離縁の雨が降りやめば

碧月あめり

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或る時雨の日

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 冬の訪れを告げる時雨が、庭の池にしとしとと降る。

 太鼓橋の上で池の鯉に餌を投げたあと、御蔭は退屈に空を仰いだ。

 雲に覆われた灰色の空がやけに近い。もうしばらくのあいだ、この雨は続くだろう。

 そろそろ池の邸宅にでも戻ろうか。

 ぼんやりと考えていたとき、微かに草履の走り寄ってくる音が聞こえた。

「御蔭……!」

 まだ幼い少女の声が、息を切らしながら近付いてくる。

 小さな手には、彼女の身体にはやや大きすぎる蛇目傘。ほかにも臙脂の羽織を持っている。

「やっぱり来ていたのね」

 呆れ顔で見上げながら、少女が御蔭に傘を差し出してきた。

 細い腕を目いっぱいに伸ばして傘に入れようとしてくれる彼女を気遣い、御蔭はほんの少し腰を曲げて姿勢を低くした。

「こんにちは、葵。今日は雨ですよ。外に出てきても大丈夫なのですか?」

 近頃慕われるようになった彼女の名は、葵という。艶のある黒髪に、明るい御空色の瞳の美しい少女だ。

 御蔭の言葉に、葵は少し不服そうに唇を尖らせた。

「御蔭が雨に濡れているのではないか思って……雨が降っているのに、御蔭はいつも傘も持たずに外に出るでしょう。これを貸してあげる。そんな薄い着流しでは風邪をひいてしまうわ」

 葵が臙脂の羽織を御蔭に押し付けてくる。つい受け取った御蔭は、それを広げて苦笑いした。

 明らかに子ども用の羽織で、御蔭には到底着られない。

「ありがとうございます。けれど私は寒くないので大丈夫ですよ。これはあなたが着てください。このあいだも風邪をひいたばかりでしょう」

 つい数週間前も、葵は風邪を引いたばかりだ。

 軽い鼻風邪だったようだが、世話係が葵を外に出さないように厳しく監視していたらしい。

 風邪が治ってひさしぶりに庭の池に現れた葵は「キヨもマキノも全然外に出してくれなかったのよ」と不満げに口を尖らせていた。

 だが、世話係が気に病むのも無理はない。

 この人間の子どもは、季節の変わり目になるとよく風邪を引くのだ。

 冷たい雨と冷えた空気で、今も葵の小さな手は寒さで真っ赤になっている。

 御蔭が肩に臙脂羽織をかけてやると、葵が不服そうに目で見上げてきた。

「御蔭だって風邪をひくかもしれないわ」
「私は風邪をひいたことがありませんよ」
「今までに一度も?」
「はい、一度も」
「……絶対にうそだわ」

 葵がぷくっとほっぺたをふくらませる。寒さに赤く染めた丸い頬がなんとも言えず可愛らしく、御蔭はおもわずふっと笑ってしまう。

「嘘ではありませんよ。私はあなたが思うよりもずっと丈夫なんです。さあ、身体が冷え切る前に家にお戻りください」

 葵が雨の日に家を抜け出せば、心配した世話係がすぐに探しに来るのだ。
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