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烏月・Ⅱ
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しおりを挟む『変化はなかったか?』
烏月は、祭りで三百年前に縁の合った男と再会した由椰に訊ねた。だが、実際には由椰が来てから「変化」があったのは烏月のほうだ。
由椰が捧げてくれる供物や祈りを受け入れるようになったのも、本来は体には必要のない食事を泰吉や風夜と共にとるのも。
ずっと拒絶してきた人里に降りたのも、他の土地の神の祭りに出かけようという気になったのも、全て由椰がいるからだ。
特に、由椰と出かけた祭りの夜はとても楽しく、烏月は自分が「消えたい」と思っていたことを忘れていた。
由椰をいつか人の世に戻さなければいけないという考えも、頭の中から消えていた。見るもの全てに目を輝かせる由椰が可愛く思え、望むものは惜しみなく与えてやりたくなった。
だからこそ、祭りの帰りに三百年前の由椰を知る男が現れたときは焦った。
目の前の男が由椰に人の世への未練を思い起こさせ、烏月の前から連れ去ってしまうのではないかと思ったのだ。
『心配するな。お前が気に病まなくとも、由椰はおれの元で日々健やかに過ごしている』
烏月がつい男を牽制するようなことを言ったのは、ふいに胸を襲ってきた不安と嫉妬心。烏月は、一時的に世話をしているだけだと思っていた由椰に、そんな感情を抱いていることに驚いた。
だから――。
『烏月様は、私が輪廻の流れに戻ることをお望なのですよね……』
『そのほうが、お前もしあわせになれる』
泣きそうな声で確かめてきた由椰に答えた烏月の言葉。あれは、半分は烏月の本心で、もう半分は由椰を前にして揺れてしまいそうになる自分への戒めだ。
散らかったままの座卓に肘をつくと、烏月はため息を吐く。祠の前の由椰は今もなお泣いているらしい。身体に入り込んでくる冷たい空気が、烏月の胸を苦しくさせる。
さっきよりも深いため息をついた烏月の視界の端で、水槽の金魚が尾鰭を揺らす。赤と黒の金魚はときどき寄り添ったり、離れたりしながら、水中で心地良さそうに揺蕩っている。
『ここに想いのあるものを残していってはいけない』
そう言いながら、祭りの金魚を由椰が世話する条件で屋敷に持ち帰らせたのは烏月だ。
想いのあるものを残すなと言いながら、烏月自身が想いの残るものを由椰のために屋敷に持ち込んでいる。
矛盾する自分の行動と、変化していく気持ちに、烏月は途方に暮れていた。
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