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7.月夜の波紋
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しおりを挟む葵がまだ水の残っているグラスをテーブルに置くと、ダイニングルームのドアから赤や黄色や橙や白。それらが入り混じったものなど。明るく華やかな色の着物を纏った鯉の女性たちが複数入ってきた。
そのあとを、同じような暖色の袴を着た鯉の男性たちが、笛や鼓を持って入ってきて、女性たちの傍に控える。
何が始まるのかと思えば、笛の音を合図に音楽が鳴り始め、女性の鯉たちが美しい着物の袖を揺らしながら泳ぐように舞い始めた。そこへ遅れて緋色の着物の蓮華が加わり、ひときわ美しい舞を見せてくれる。
蓮華のいう準備とは、どうやらこれのことだったらしい。
池の鯉たちの舞で歓迎されるこの状況は、まるで御伽草子の一編のようだ。
音楽と舞と同時並行に、給仕の鯉たちはテーブルに次々に料理を運んでくる。
色彩豊かな水草のマリネ、赤や黄色の可愛い手毬寿司など。
並べられるのは、葵が普段は目にしないような料理ばかり。それも、とてもじゃないがひとりで食べきれる量ではない。
葵の美雲神社での食事は、雑穀米に味噌汁、魚の干物など。少量で質素なものなのだ。
葵が目を瞬いていると、舞の中心にいた蓮華がくるりと上へ旋回して鯉の姿に形を変えた。
「たくさん召し上がって、鯉たちの舞を楽しんでくださいね。ここのものをたくさんとればとるほど良いですから」
葵のそばに泳いできた蓮華が、ふわっと尾鰭を揺らす。
鯉の姿では表情がわからないが、なんとなく蓮華が可憐に微笑む姿が想像できた。
「ありがとう。蓮華さんの舞もとても素敵。けれど……こんなにたくさん、食べきれないわ」
「食べきれないものは残しておいてください」
「それではもったいないでしょう。初めから料理が出てくるとわかっていれば、もう少し量を遠慮したのに……作るのだって、大変だもの」
申し訳ない気持ちで葵が眉を下げると、蓮華がまたふわりと尾鰭を揺らした。
「お気遣いありがとうございます。葵様が食べきれない分は、私たち鯉がいただきますよ。私たちもこんな機会でもないと、ご馳走はいただけないので。みんな、あとで自分たちが食べることも考えて張り切って用意したのです。だから、お気になさらないで」
蓮華が話し終えると、笛が奏でる曲が変わった。
「ああ、すみません。私はそろそろ行かなくては」
笛の音色にそわそわとし始めた蓮華が、大急ぎで舞の舞台へと戻っていく。
遠ざかっていく美しい紅白の模様を見送りながら、葵はふっと笑ってしまった。
早く踊りたくて気もそぞろな蓮華だったが、葵が池のものをとれるように一生懸命準備してくれたのだろう。
池のものを見たり、聞いたり、触れたり。食べるのが一番良いのだと御蔭が言っていた。
それなら、なるべく早く御蔭の世界の一部に近付けるように池のものをとらなければ。そうして、一日も早く御蔭に会いたい。
また音楽が変わり、蓮華が袖を揺らしながらしなやかに舞う。その姿を微笑ましく見つめながら、葵は朱色に金箔がのった可愛い手毬寿司に手を伸ばした。
運ばれてくる食事に少しずつ食べててお腹がいっぱいになった頃、橘が葵のそばにすすーっと進み出てきた。
「そろそろ水菓子をご用意してよろしいですか」
「え、ああ、はい。ありがとう」
気配なく現れた橘に、葵の肩がビクッと揺れる。
「それでは失礼いたします」
無感情な一重の目で葵を見つめたまま会釈すると、橘はポコポコと小さな泡の余韻を残しながらテーブルを離れていった。
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