皆と仲良くしたい美青年の話

ねこりんご

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黒の帳 『一つ目の帳』

未成年の飲酒、ダメ、絶対!

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バー、初めて来た場所、一人きり、この三つの要素があって緊張しない人は珍しいだろう。

隣にいる男の人は無言で琥珀色の飲み物を飲んでいる。綺麗な長髪だなあ。飲み物は…お酒かな、ここバーだもんね。でもその割には、店内でお酒の匂いがしない。初めて来た場所で色々な気になるけれど、キョロキョロするのは子供っぽい。私は澄ました顔で、なるべく馴染むようにその場に居ることにした。
…学生服だから目立つのは避けられないけど。

少しして、店内の奥から、紅陵さんにアオイと呼ばれた茶髪さんが戻ってきた。アオイさんは橙色の飲み物を持っており、それを私の前に置いてくれた。

「はいどーぞ」
「ありがとうございます」

お礼を言ったものの、飲むのは躊躇ってしまう。だって、お酒だったらどうしよう。未成年だし、肝臓に悪いから飲んじゃダメだ。
極道の家で暮らしているのだから法律なんか気にすんな、と言われそうだが、法律は破ったらダメだからあるんだ。破ったらいけない理由さえ分かればやらない。煙草もお酒も未成年の成熟していない体には悪影響だ。
…私だってまだ身長伸びるし。

「そんなに警戒しなくても、薬も毒も入ってないわよ」
「すっ、すみません!そういうつもりではなかったんです。お酒だったら飲んじゃダメだなって思って…」
「レオがノンアルって言ったのに、アタシが酒出すと思う?それにここ、酒は夜しか出さないの」

怒らせてしまった。どうしよう。
確かに、自分が出した飲み物を初めて見たもののようにまじまじと見られたら嫌な気持ちになるだろう。配慮が足りなかった。

俯きそうになるが、ダメだ。
ちゃんと顔を上げて謝ろう。

「失礼しました、すみません」
「…謝る時くらい顔見せたらどうなの」

ああ更に怒らせてしまった。前髪で顔が隠れているのが気に入らないのだろう。不誠実な印象を与えてしまった。
でも今の私に髪を留められるものは無い。どうしようどうしようと迷っていると、隣の人がもぞもぞと動き出した。

「…………………………これ」
「ありがとうございます!」

隣の人は私に髪を留めるピンを渡してくれた。隣の人は私よりずっと髪が長いからピンをよく使うんだろうな。お礼を言って受け取り、前髪を留めた。

「よし、これで…。あの、店員さん、本当にすみま」
「アオイって呼んでちょうだい!!!」

店内に響き渡る大声でそう叫ばれてしまった。でも今度は怒っていない。
目をキラキラ輝かせて私を見ている。

「なんっ………て可愛い子なのッ!?」
「……………………………死ぬかと思った」

隣の人が胸を押さえている。
アオイさんの大声に驚いたんだろうな。

「ごめんなさいっ、アタシ面食いなの!こんなに可愛い子、レオなんかにやるわけないじゃない!」
「アオイ~~うるせぇぞ~~~!」
「アンタたちは黙ってなさい!!ねえ、アナタお名前は?アタシのことは、アオイお姉ちゃんって呼んでいいわよ~♡いや、呼んでちょうだい!」

血走った目が怖い。アオイさんはバーカウンターから身を乗り出して私に顔を近づけてきた。顔で態度が変わる人…この人は自覚がある上に開き直っているようだ。
どうしよう、さっきとは違う意味で困っている。
何か話さないと。そうだ、この飲み物だ。飲み物のことで怒らせてしまったから、飲み物が何かを教えてもらって、大丈夫だったら飲もう。

「こ、この飲み物、なんですか?」
「オレンジジュースよ!でも気に入らなかったら言ってちょうだい、ブドウでもマンゴーでもチェリーでも何でも用意するわ!!」
「大丈夫です、お気遣いありがとうございます」
「お、お礼だなんてっ…なんて可愛い子なの…」

オレンジジュースなら大丈夫だ!こくりと一口飲んでみると、爽やかで口当たりのいい甘みが広がる。あまり酸味のないみかん味だ。美味しい。
…子供扱いをされているような気がするが、美味しいからもういいや。

「ねえねえ、レオに何で惚れたのよ!」

また身を乗り出している。正直勘弁して欲しい。普通に、落ち着いて話したいな。別にこの人と話をしたくないわけじゃない。グイグイ踏み込まれるようなこの勢いが苦手なんだ。
獲物に食らいつくような顔にたじたじとしていると、目の前を大きな手が遮り、私とアオイさんの間に壁になってくれた。

「……………………………困ってる」
「レオが居ない今がチャンスなのよ!?分かってないわね~」

アオイさんはぶーぶー不満を言ったが、身を乗り出すのを止めてくれた。手を出してくれたのは隣の長髪の人だ。助かった。

…そういえば、紅陵さん少し遅い気がする。
煙草を一服。お屋敷の人たちもよくしていたけど、ここまで長くはなかった。心配だな。

「…紅陵さん、遅いですよね」
「………………………確かに」
「あら、もう寂しくなったの?」
「私、見てきます」

アオイさんの言葉には取り合わず、私は立ち上がった。紅陵さんが出て行った扉を私も開け、外に出ると、すぐ横に階段が見える。

ここを上がればいいのかな。

階段を上がろうとした時、上から話し声が聞こえた。
上を見上げてみると、ベランダのようになっているのが分かった。紅陵さんとスキンヘッドの人、この二人が出て行ったはずなのに、人数が増えている。
スキンヘッドの人は居なくなっていて、スーツ姿の人が二人、それと紅陵さんが居た。

「……だから……」
「………………だろ?………」

ここでは話があまり聞こえない。でもそれでいい。盗み聞きはいけないから、私はここで待っていよう。内容があまり聞こえないからといって、気にしてはいけない。誰だって聞かれたくない話の一つや二つある。

でも、流石に大声は耳に届いてしまう。

「だから、俺は極道なんかならねぇっつってんだろッ!?」

紅陵さんが、怒っている。

…嘘、あそこにいるのは、氷川組?
氷川組長は紅陵零王を引き入れるつもりだ、と氷川さんも雅弘さんもそう言っていた。極道になれと言われたのなら、あの二人は氷川組と見ていいだろう。

思わぬ大声を聞いて私が硬直している間に、誰かが階段を下りてきていた。

しまった、気づかなかった。
スーツを着た二人組だ。

…ああやっぱり。
胸元に、氷川組の組員バッジが付いている。
この人たちは氷川組だ。

二人は私に気づくと、顔を凝視してきた。

「…………いいな。囲うわ俺」
「バカ野郎、服見ろ服」
「チッ、学生か。おい坊主、お前名前なんだ」
「…………」

答えてはいけない。

だって、中学の時に少しだけ聞いたんだ。
氷川組の中には、根谷組の下につくことに不満を持つ人が、少人数だけど、居るって。もし目の前の人たちがそうなら、簡単に私のことを言ってはいけない。

調べたら私の名前くらい分かるだろうけど、自分の口から情報を漏らさないことは大事だろう。
自衛は必要だ。

雅弘さんは私の保護者だから、私に何かあったらあの人が不利になる。極道同士の戦いには入れないのだから、せめて足を引っ張らないように動かねばならない。

「おい、名前だ名前。答えろ」
「…答えたくありません」

でも、怖い。
お屋敷の人で怖い見かけの人に慣れたといっても、お屋敷のあの人たちは私を慮ってくれるし、何年も一緒に暮らしたから仲良くなれたんだ。
目の前の人は違う。根谷組の子分で頭脳派、その程度しか知らない。それだから怖いのもあるけれど、もっと、確かなことがある。


彼らの、左脇だ。
常人なら気づかないような、気にも留めないような小さな膨らみがある。左右の脇をしばらく見比べて漸く分かるような、そんな膨らみ。





あの中身は、小学生の時に見たことがある。
小学生の時、一度だけ見てしまったんだ。

誰かとかくれんぼがしたくて、朝、こっそり部屋を抜け出して、押し入れのような場所に潜んでいた時のこと。

部屋に男の人が二人入ってきた。
私を探しに来たのかな?
でも違ったようで、何やら話をしていた。
お説教かな?そんなことを思うような物々しい雰囲気だった。その様子は、段々おかしくなっていった。
片方の人が泣きながら、何かを懇願していた。もう片方はそれを黙って聞いていた。異様な光景だった。だって、泣き方が尋常じゃなかったんだ。あのお兄さん、そんなに怖い顔で怒ってるのかなあ、大人でもあんなに泣くんだなあ、小学生の私は、そんな呑気なことを考えていた。

それもそのはず。
誰しも、人生の最期となれば、髪を振り乱して、体裁もプライドも投げ捨てて、最期から逃げようと、逃がしてもらおうと懇願するだろう。


すみません
許してください
次は必ずやります
もう二度とこんな失敗はし

パンッ


小さな破裂音、突然止んだ命乞いの声。
ごろんと転がって頭から何かを垂らしている人と、左胸に何かをしまった人。
転がった人の顔が、私の方に向いていた。涙か唾液かも分からない体液で顔をぐしゃぐしゃにした、絶望と焦燥の表情。


その人の目は、どこも見ていなかった。

私の方を見てはいたけど、
その水晶体はまるで人形のようで、
もう、何も見えていなかった。

襖の隙間から見えた、最悪の光景。
私は、あの日のことを、まだ誰にも言えずにいる。




彼らの左脇にあるのは、人の命を奪う武器。



怖くて、仕方がない。
分かっている、今の彼らからしたら私は通りすがりの学生に過ぎない。私にそれを使う理由は微塵も無い。そもそも、私の勘違いかもしれない。裏社会の人たちが常に持ち歩くかなんて、私は知らない。

でも、その存在を知っているから、それを使って出来ることを実際に見てしまったから、
怖い。


どうすることも出来ず、無言を貫いていると、再び階段を下りる音が聞こえてきた。先程見えたベランダにはこの階段しかないはず。ということは、この足音は紅陵さんのものだ。

「おい、なんでテメェら帰ってねぇんだ。そこに居るってことは、ソイツ…バーの客だろ。客に絡んでんじゃ……………」

紅陵さんは、二人組が話しかけていたのが私だと知らずに話していた。だけど、私だと分かった瞬間、表情も体も固まった。

だがそれも一瞬のことだった。
俊敏な動きで側にあった角材に手を伸ばそうと・・・した。掴もうとして、寸前で止まっている。彼の目は私を見つめていた。

『もうそういうの止めるから』
『好きな子が嫌がることは、誰だって止めるだろ?』

あれだ、あの言葉が、彼を今止めているんだ。

だが、尋常ではない怒りを感じる。
目が細くなる…猫のように、翠の部分だけが狭まっている。今までに見たことの無い目だ。無表情で目を見開くその姿は、獲物を仕留める瞬間を狙う猫科の生き物のようだった。

恐ろしく細くなった目は二人組を捉えている。
だが二人組はたじろぐことなく、逆に、紅陵さんを見て嘲るように笑い出す。
そして、言葉を残して去っていった。

「お前、やっぱりこっち側だな」
「………」


紅陵さんは、何も答えなかった。

もしかしたら、答えられなかったのかもしれない。



そうじゃない、俺は違うって、言って欲しかった。

そう思うのは、私のエゴかな。
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