42 / 74
6.水中の蓮
3
しおりを挟む
「まあ、どうせ蓮華があなたに話したのでしょう。あの子は龍になるにはおしゃべりが過ぎますね」
葵がうまい言い訳はないかと思考をめぐらせていると、御蔭が左目を覆う白布に手をあててうんざりとしたようにため息を吐いた。
その言葉に、葵は肯定も否定もしなかった。それでも御蔭は、青嶺神社の白雪のことを話したのは蓮華だと決めつけてしまったようだ。
「誤解を招かないように伝えておきますが、私が正式な花嫁に迎えたいのは後にも先にも葵だけです」
「はい……」
「けれど、青嶺神社の白雪様というのはなかなか気性の激しい方で。どれだけこちらがお断りしても、私の花嫁の座につくのは自分だと頑ななのです。青嶺神社は美雲神社と縁戚関係にありますし、私も面倒ごとは避けたい質です。これまでは竜堂家との花嫁契約を盾にのらりくらりと交わしてきたのですが……正式に葵を迎えるとなれば、こちらもはっきりとしなければいけません。万が一にも、あちらが葵を攻撃しにくるようなことがあってはいけませんから」
「では、御蔭はわたしのために白雪様に会いにいくの?」
「そうでもなければ、わざわざ面倒事にぶつかりにいくようなことはしませんよ。それに白雪様にだって、もう2000年以上顔を合わせていないのです。いい加減に諦めてくれればいいものを……」
整った顔を歪めながら、御蔭がめずらしく愚痴を言う。
青嶺神社の白雪は、葵のことさえなければこのまま無視して放っておきたい面倒事のようだ。
竜堂家との花嫁契約の裏で別の約束があったこと、葵はひそかに複雑な想いを抱いていた。
だがおそらく、御蔭は白雪との話を約束とも思っていない。それどころか、彼女の過度な執着はおだやかで楽観的な御蔭も迷惑がっているようだ。
「そこにわたしがついていくことはできないの?」
橘の話によると、3000年前は御蔭が白雪との将来的な婚約を了承するまで、青嶺神社から帰してもらえなかったそうだ。
御蔭に白雪への興味が露ほどもなくても、向こう側がすんなりと葵との結婚に了承するかはわからない。
それなら葵が青嶺神社に同行すれば、白雪も御蔭のことを諦めるのではないか。
そう思ったが、葵の申し出は即刻却下されてしまった。
「葵の身体はこちらにまだ適応できていないのですよ。そんな状況で、青嶺神社の池には連れて行けません。それこそ、白雪様がなにを仕掛けてくるかわからないでしょう」
渋い表情で首を横に振る御蔭が、この度はやけに慎重だ。
いつも表情を顔に出さす、のらりくらりと曖昧な返答をするくせに。葵を連れて行かないことは、御蔭の中ではもう不動の決定事項のようだ。
「青嶺神社の白雪様はよほど怖い方なのですね……」
「怖いのは白雪様ご本人というより、青嶺神社の鯉たちだけに伝わる香の作用です」
「澄が使えるという?」
「そんなことまで聞いたのですか?」
「この着物を着付けてもらっているとき、澄が呼ばれて連れて行かれたの。亀の侵入があって、澄の力が必要だって」
「亀……そういえば、蓮華がそんな話をしていましたね。邸宅は亀が入り込めないようになっているのですが……それもおかしいですねえ」
御蔭が腕組みしながら、低くぼやく。
葵がうまい言い訳はないかと思考をめぐらせていると、御蔭が左目を覆う白布に手をあててうんざりとしたようにため息を吐いた。
その言葉に、葵は肯定も否定もしなかった。それでも御蔭は、青嶺神社の白雪のことを話したのは蓮華だと決めつけてしまったようだ。
「誤解を招かないように伝えておきますが、私が正式な花嫁に迎えたいのは後にも先にも葵だけです」
「はい……」
「けれど、青嶺神社の白雪様というのはなかなか気性の激しい方で。どれだけこちらがお断りしても、私の花嫁の座につくのは自分だと頑ななのです。青嶺神社は美雲神社と縁戚関係にありますし、私も面倒ごとは避けたい質です。これまでは竜堂家との花嫁契約を盾にのらりくらりと交わしてきたのですが……正式に葵を迎えるとなれば、こちらもはっきりとしなければいけません。万が一にも、あちらが葵を攻撃しにくるようなことがあってはいけませんから」
「では、御蔭はわたしのために白雪様に会いにいくの?」
「そうでもなければ、わざわざ面倒事にぶつかりにいくようなことはしませんよ。それに白雪様にだって、もう2000年以上顔を合わせていないのです。いい加減に諦めてくれればいいものを……」
整った顔を歪めながら、御蔭がめずらしく愚痴を言う。
青嶺神社の白雪は、葵のことさえなければこのまま無視して放っておきたい面倒事のようだ。
竜堂家との花嫁契約の裏で別の約束があったこと、葵はひそかに複雑な想いを抱いていた。
だがおそらく、御蔭は白雪との話を約束とも思っていない。それどころか、彼女の過度な執着はおだやかで楽観的な御蔭も迷惑がっているようだ。
「そこにわたしがついていくことはできないの?」
橘の話によると、3000年前は御蔭が白雪との将来的な婚約を了承するまで、青嶺神社から帰してもらえなかったそうだ。
御蔭に白雪への興味が露ほどもなくても、向こう側がすんなりと葵との結婚に了承するかはわからない。
それなら葵が青嶺神社に同行すれば、白雪も御蔭のことを諦めるのではないか。
そう思ったが、葵の申し出は即刻却下されてしまった。
「葵の身体はこちらにまだ適応できていないのですよ。そんな状況で、青嶺神社の池には連れて行けません。それこそ、白雪様がなにを仕掛けてくるかわからないでしょう」
渋い表情で首を横に振る御蔭が、この度はやけに慎重だ。
いつも表情を顔に出さす、のらりくらりと曖昧な返答をするくせに。葵を連れて行かないことは、御蔭の中ではもう不動の決定事項のようだ。
「青嶺神社の白雪様はよほど怖い方なのですね……」
「怖いのは白雪様ご本人というより、青嶺神社の鯉たちだけに伝わる香の作用です」
「澄が使えるという?」
「そんなことまで聞いたのですか?」
「この着物を着付けてもらっているとき、澄が呼ばれて連れて行かれたの。亀の侵入があって、澄の力が必要だって」
「亀……そういえば、蓮華がそんな話をしていましたね。邸宅は亀が入り込めないようになっているのですが……それもおかしいですねえ」
御蔭が腕組みしながら、低くぼやく。
10
あなたにおすすめの小説
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
遊鷹太
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる