離縁の雨が降りやめば

碧月あめり

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3.長雨のあと

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「御蔭……」

 神主たちに怪しまれないように囁き声で名前を呼ぶと、御蔭が膝に載せていた葵の右手に左手を重ねた。

 御蔭がその手を持ち上げて、口元に近付ける。

 温度の低い御蔭の唇が右手の甲に触れ、身体から飛び出してしまうのではと思うくらい、葵の心臓はドクンと大きく跳ね上がった。

 右手を宙にあげて、頬を真っ赤に染めた葵の姿は、神主やマキノの目には不審に見えるに違いない。

 けれど、通常時に比べて暴れる心臓の音も頬の熱も葵にはうまく制御できない。そんな葵に、御蔭がふっと微笑みかけてきた。

「昨日のように私が彼らの前に人の姿を見せられればいいのですが、この頃ちょっと力を使い過ぎていまして。今から起こることは、あなたが龍神の力を借りて起こした。そういうことにしてしまいましょう」

 そう言いながら、御蔭が葵の手首を持って前へと突き出させる。

「なにが起きても堂々と。背中を伸ばしていてください」

 意味ありげに目を細める御蔭の言葉を測りかねる。次の瞬間――。

 バリバリッとものすごい音がして、客間の格子窓の外に雷が落ちた。今日の空は朝から雲ひとつなく、青く澄んでいるというのに。

「今のはいったい……」

 慌てて立ち上がった神主が、格子窓のそばに駆け寄って葵を振り返る。

 客間の外に控えていたマキノのも、驚くべき光景にぽかんと口を開けて茫然としていた。

「御蔭……?」

 不安な面持ちで隣を見る葵に、御蔭は神様然とした余裕のある笑みを返してきた。

「葵。これから私が言うことを、あの男に伝えていただけますか」

 葵が小さく頷くと、御蔭がおだやかな声で話し始めた。

「昨日の雨のあと、わたしは正式に龍神の花嫁となりました」
「『昨日の雨のあと、わたしは正式に龍神の花嫁となりました』」

 取りこぼさないようによく気をつけながら、葵が神主に向かって御蔭の言葉をそのまま復唱する。

「美雲神社の龍神、天之御影神は――」
「『美雲神社の龍神、天之御影神は――』」
「竜堂家を眷属からはずすのと同時に、わたしに力の一部を与えました」

 最初はそんなふうに御蔭の言葉を繰り返していたのが、途中から、葵の話し口調や言葉がなぜか不思議と御蔭に重なっていった。

「新たな花嫁は迎え入れず、わたしをこのまま龍神の花嫁として美雲神社にとどまらせること。それが天之御影神の意向です。この意向を汲むのなら、今後も美雲神社は護られます。ですが、もし――」

 まるで御蔭と一心同体になったかのように、とてもなめらかに唇から言葉ば紡がれていく。

「もし、あなた方がこの意向を無視するとなれば――」

 見えない糸で操られるかのように葵が右手をすっと持ち上げたとき、神主の顔が青ざめた。

 外に落ちた雷。あれが昨日の章太郎のように自分の上に落ちてくるところを想像したのかもしれない。

「わ、わかりました……龍神様のご意向を受け入れます。葵様はこれからもずっとここに……いつまででもいていただいてかまいません」

 神主のその言葉を聞いた瞬間、葵の肩からふっと力が抜けたような気がした。

「それを聞いて安心しました」

 葵の隣で、御蔭がおだやかに頷く。その言葉を、葵はもう復唱はしなかった。きっともう、その必要はないだろうと悟ったから。

 葵との話を終えた神主は、少しふらつきながら立ち上がると、マキノに見送られて民家の外へと出て行った。
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