離縁の雨が降りやめば

碧月あめり

文字の大きさ
43 / 74
6.水中の蓮

しおりを挟む

「亀のことはともかく……青嶺神社の鯉たちが焚くことができるのは、幻覚を見せる無臭の香です」
「香なのに匂いがないの?」

「はい。青嶺神社にのみ引き継がれているもので、縁戚の私たちにもよくわからないのですが、幻覚を見せる効果が強いことはたしかです。その香を焚かれれば、鯉たちはもちろん私も幻覚にすぐに気付けないかもしれません。なので葵はここにいたほうが安全です。私は祝言の朝までには必ずここに戻りますから。葵はしっかりと体を慣らしておいてください」
「……わかったわ」

 御蔭がふっと微笑んで、渋々頷く葵の頭に手をのせる。

「葵は良い子ですね」
「またそんなふうに子供扱いをして」

 少し不貞腐れる葵を、御蔭がやさしく見つめた。

「そうでしたね。では、どうかこれで機嫌をなおしてください」

 そういうとか、御蔭がすぐそばに浮かぶ蓮の花をひとつ摘んで葵の横から髪に挿す。

 子どもの頃のことを思い出しながら蓮の花に触れると、花びらが指先にふわっと吸い寄せられるような不思議な感覚がした。

「美雲神社の家に戻ったら、器に池の水を入れてこの蓮の花を浮かべておいてください。この花が葵にこちらの時を知らせますから」
「時……?」

「ええ。こちらが朝を迎えれば、器に浮かべた蓮の花が咲くでしょう。私がいない間は、それを池に来る合図にしてください。花が咲けば、太鼓橋の袂に舟が迎えに行きます。長く不在にするつもりはありませんが、念のため明日からの二日間のことは蓮華に頼んでおくのでご心配なく。こちらの時で三日後の朝に、あなたを正式な花嫁として迎えに行きます」

 今日を含めると、池の邸宅で身体を慣らすのが三日間。四日目が祝言の日となる。

「離縁の雨のしきたりと似ているのね」

 指折り数えて、ぽつりとつぶやく。そんな葵を、御蔭がそっと抱きしめた。

「しきたりとは違いますよ。三日後に行うのは離縁ではなく、私と葵の祝言です。すぐに戻ってきますから、どうか待っていてくださいね」
「わかったわ」

 期限付きとはわかっていても、やはり別れは辛く淋しいものだ。

 喉の奥から競り上がってくるせつなさを飲み込むと、御蔭の着流しの胸に額を寄せる。そうして葵も、御蔭をきつく抱きしめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

遊鷹太
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...