皆と仲良くしたい美青年の話

ねこりんご

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黒の帳 『一つ目の帳』

紅陵さんの抱えるもの

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扉に背をつけて黙り続ける私を、紅陵さんはじっと見ていた。
私も、紅陵さんも、言葉を発さない。
私たちの間には、壁がある。
見えないけれど、とっても分厚い壁。

私の体に、まだ恐怖が残っている。先程まで、人の命が奪える物、それを持った人がそこに居たんだ。
怖くて、仕方がない。
ソレを私に向けて、人差し指を、少し引くだけで、私は、物言わぬ人形のように転がってしまう。

私の体が震えだし、それを見た紅陵さんは、私を抱きしめてくれた。

「…………怖かったな、ごめん。アイツらはクロちゃんが関わるような奴らじゃない。裏社会の、ヤベー奴らだ」

紅陵さんは悪くない。謝る必要だって無い。
それなのに、どうしてこの人は謝るんだろう。

…この人は知らない。
私が極道の関係者であることも、人が銃で殺されたところを見たことがある、ということも。
明かした方が、いいのだろうか。番長の氷川さんは当然のように知っているけど、紅陵さんには伝えていなかったみたいだ。

「…なあ、俺の声、聞こえちゃった?結構大声だったと思うんだよな」
「…………聞こえました」

嘘をつく必要は無い。

「極道に、なるつもりはない、って」
「………………俺の話するって言ってたよな、今、ここで話す」

紅陵さんは、私を落ち着かせるようにとんとんと背中を叩きながら、ぽつり、ぽつりと話し始めた。



「……俺の家族からだな。俺の家族は、姉貴が一人、それだけだ。親は俺が二歳、姉貴が二十二の時に、交通事故で両方死んだ」
「…………そんな」
「だから俺、親の顔はもう写真でしか分からない。…だって思い出せねえもん」

私も親が居ないです。そう、言いそうになった。でも、一生懸命抑えた。言わないことが正解だと思ったからだ。
だって、無いものを羨ましいと思うことより、あったものを失う方が辛いに決まっている。私と彼の境遇は違う。私も、なんて言葉は、絶対使ってはいけない。

「…父親はイギリス人、母親は日本人。俺の見た目は親父にそっくりって、親の知り合いはみんなそう言う。んで、姉貴は、髪が黒で目は緑なんだ。だから、俺は姉貴とお揃いのこの目が大っ…好きなんだよ。だって、一人しかいない家族だぜ?…シスコンだなんて呼んでくれるなよ」

そう言って紅陵さんはクスクスと笑った。

「クロちゃんに初めて会った日、褒められて、めちゃめちゃ嬉しかった。皆真っ先に髪のこと褒めるけど、この髪のせいで仲間外れにされたことなんかザラにあるしな。生まれつきくるっくるなせいでパーマかけてるみたいに見えるし、手入れメンドイし、この髪が大嫌いだった。いじめられなくなった今だって、あんまり気に入ってない。でも、染めないのはなんでだと思う?」

急に問いかけられた。
なんだろう、やはり、親の遺伝だからだろうか。

「…お父さんに似ているから、ですか?」
「ん。俺は正直覚えてないから別にいいじゃんって思ったんだけどな?
でも、姉貴が言うんだよ。お父さんと、同じ色だね、目も私と一緒、貴方はありのままで居てね、って。俺は二年しか一緒に居なかったけど、姉貴は二十二年だ、今の俺だってまだその年じゃない。そんなに長く親と暮らしてたんだぞ?
俺はただでさえ父親に似てるって言われてる上に、髪の色も目の色も同じだ」

紅陵さんはそこで言葉を切り、私の肩に頭を埋めようとした。
身長差のせいで項垂れてる姿勢になってしまっている。私が、肩に頭を乗せてあげられるような身長だったらな。
自分の身長を恨めしく思った私は、肩を貸す代わりに、手で紅陵さんの背中をさすった。

「…そんなの、染めらんねーじゃん?親が死んだ時、姉貴、就職決まってめっちゃ忙しかったのに、小っこい俺の世話を引き受けてくれたんだ。親戚が引き取るって言ったけど、たった一人の家族だって言って聞かなかったんだってよ。…男気ありすぎだよな。その時の姉貴のダチは、今でも仲良いんだ。この前のカフェの東雲店長とかはそうだな。俺が小さい時は、会う度に手作りのお菓子くれてさ。姉貴には糖分摂りすぎって怒られたな~」

紅陵さんはまた笑った。家族のことを話す、いや、お姉さんのことを話す紅陵さんは、安堵の表情を浮かべている。家族が、大好きなんだなあ。

そこまで話すと、紅陵さんは静かになった。
私も、少し聞いていいだろうか。

「お姉さんは、今どうしているんですか?」
「アパレル系のイギリスの本社で、バリバリのキャリアウーマンやってる。毎月生活費振り込んでくれんの。でも、全然帰ってこねぇんだ。毎年手紙が二通くるだけ。一枚はあけましておめでとう、もう一枚はメリークリスマス。……俺、ガキじゃねぇのに」

紅陵さんの言葉は矛盾している。
帰って来ないことに不満を露にしたその姿は、子供らしい。でも、もう子供ではないと本人は言い張っている。
…可愛いな。
私は自然と笑顔になっていた。紅陵さんはそんな私を見て、慈しむような目を向ける。
そして、深呼吸し、再び話を切り出した。

「…んで、こっからが不良の俺の話な。聞いてられなくなったらすぐ言ってくれ。怖がらせたくないからな」
「……はい、分かりました」
「………番長の、氷川…あー、えっと、…たける?」
「氷川涼さんです」

氷川さんの名前、やっぱり覚えてないのか。

「そうそう、氷川涼。アイツ実はさ、…ご、極道の氷川組の、一人息子なんだ」
「……噂で、何となく知ってました」

氷川組の上の根谷組の組長から直接聞きました。
だが、まだ言うべきじゃない。紅陵さんの話を最後まで聞いてからにしよう。

「だからアイツ、俺の今までやった暴力沙汰とか、全部隠蔽出来んの。……俺、キレると、何にも考えられなくなっちまってさ。中学の時、それ繰り返して喧嘩ばっかしてて、その時に番長に会ったんだ」

感情を制御する方法は、無かったんだろうか。

「……我慢しなくていい、人の見た目の悪口なんか言うやつは痛い目を見て当然だ、番長はそう言ってた。今思ったら、俺誘導されてたんだな。それに、番長も最初は俺を極道に引き入れるつもりだったらしい」

なるほど、諭してくれる人が居なかったのか。
寧ろ、誘導されてしまったと。それなら方法が見つけられなかったのも頷ける。

「でもアイツ、俺と居るうちに気づいたんだって。紅陵零王は僕の手に負えない、こいつを引き入れたらいつか絶対蹴落とされる、でもそう思った頃には、遅かった。氷川組に頼りすぎてたからじゃない。氷川組とは別の場所で、とんでもないことが起こってたからだ。それさえなきゃ、俺は…」

そこで言葉を切った。
何かを我慢するように、震えている。

「俺には………許せない奴がいる」
「……誰ですか?」
「氷川組には、上がいる。根谷組っていうバカでかい組織があって、氷川組はその右腕。んで、氷川組は、根谷組を狙ってる。俺が中学の時、それで氷川組も根谷組もバタバタしてた。今は休戦…みたいな感じだ。氷川組は根谷組が気に入らないけど、根谷組が一番でかいから抜ける訳にはいかねぇんだよ」

氷川組のことを語るのなら、根谷組も出てくる。私の保護者、雅弘さんが率いる組だ。

…許せないやつって、誰だろう。
雅弘さんだったら、どうしよう。

「氷川組の組長は、根谷組の組長が身を引くのを待ってる。今の組長はもう爺さんだからな。んで、爺さんは跡継ぎを探してた、…探してたんだ」
「どうなったんですか?その跡継ぎは…」
「………その爺さん、昔…養子を跡継ぎにするって言ってたんだ」

ばく、と、心臓が跳ね上がった。
養子は、私一人だけだ。

「養子を引き入れたらしいんだがな?」

私の、ことだ。

「その養子がなる予定だったのに、急に止めるって言いやがったんだよ。それが、さっき言ったとんでもないことだ。何でも本人が嫌がったんだとか?」

覚えている。

雅弘さんは、一度だけ、冗談のように軽く私に聞いたんだ。確か、中学二年生の時だった。

『鈴、極道の道を進む気はあるか?』
『…申し訳ないですけど、無いですね』
『そう言うと思ったよ』

あの、会話か。



「そのせいで、アホな氷川組が好機だと捉えやがった。氷川組は、根谷組に俺を入れるつもりだ。…意味、分かんねぇよな。俺、ただの、こ、高校生だぜ?へへっ…」

紅陵さんは、震えている。
声も、体もだ。


「何でだよ、何で、俺が、入らなきゃいけないんだよ。だって、氷川組に頼った時、まだ引き返せたんだ。金は大人になって稼いでから返したらいいって番長は言ってたし、高校生になる頃には俺の起こす事件だって段々少なくなってきたんだ。今まで酷いことしちまった奴にだって、謝っても謝りきれねぇけど、謝りにいってる。謝るのも、償うのも…当然のことだけどな」

紅陵さんは、私の顔を見て、苦しそうに笑った。

「…俺、クロちゃんのおかげで、完全に止められそうなんだ」

笑顔が消え、苦しみだけが浮かぶ。

「その養子が、頷いたら良かったんだよ。そしたら俺は、こんな目に遭わずに済んだんだ」

そして、次に浮かんだのは、恨み。

「ソイツのこと、ぶっ殺してやりてぇ。殴ってでも、極道になるって言わせてやりてぇ。そもそも極道の養子だぞ?そうなるのは分かってただろ、何で引き取られたんだよ。そいつの自己責任なくせに、いざその時になったら、極道にならない、だァ?
馬鹿だ、クソ野郎だ」


「ソイツが俺の、許せない奴なんだよ」


心臓が、うるさい。

こんなにうるさかったことがあるだろうか。

体の震えもとまらない。




紅陵さんは、震える私を抱きしめてくれた。


「……ごめんっクロちゃん。怖かったなら言ってくれよ。大丈夫、俺が憎いのはその養子なんだって、クロちゃんじゃない。ごめんな~怖いとこ見せて」



ちがう、ちがう。

私が、その養子なんだ。



「実はな、根谷組の組長の名前、雅弘って言うんだ。クロちゃんの保護者が雅弘って聞いた時、もしかして?なんて思ったけどさ、フツーに考えたら紫川って名字だから有り得ないわ、ははっ!」


違う。

根谷雅弘は、私の保護者で、
私は、貴方が憎いと言った、養子。

私は、根谷鈴になる予定だったけれど、
雅弘さんは、それじゃあ嫌だろう、
親の残してくれた唯一のものだろう、と、
私の要望通り、
元の名前のままにしてくれたんだ。

あの日、私が捨てられた日、
幼い私に添えられた紙にあった、紫川鈴というその名前のままに。

だから、私と雅弘さんの名字は違うんだ。
貴方の言う雅弘さんは、根谷雅弘。
貴方の言う、養子は、私…紫川鈴、だ。


「なっ、ク~ロちゃんっ!」


私に向けた顔は、いつもの笑顔。うっとりとした、砂糖を煮つめたような、甘い甘い顔。

燃えるような赤、生まれつきのスパイラルパーマ、顔にさらりとかかった、父親譲りの美しい髪。
宝石を思わせる、姉とお揃いで父親譲りの、煌めく翡翠の瞳。
そして、恐らくこの、日本人らしい顔立ちは、母親譲りなんだろう。

私だけに向けられている、その顔は、愛情たっぷりで甘ったるく、見ているだけで胸焼けしそうだ。



「………」


言うべきだ。

私が拒否したせいで、貴方を酷い目に遭わせてしまった。
私が根谷組に入れば、それで全て解決する。
私が何かをすれば、きっと、貴方はその道に踏み入れずに済む。

真実を伝えるべきだ。
この機会を逃したらダメだ。



「……あ、当たり前じゃないですか!
雅弘さんの名字は根谷じゃないですよ」


逃したら、ダメだ。
ダメ、なのに、


私には、言えない。

私は、言えなかった。



「雅弘さんは気のいい おじいさんなんですよ。ちょっと過保護ですけどね」


彼の目は、彼の表情は、彼から向けられる感情は、彼からもらえる愛情は、彼の隣は、彼の傍は、
寂しがり屋の私にとって、
余りにも心地良い。


「それにしても、お辛いでしょうに、紅陵さん…」


私は、どの口で紅陵さんを慰めているんだろう。
彼を苦しめているのは、過去の私の選択のせいだというのに。


今まで生きてきた中で、人生で、
最悪の嘘をついてしまった。

私は紅陵さんに、本当のことを言えなかった。
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