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6.水中の蓮
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しおりを挟む昼間の池の中で夜の空をぼんやりと見上げていると、御蔭が葵の肩に手をのせた。
「名残惜しいですが、そろそろ葵を向こうに帰す頃でしょうか」
御蔭が葵を胸に引き寄せながらつぶやく。抑揚のない御蔭の声の調子に、葵の胸がざわりと揺れた。
「なぜ? 御蔭はわたしを花嫁にするために連れてきてくれたのではないの?」
「もちろんですよ。けれど、最初に言ったでしょう。祝言までに身体を慣らさねば、と」
声を荒ぶらせる葵の頭に、御蔭がそっとやさしく手をのせる。
「葵の身体が慣れるまでには、こちらの時間で最低三日は必要です。ですが、慣れない身体でここに留まり続けるのはそれもまた悪。人の子の身体は、泡に溶けてしまうのです」
「え……」
(ようやくずっと御蔭のそばにいられると思ったというのに……)
「心配しなくても大丈夫ですよ。私の言うようにすれば、葵が泡になることはありませんから」
「ほんとうに?」
「もちろんです」
御蔭が怯えの色を浮かべる葵の髪を指で梳きながら微笑む。
「葵がここにとどまれるのは、今はまだ、池に太陽の光が差したあと次の太陽の光が差すまで。今はそれがぎりぎりいっぱいでしょうね。その間に、こちらのものを見たり、聞いたり、触れたり……食べるのも良いでしょうね。次に来るときには、葵の食べやすい食事を用意させましょう。そうしてこちらに身体が馴染めば、いつまででもここにいられます」
御蔭の話に、葵はまだ不安な気持ちで頷いた。
「葵には負担をかけますね。葵があちらのほうが生活しやすければ、これまでどおり私が会いに行くのですが……祝言をあげるとなると、どうしても池の中でないとむずかしいのです。鯉たちは水のないところに出られませんからね」
声のトーンを落とした御蔭が瞳の色を曇らせる。葵の不安顔がそうさせたのかと思うと、葵は少し胸がせつなくなった。
御蔭や蓮華たちや他の鯉たちのいる賑やかで色彩豊かな池の邸宅。そこから、質素な美雲神社にひとりきりで戻るのは気が滅入るが。御蔭に悲しい顔はさせたくない。
「大丈夫よ。祝言が済めばずっと一緒にいられるのだから、今少しそばを離れるくらい我慢できるわ」
胸を張って気丈に宣言する葵に、御蔭がふっと目元を緩ませる。だが。
「それを聞いて安心しました。蓮華がついていてくれるとはいえ、あなたをここに残していくのは私も気がかりでなりませんから」
御蔭からそんな言葉が返ってきて、葵の心は一瞬にして乱された。
「ちょっと待って。わたしを残していくってどういう意味……?」
御蔭の口調はおだやかでのんびりとしているが、これはどうしたって聞き捨てならない。
「じつは、明朝、出向かなければならない場所ができたのです」
御蔭は行き先をはっきりとは言わずに濁したが、葵にはすぐに予測がついた。
「もしかして、青嶺神社の白雪様のところに話をしに行かれるの?」
目をつりあげて迫る葵に、御蔭がわずかに目を瞠る。そうしてすぐに、青の瞳を鋭くさせた。
「なぜ、葵がそれを……誰があなたに白雪様の話をしましたか?」
詰めるつもりが逆に詰め替えされてしまい、葵の視線が揺れる。
「それは、その……」
橘から話を聞いたことは絶対に秘密にしておくという約束だ。けれど、ほかの鯉のせいにしたところですぐに嘘がバレてしまうだろう。
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