離縁の雨が降りやめば

碧月あめり

文字の大きさ
24 / 74
4.池の邸宅

しおりを挟む

 御蔭とともに家を出た葵は、美雲神社の庭の池へと向かった。

 池にかかる太鼓橋を中ほどまで渡ると、御蔭が足を止めて着流しの袖に手を入れる。そうして、そこから取り出したものを濁った池の水面に放り投げた。

 散らばったそれらが、太陽の光に反射して水面できらめく。一瞬、鯉の餌かと思ったが、どうやら少し違うらしい。

 餌を投げると群がってくるはずの鯉が、なぜか今は一匹もおらず、池は静けさを保っている。

「御蔭、あれは……」

 きらきら輝くものを見ようと葵が太鼓橋の欄干に手をかけたとき、突然、池の表面が大きく波打った。次の瞬間、水面できらめいていたものが一ヵ所に集まり、小さな和舟へと変化する。

 世にも不思議な現象に目を丸くしていると、御蔭が葵の手をとった。

「さあ、行きましょうか」 

 耳元で誘われてなにか聞き返すこともできないままに、葵は舟に乗せられた。櫂も漕ぎ手もいないその舟は、御蔭と葵を乗せて池の中央に向かって進む。けれど途中で、ゆるやかに下へと沈み始めた。

「御蔭、この舟転覆しそうだわ……」

 不安に駆られた葵が御蔭の着流しの袖を引っ張っても、彼のほうは少しも動じない。

「心配ありませんよ。すぐにつきますから」
「すぐってどういうこと……?」

 訊ね返したとき、葵たちをのせた舟がずずっと一気に池の中へと引っ張られた。

 なにが心配ないのだろう。このままでは、確実に池で溺れてしまう。

 恐ろしくなった葵は、御蔭の背中にしがみついて目を閉じた。そのあいだも、舟がずずっと下へと引っ張られていく感覚が伝わってきた。

 水の中で、呼吸はどうすればいいだろう。

「怖がらなくても大丈夫ですよ。どうぞ目を開けていてください」

 固く目を閉じて息を止めた葵の肩に、なにかが触れる。

「葵」

 やさしく呼びかけられて葵が薄目を開くと、御蔭の微笑む顔がぼんやりと見えた。

 池に沈んだはずなのに、御蔭の声が平常と変わりなく聞こえるのが不思議だ。それに、呼吸が少しも苦しくない。

 おそるおそる目を開けてみて、葵は信じられない光景に茫然となった。

 深い緑に濁っているように見えた池の中は、真昼の太陽の光に照らされているのかと思うほどに明るい。

 上を向くと、ちょうど葵の頭の上を真鯉が一匹通過していくところだった。

 葵の顔よりも大きな黒の鯉は、体をゆったりと左右にくねらせながら悠然とした態度で泳いでいく。

 その上に見えているのが、おそらく池の水面。太陽の光が反射して、つい目を細めてしまうほど明るくまばゆい。

 葵は、ほんとうに美雲神社の庭の池の中に来たのだ。

 それだけでも信じられないが、正面に顔を戻した葵は、さらに驚くべきものを目にした。

 前に立つ御蔭の向こうに、大きな邸宅が見えたのだ。

 美しい白壁に、赤や黄色や橙色に輝く大きな屋根。和風とも洋風とも言い切れない、風変わりな見た目の家だ。

「ここは……」
「私の家です」
「普通に呼吸もできるけど、池の中……なのよね?」
「そうですよ」

 いまだに少し信じられずにいる葵に、御蔭が頷いた。

 庭の池の中に、こんな立派な邸宅があったとは驚きだ。

 唖然と口を開く葵と御蔭を乗せた舟は、少しずつ邸宅の入り口へと近づいていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

遊鷹太
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...