59 / 74
9.隻眼の龍
2
しおりを挟む「それが、朝から見当たらないの。昨夜はずぶぬれになってしまって、帰宅後すぐにマキノに着物をとられてしまったから。そのときに御守りを落としていないか聞いたのだけど、マキノも見ていないみたいなの。もしかしたら、舟から落ちたときに池に落としてしまったのかもしれない」
「舟から落ちた、とは……?」
「水面に出る間際で、亀の大群に舟をひっくり返されたの。澄が助けてくれなければどうなっていたか……」
葵は無意識に衿元に置いていた手をぎゅっと握りしめた。
あのときの息苦しさと恐怖は、今思い出してもぞっとする。
苦しげな表情になる葵を見て、蓮華は少し大袈裟に見えるほどに眉をしかめた。
「それは怖い思いをされましたね。けれど、もしかしたらそのときに御守りを奪われたのかもしれません」
「……どういうこと?」
「じつは葵様をお見送りしたあと、澄が姿を消したのです」
普段より口調の強い蓮華の言葉に、葵の心が揺れた。
昨夜助けられたとき、澄のことを信じたいという気持ちがわずかに生まれた。
それなのに、澄の目的が葵から御守りを奪うことだったなんて。そうなると、亀の大群が襲ってきたのもはたして偶発的な事故だったのだろうかと、疑念が湧いてくる。
だが、葵を動揺させたのは澄のことばかりではなかった。
「それだけでなく、兄様も未だ戻られていません」
「御蔭も? まさか、また三雲神社の帰宅を阻まれているの?」
「そのようです。白雪様からの文が届き、龍の鱗とともに澄を引き取らせてもらった、と。そこで、あわてて葵様をお呼びしたのですが……」
葵には迎えの舟が見えなかった。
蓮の花がいつもと違う周期で咲いたのも、花の色が深紅だったのも、やはり池の邸宅からの凶報だったのだ。
「やはり、私が思ったとおり。最初に疑惑を抱いたのは、あなたが婚礼用の着物を試着しているときですが……あのときの読みは正しかったようです。龍の鱗がなければ、あなたは御蔭様の姿が見えない」
目を細めた蓮華の口端が微かにつりあがる。
葵を憐れむで、どこか嬉しそうな微笑。蓮華の顔が、「らしくなく」歪んで見えるのは、葵の心と思考が混乱で揺れているからだろうか。
「では何故、わたしは今、蓮華さんが見えているの?」
「それは、私が龍の鱗を持ってここに来ているからです。私がこれを手放してしまえば……」
蓮華が手に持っていた白の小さな巾着袋を縁側に置く。その瞬間、彼女の姿が葵の視界からすっと消えた。
「蓮華さん……?」
葵が慌てて手を伸ばすと、白の巾着袋が宙に浮き、また蓮華の姿が現れる。
「信じていただけましたか?」
蓮華が、少し尖ったまなざしで葵に問いかけてくる。
目の前で姿が消えた。その瞬間を見せつけられては、龍の鱗の力を信じないわけにはいかなかった。
だが、もしすべてが龍の鱗の力が成せる技だったとすると、今まで葵が信じてきたものの前提が崩れてしまう。
「それなら……幼い頃からわたしにだけ御蔭の姿が見えたのも、すべて龍の鱗のおかげだったということ?」
「おそらく」
唇だけ静かに動かす蓮華の声には、葵を気遣うやさしさの欠片もなかった。
はじめて池の邸宅を訪れたとき、葵は御蔭にとっても特別な花嫁だと誰よりも歓迎してくれたのは蓮華だった。
だからこそ、蓮華は葵が特別でもなんでもなかったことに失望しているのかもしれない。
氷のような蓮華のまなざしが、葵の身体を震わせる。
歴代の龍神の花嫁の中で、御蔭の姿を見ることができたのは葵だけ。そんなふうに言われて自惚れていたが、間違っていた。
葵に御蔭が見えたのは、運良く龍の鱗を持っていたからで。それは運命ではなく、すべて偶然が重なっただけのこと。
突然突きつけられた真実に、頭がくらくらとした。
10
あなたにおすすめの小説
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
遊鷹太
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる