消えたい神様と三百年の眠りから覚めた生贄

碧月あめり

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手懐ける才能

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「美味そうな匂いだな」

 由椰が料理をしていると、炊事場の入り口から烏月が顔をのぞかせた。

「なにを作っている?」
「鶏団子のお鍋ですよ」

 ぐつぐつと煮立ち始めた鍋の中に野菜やきのこを入れながら由椰が振り返ると、烏月がそろそろと台所に入ってきた。そうして由椰の隣に立つと、ほかほかと湯気の立つ鍋を横から覗き込んでくる。

「……、モチは入れたか?」

 ボソリとつぶやく烏月に、由椰が首をかしげる。

「烏月様は、鍋にお餅を入れるのがお好みですか?」
「鍋に入れなくても、モチは好きだ。甘く味をつけたのも、そうでないのも」
「そうなのですね。では、お餅もあとでいれましょう。あまり早くいれると溶けてしまうので」
「そうか……」

 烏月は由椰の言葉におとなしくうなずくと、鍋のそばから離れて小上がりに軽く腰かけた。そこで腕組みしながら、何をするわけでもなく由椰が料理するのをぼんやりと眺めている。そんな烏月に、由椰は料理を続けながら話しかける。

「甘く味をつけたお餅がお好きでしたら、ぼたもちはどうですか?」
「ぼたもちは、供物の中にあることが多くてよく食った。今まででいちばんうまかったのは、三百年ほど前に神無山に備えられていたぼたもちだな。力の弱った伊世を見舞ったときに分けてもらったが、うまかった」

「そのぼたもちに敵うかはわかりませんが、私もぼたもちは得意です。今度、泰吉さんに小豆を運んできていただいてお作りしますね」
「ん……」

 烏月の返事は短く素っ気ないが、由椰の申し出をいやがっているというわけではなさそうだ。

 大鳥居の外へと抜け出した由椰を屋敷に連れ戻して以来、烏月はこんなふうに気まぐれに由椰の前に姿を現すようになった。

 由椰が泰吉が人里から運んできた食材で料理をしていると、音もなくふらりとやってくる。そして料理ができあがると、和室の座卓に座って食事をとっていく。どうやら烏月は、「消えたいと願わないでほしい」という由椰との約束をきちんと守ってくれているらしい。

 由椰はそのことがとても嬉しかった。 

「烏月様、味をみていただいてもいいですか?」

 小さなお椀に鍋の汁を少し掬うと、小上がりに座る烏月に運ぶ。烏月は差し出されたお椀を無言で受け取ると、そこに入っていた汁を一気に飲み干した。

「いかがですか?」
「……、うん」

 金色の目をわずかに細めてうなずくその顔を見れば、味は悪くないらしい。

「ありがとうございます」

 お椀を受け取りながら由椰がふっと微笑むと、烏月が少し顔を背けて目を伏せた。そのとき。

「ただいま戻りました!」

 廊下を騒がしく駆ける足音が聞こえ、泰吉が炊事場へ飛び込んでくる。

「烏月様も来られてたんですね。ただいま戻りました」

 勢いよく炊事場に入ってきた泰吉は、小上がりに座る烏月に気付くと一歩身を引いて恭しく頭を下げる。

「おかえりなさい、泰吉さん」
「今日も大量だな……」

 由椰と烏月が声をかけると、泰吉は嬉しそうににこにことした。

「はい。今日は特にいいものがいろいろ手に入ったので。由椰様。今日は野菜や肉のほかに、葡萄を持ってきました。それから、こんなものも……」

 泰吉がにこにこしながら、白い紙箱を烏月の座る小上がりの畳の上に置く。

「これは何ですか?」
「開けてみてください」

 泰吉に言われて由椰が箱を開けると、中には赤や紫や黄色の果物が載った西洋菓子がいくつも入っていた。つやつやと光る果物は宝石のように美しい。

「綺麗ですね。まるで宝箱を開けたようです」

 きらきらと目を輝かせる由椰を見て、泰吉がククッと笑う。

「これはケーキですよ」
「ケーキ……?」

「甘くてとてもおいしいものです。おやつの時間や食事のあとのデザートとして食べるんですよ」
「そうなのですね。昨今の人里には、綺麗でおいしそうなものがたくさんあるのですね。このまえ、泰吉さんが持ってきたくださったパンもおいしかったです」
「それはよかったです」

 泰吉が人里から持って帰ってきたものを見せてもらっていると、風音と風夜がやってきた。

 由椰が大鳥居の外に出て以来、風音が由椰のそばを離れることはなかったが、今日は風夜とともに実家に呼ばれて烏月の屋敷を離れていたのだ。

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