。予想出来ていたら、悲しみも少しは薄れただろうに。

少し落ち込みながら通学路を歩く。寝坊助な龍牙のことだから、私より早く学校へ行くことは有り得ない。きっと二人で遅刻してくるんだ。クリミツはオドオドしながらも龍牙に従うんだろうな。クリミツは体が大きくなって、強い態度をとることが増えたけど、好きな子の前では内気なみぃくんになってしまう。
龍牙はクリミツの好意に気づいているかな。クリミツは上手くやっているかな。
二人のことを考えると、何だか楽しくなってきた。

でも、そこに私は居ない。





校門が見えてきた。今日は目立った人は居ない。良かった、天野君か渡来さんが居たら、大変だった。朝から鬼ごっこは堪えるし、逃げきれる保証も無い。
ほっと胸を撫で下ろし、教室へ入った。

「おはよう~」
「あっおはよう鈴ちゃん!」
「昨日大丈夫だった!?」
「皆心配してくれたの?」
「「「当たり前だろ」」」

皆が口々に私に話しかける。皆、先週と何も変わらない。嬉しくて笑顔で返すと、顔が見えないはずなのに皆の顔が赤くなった。
月曜日は真面に話せなかったから、今日は皆とお話ししたい。

「かわいい」
「何かもう声が好き…」
「金曜日は薬とかゼリーとかありがとう。すごく助かったよ!」
「俺達りんちゃんにならいくらでも貢げるから」

皆と話しながらいつもの席へつく。予想通り、龍牙はまだ来ていないようだ。
皆が口々に喋っている。一人一人聞き分けられない。私は聖徳太子じゃないんだぞ。
困っていると、眼鏡をかけたクラスメイトが近づいてきた。黒宮君だ。

「おはよう、黒宮君」
「おはようございます紫川氏。して…その、ですね、目にゴミが…といいますか、その…」
「…?」
「御髪に触れてもよろしいでしょうかっ」
「おぐし?」

黒宮君は古風な言い回しをしているので何が言いたいのか分からない。首を傾げれば何故か後ろから舌打ちが聞こえた。それを聞いた黒宮君は血相を変え慌て始める。…誰かが黒宮君を脅しているように見える。

「ちょっと、今舌打ちしたの誰」
「…ふん」
「黒宮君が怖がってるでしょ?」
「いっ、いえ、紫川氏、小生のことはお気になさらず。先程は言い方が遠回しでしたな。その、前髪を退けさせて頂いてもよろしいかと」
「馬鹿っ黒宮!」
「ひいっ!!」

何だ、そんなことか。
きっと、私が嫌がると思って、黒宮君に言わせたのか。自分が嫌われたくないから?…普通に言えばいいのに。黒宮君もとんだ災難だったな、可哀想に。

「はい、顔見たいの?」

「…」

前髪を手で上げれば皆が固まった。
何なの、私の顔は爆弾か何か?
黒宮君まで顔を赤くしている。

「ねえ、何でそんなに私の顔だけで」
「しゅ、出欠、を、とりたいの…ですが」

震えた声が隣から聞こえる。
そちらを見ると、如月先生がぷるぷる怯えながら私を見ていた。俯き、背は丸め、なるべく周りと目を合わせないようにしている。不良さん達を怖がる姿勢は依然として変わっていない。

「おはようございます、先生」
「………???」
「紫川鈴です」

私だと分かっていないのなら何故話しかけたんだろう。後ろ姿で判断したのだろうか。私の顔を見てきょとんとする先生は可愛らしい。前髪を上げれば誰か分からなくなるなんて、そんなことあるだろうか。

「…驚きました。どこのモデルさんかと」
「ふっ、はははっ!冗談は止めてくださいよ。えっと、今日はですね、佐藤君と中西君と…」

教室に入った時に、居ない人達は把握出来た。それを先生に伝えると、先生は小さな手でカリカリと冊子に書き込んでいく。
そろそろ手が疲れてきたので前髪は戻した。クラスメイトの名残惜しそうな声が聞こえたが、聞こえない振りをしておこう。

「…それと、龍牙…、あ、片桐龍牙です。それで、全員ですよ」

先生は私の言葉を聞くと、そそくさと教室を出て行った。

龍牙はいつ来るかな。
教室の扉を見るが、それが開く様子は無い。耳を澄ませても廊下からは不良さん達の喧騒しか聞こえない。
龍牙が居ないと寂しい。まあ、龍牙は先生に威嚇するから、今居ないのは好都合だろう。
でも、私が何がする度に聞こえるあの笑い声、咎める声、隣から聞こえるのが当たり前だったそれが、今は無い。

寂しいな。とにかく、早く学校へ来て欲しい。会えなければ謝罪も話し合いも出来ない。
そんな私の寂しさを感じ取ったのか、クラスメイトのお喋りは少しずつ控えめになっていった。

「…私の事は気にしなくていいよ」
「そんな悲しそうな雰囲気で言われても…」
「切ねぇよ…」
「……何があったか聞かないの?」

彼らなら『どうしたの鈴ちゃん!?』と言って根掘り葉掘り聞きそうなものだが。

「いや、聞いたからな。二年からだけど」
「幼馴染みなら…俺らに解決出来る問題じゃねぇよ」
「ま、可愛い鈴ちゃん泣かしたら俺が黙ってねぇけどな」
「僕も!」

何故そんないい仲間風を吹かせられるんだ。まだ一週間しか過ごしていないのに、自分達は紫川鈴を分かっている、と言いたげな態度だ。嬉しいけど、少し面白い。

「笑った!!」
「元気出たっ?」
「…うん、ありがとう」

昨日はお腹が空いていたからあそこまで考え込んでしまったんだろう。やはり空腹は最大の敵である。三食きっちり食べなくては。

…いつも通りというかなんというか。
黒板には自習の文字がでかでかと書かれていた。
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