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4.池の邸宅
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しおりを挟む御蔭とともに家を出た葵は、美雲神社の庭の池へと向かった。
池にかかる太鼓橋を中ほどまで渡ると、御蔭が足を止めて着流しの袖に手を入れる。そうして、そこから取り出したものを濁った池の水面に放り投げた。
散らばったそれらが、太陽の光に反射して水面できらめく。一瞬、鯉の餌かと思ったが、どうやら少し違うらしい。
餌を投げると群がってくるはずの鯉が、なぜか今は一匹もおらず、池は静けさを保っている。
「御蔭、あれは……」
きらきら輝くものを見ようと葵が太鼓橋の欄干に手をかけたとき、突然、池の表面が大きく波打った。次の瞬間、水面できらめいていたものが一ヵ所に集まり、小さな和舟へと変化する。
世にも不思議な現象に目を丸くしていると、御蔭が葵の手をとった。
「さあ、行きましょうか」
耳元で誘われてなにか聞き返すこともできないままに、葵は舟に乗せられた。櫂も漕ぎ手もいないその舟は、御蔭と葵を乗せて池の中央に向かって進む。けれど途中で、ゆるやかに下へと沈み始めた。
「御蔭、この舟転覆しそうだわ……」
不安に駆られた葵が御蔭の着流しの袖を引っ張っても、彼のほうは少しも動じない。
「心配ありませんよ。すぐにつきますから」
「すぐってどういうこと……?」
訊ね返したとき、葵たちをのせた舟がずずっと一気に池の中へと引っ張られた。
なにが心配ないのだろう。このままでは、確実に池で溺れてしまう。
恐ろしくなった葵は、御蔭の背中にしがみついて目を閉じた。そのあいだも、舟がずずっと下へと引っ張られていく感覚が伝わってきた。
水の中で、呼吸はどうすればいいだろう。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。どうぞ目を開けていてください」
固く目を閉じて息を止めた葵の肩に、なにかが触れる。
「葵」
やさしく呼びかけられて葵が薄目を開くと、御蔭の微笑む顔がぼんやりと見えた。
池に沈んだはずなのに、御蔭の声が平常と変わりなく聞こえるのが不思議だ。それに、呼吸が少しも苦しくない。
おそるおそる目を開けてみて、葵は信じられない光景に茫然となった。
深い緑に濁っているように見えた池の中は、真昼の太陽の光に照らされているのかと思うほどに明るい。
上を向くと、ちょうど葵の頭の上を真鯉が一匹通過していくところだった。
葵の顔よりも大きな黒の鯉は、体をゆったりと左右にくねらせながら悠然とした態度で泳いでいく。
その上に見えているのが、おそらく池の水面。太陽の光が反射して、つい目を細めてしまうほど明るくまばゆい。
葵は、ほんとうに美雲神社の庭の池の中に来たのだ。
それだけでも信じられないが、正面に顔を戻した葵は、さらに驚くべきものを目にした。
前に立つ御蔭の向こうに、大きな邸宅が見えたのだ。
美しい白壁に、赤や黄色や橙色に輝く大きな屋根。和風とも洋風とも言い切れない、風変わりな見た目の家だ。
「ここは……」
「私の家です」
「普通に呼吸もできるけど、池の中……なのよね?」
「そうですよ」
いまだに少し信じられずにいる葵に、御蔭が頷いた。
庭の池の中に、こんな立派な邸宅があったとは驚きだ。
唖然と口を開く葵と御蔭を乗せた舟は、少しずつ邸宅の入り口へと近づいていく。
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