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4.池の邸宅
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しおりを挟む「きゃっ……」
「も、申し訳ございません! 蓮華様っ!」
小さな悲鳴をあげた蓮華の前に出てきたのは真っ黒な鯉。それが黒い着物の少女の姿に変化して、慌てたように膝をつく。
これまで葵が見てきた鯉たちの着物はみんな色鮮やかものばかりだったのに、少女の着物は漆黒で模様もない。
黒髪の少女は、やや小柄で全身黒一色だった。華やかな色が揺れる池の邸宅の中で、そこだけ異質に思えるほどに。
黒の真鯉は人型に変化できないのではなかったか。
御蔭が葵に言っていたはずだ。
「まあ、澄。いいのよ、顔をあげて。私のほうこそ、ちゃんと見ていなくてごめんなさい」
蓮華が、澄という名の少女の手を取り立ち上がらせる。
葵がぼんやり見ていると、澄が探るような目で見つめ返してきた。
「蓮華様、その方は……」
「葵様よ。まもなく、兄様の正式な花嫁になられるの」
「御蔭様の?」
澄が訊ね返しながら目を見開く。
「そうよ。だからね、澄。あなたはまもなく青嶺神社に帰ることになると思うわ」
澄が、大きな黒の瞳で葵を凝視する。
(わたしの顔、何かついているのかしら)
さりげなく頬を擦ってみたが、とくにおかしなものがついている感じはない。
澄があまりにまっすぐなまなざしを向けてくるので、葵は少し困ってしまった。
助けを求めるように蓮華に視線を向けたとき、ポコポコと泡の弾けるような音が聞こえてきた。
「澄! なかなか来ないと思ったら、こんなところで何をしているの」
ポコポコと大きな泡を立てながら近づいてきたのは、また人の姿をした別の鯉。
葵の世話係のマキノと同じくらいの年頃だろうか。
柿色の着物の袖を揺らすその鯉の女性の体型は、細身の蓮華や澄に比べるとやや丸みを帯びている。
「今日はお客様がいらっしゃるんだから、台所を手伝ってとお願いしていたでしょう」
怒気と呆れとを半分ずつ含んだ柿色の鯉に、澄は萎縮して小さくなった。
「すみません。橘さん……」
「わかったなら、早く行ってちょうだい。人手が足りないんだから」
「はい」
橘という柿色の鯉に追い立てられて、澄がすすーっと人型のまま泳ぐように逃げていく。
廊下の角を曲がった澄の姿が見えなくなると、橘は蓮華のほうを向いて恭しく頭を下げた。
「蓮華様、お目汚しを大変失礼いたしました」
「あなたが謝ることないわ。私が澄を引き止めてしまったのよ。忙しいところを申し訳なかったわ」
「まさか、とんでもない。澄のような者にまでそのようなことおっしゃるなんて。蓮華様はお優しいんですから……」
橘がそう言って顔をしかめる。
御蔭が言うには、水中で人の姿に変化できるのは錦鯉だけだという。
烏のように真っ黒な着物を纏った澄は、もしかすると鯉たちの中で異質な存在なのかもしれない。
葵はつい、そんなふうに邪推してしまう。
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