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3.長雨のあと
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しおりを挟む「竜堂家は、ほんとうに龍の眷属からはずされてしまったのですね……」
葵が小さくつぶやくと、神主が怪訝な顔になる。
「ほんとうに、とはどういうことでしょう。昨日の一件については、葵様がなんらかの力を働かせて章太郎様に雷を落とさせたのだとシノさんから聞いています。あなたにはなにか特別な力が備わっているのですか」
責めるように立て続けに問い詰められて、葵は困って眉をさげた。
「いえ。わたしにはただ、一つ目の龍神様の姿が見えるだけです」
「姿が見える――?」
「はい。離縁の雨が十日も降り続けていたのは、龍神様がわたしとの離縁を迷われたからです。けれど昨日、わたしを花嫁としてここに置いてくださると約束していただきました」
葵の言葉に、神主がひくっと頬を引きつらせた。
「なるほど。ではあなたは、ご自分がまだ龍神様の花嫁だとおっしゃるのですね……それは困りました。あなたをお預かりするのは、十六の誕生日までという約束でしたのに」
「それは……、もうここへは置いていただけないということですか」
「竜堂家の後ろ盾がなくなれば、あなたをお預かりする理由もありません。あなたがほんとうに龍神様が見えていて、特別な力をお持ちであるというのなら別ですが……なんの力もないのでしょう。すぐに出て行けとは申しません。なるべく早く、荷造りを進めてください」
冷たくそう言われて、葵は反論できずに口を噤んだ。
マキノと同様、神主も、龍神が見えるという葵の話を信じていないらしい。
(こんなとき御蔭がそばにいてくれれば……御蔭に会いたい……)
優しく葵を見つめる空色の瞳。それを思い出してせつない気持ちになったとき。
「私を呼ばれましたか」
ふいに、そばで耳慣れた声がして、葵はビクリと肩を震わせた。
さっきまで何の気配も感じなかったはずなのに、いつのまにか御蔭が隣に座っていたのだ。
「御蔭……どうして、ここに?」
「すぐに会いにくると約束したでしょう」
横に流した前髪の隙間から覗く青の瞳が、ふっとゆるむ。
驚きはもちろんあったが、御蔭の穏やかでゆるりとした声が、それ以上に葵を安堵させた。
「あなたに会えてよかったです。でも、わたしはもうここには居られないかもしれません……」
「葵様……? いったい、どなたとお話を?」
そう言って目を伏せる葵の姿に、神主が訝しそうに首をかしげた。
御蔭の姿は、やはり葵にしか見えていないらしい。
ここで、一つ目の龍神様がそばにいるのだと伝えたとしても、きっと信じてもらえないのだろう。
「あなたがここから追い出されてしまうのは困りますねえ。無事に祝言を終えるまでは、もう少しここにいていただかなくてはならないというのに」
途方に暮れる葵の隣で、御蔭が顎に指を添えながら「うーん」と唸る。けれどあいかわらずのんびりとした御蔭の声からは、少しも深刻さが窺えない。
神主を見つめて目元を緩ませる御蔭は、むしろこの状況を楽しんでさえいるようだった。
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