離縁の雨が降りやめば

碧月あめり

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5.墨色の鯉

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 蓮華が行ってしまうと、橘は使わなかった小道具をてきぱきと長箪笥に片付け始めた。

 声をかけて、なにか手伝ったほうが良いのだろうか。
 それとも、下手に手を出すのはかえって邪魔になるだろうか。

 迷いながら、いつもの癖で着物の袂に手をあてる。そのとき。

「そういえば葵様。さきほどは大丈夫でしたか?」

 長箪笥の前で橘が振り向く。

 橘に行動を見透かされていたような気がして、葵はほんの一瞬ドキッとしてしまう。

「帯を結ぶ直前、苦しそうにされているご様子だったので。締め付けがきつかったでしょうか。加減ができていなかったのなら申し訳ありません」

 けれど、橘はそんな葵を気遣うように頭を下げてきた。

「いえ、橘さんは何も悪くないわ。澄が部屋を出て行こうとした瞬間、どうしてか急に水を飲み込んだように息が苦しくなってしまって……でも、澄がお守りを返してくれたら息苦しさもなくなったの。不思議でしょう」
「そうでしたか……葵様の大切なものを澄にあずけさせた私が迂闊でした。申し訳ありません」
「いいえ、ほんとうに橘さんは悪くないの。今までお守りを肌見離したことがなかったから、わたしが勝手に不安になってしまっただけなのよ」

 苦笑いを浮かべる葵を、橘が神妙な顔でじっと見つめる。葵が首を傾げると、橘がくぐもった声で忠告してきた。

「葵様。今さらこのようなことをお伝えするのは気が引けるのですが、澄には気を付けたほうがよいかと……」
「え……?」
「澄は、もとは青嶺神社の白雪様に仕えていた者なのです。こちらへ来てからもう長く、美雲神社の鯉であるような顔をしておりますが、実際のところはどうでしょう。青嶺神社の鯉だけが持つ香で幻覚を見せることができていろいろと役には立つのですが……この池の鯉の多くは、あの子を完全には信用していません」

 目を瞬く葵に、橘が小声でささやく。

 苦々しげに顔をしかめる橘の話が、葵にはやや情報過多で、すぐには頭で整理しきれない。

 橘が今語っていることは、さっき葵が感じた息苦しさとなにか関係があるのだろうか。

「澄は……なにか特別な力を持った真鯉なの?」
「いえ。澄は錦鯉ですよ」

 葵の問いかけに、橘が不思議そうな顔で答える。

「けれど、澄の体は真鯉と同じで真っ黒でしょう。人の姿に変化できるのは錦鯉だけだと御蔭に聞いたのだけど……」
「池の外から見ると真鯉と区別がつきにくいかもしれませんが、澄は墨色の錦鯉です。蓮華様のような鮮やかな色ばかりではなく、黒や白などの単色のものもいるのですよ。美雲神社ではあまり見かけませんが、青嶺神社には澄のような色の錦鯉が多いと聞きます。白雪様も単色で、美しい白金だとか」
「そうなのね……」

 池の中に来てから何度か耳にしている青嶺神社や白雪のという名前。

 それらや澄は、御蔭や美雲神社とどういう関わりがあるのだろう。
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