離縁の雨が降りやめば

碧月あめり

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4.池の邸宅

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 舟が入り口の扉の前に着いたとき、あたりに漣が起こった。

 葵と御蔭の着物の袖を掠めるように泳いでやってきたのは、紅白の柄がひときわ美しい錦鯉。

 御蔭と太鼓橋から餌をやっているときに見かけるのは黒の真鯉がほとんどだった。なかには白に少し赤が混ざったものや黄色のものもいたが、こんなにも美しい模様の鯉が紛れていたことには気付かなかった。

 ぼんやりと見惚れていると、紅白の錦鯉は葵の目の前で頭を上にしてゆっくりと回るように泳いだ。

 そうするうちに錦鯉の紅白の模様が水に溶けるように変化していき、緋色の着物の女性が現れた。

 色白な肌に大きな黒の瞳が印象的でかわいらしい。腰のあたりまで伸ばした長い髪は、御蔭と同じ白銀だ。

(鯉が人に変化した……?)

 葵が目を瞬いていると、緋色の着物の女性が水の中を泳ぐように跳ねて御蔭の胸に飛び込んだ。

「え……」
「おかえりなさいませ」

 驚きと少しの不快感の混ざった葵の声が、彼女のほがらかで明るい声に掻き消される。

(この方はいったい……)

 葵が御蔭に疑いのまなざしを向けたとき、

「すみません、兄様。葵様へのご挨拶が先でしたね」

 緋色の着物の彼女がハッとしたように御蔭を見上げた。

「できれば、そうしてもらえますか。このままでは、私が花嫁に誤解されてしまうので」
「まあ、それは大変だわ」

 口元に着物の袖をあてる彼女の仕草は可愛らしい。それに、ずいぶんと御蔭と親しそうだ。

 様子を窺っていると、彼女が長い髪と緋色の着物の袖を翻して葵のほうを振り向いた。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、葵様。私、御蔭の妹の蓮華れんげと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」

 蓮華が少し姿勢を低くして頭を下げる。そうして挨拶を終えると、にこりと人なつっこく葵に笑いかけてきた。

「ようやく葵様とお話することができて嬉しいです。兄様と違って、私は池の中からあなたの姿を見るばかりだったので」
「池の中から?」
「はい。私はまだ若輩者の鯉でして。兄様のような龍にならなければ、自由に人の姿で水の外に出ることができないのです」
「龍になる……?」

 蓮華の話を聞くうちに、葵はなんだか混乱してきた。

 人の姿をして目の前にいる彼女は、自称鯉で。どうやら、龍になりたいらしいのだ。

「私は池の中にしかいられませんが、葵様のことは昔からよく知っております。ご存知でしたか? 葵様が餌を投げてくださるとき、池の鯉たちはみんな浮き足立つのです。実際には、鯉に足はないのですけど。みんな、葵様の手からこぼれたものを口にしたくて、池の水面に必死に顔を出すのです。もちろん私も――」
「蓮華、少しおしゃべりがすぎるようですよ。あまり葵を困らせないでください」

 茫然とする葵をよそに話し続けていた蓮華を、御蔭がやさしく諌める。

「あら、私ってばつい」

 困り顔の葵に気付いた蓮華が、はずかしそうに口元に手をあてた。
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