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柊斗
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しおりを挟む夕暮れの川原。家からここまで走ってきた俺は、川岸に下る土手の中腹に寝転がっている、同じ高校の制服の女の子の姿を見つけて足を止めた。
またあんなとこで寝てる。
走るのをやめてなだらかな土手を下ると、眠っている彼女の顔の横にしゃがみ込む。
右腕を瞼の上に載せて、膝丈より短いスカートから伸びたすらりとした脚を川岸に向かって投げ出すように寝転がっている彼女は、気持ちよさそうだけどかなり無防備だ。
「まおちゃん、まおちゃーん」
眠っているまおちゃんの耳元に顔を近づけながらその肩を揺さぶると、彼女が瞼の上に載せた手を退けて眩しそうに僅かに目を開いた。
「こんなとこで寝てたら風邪ひくよ」
川原に吹く風は、夕方になると肌に冷たい。
それにいつも思うんだけど、こんなとこで女の子が暗くなるまで一人で寝てたら絶対危ない。
「あー、古澤柊斗」
眠たそうに手の甲で目を擦ったまおちゃんが、完全に寝起きの声で俺の名前を呼んだ。
寝転んだままぼんやりと無防備に俺を見上げてくるから、目のやり場に困る。
戸惑ってぎこちなく視線を泳がせていると、まおちゃんがそばにしゃがむ俺の腕をつかんでゆっくりと身体を起こした。
「もうそんな時間か」
俺のことなんてどうでもよさそうに、まおちゃんがぽつりと呟く。
「まおちゃん。いつもこんなとこで夕方まで暢気に寝てたら、そのうち変な人に声かけられるよ」
両腕を上げて伸びをするまおちゃんの横顔を眺めながら、ちょっとだけ眉を顰める。すると伸ばした腕を頭の上で留めた彼女が、怪訝そうに振り向いた。
「変な人って?」
「うーん。あるじゃん、いろいろ。女の子が遅くまでこんなとこで寝てたら危ないって」
心配して言っているのに、まおちゃんは口元を緩めて他人事みたいにクスッと笑うだけだ。
「平気だよ。あたし、お姉ちゃんみたいな美人じゃないもん」
「そういう問題じゃないって。女の子なら誰でも……、みたいなやつだっているし」
「それさ、なにげにあたしのことディスってるよね?」
「違うって」
ただ、普通に心配してるだけなのに。
意地悪な目をして俺を見たまおちゃんが、傍に放り出していた鞄を拾って立ち上がった。
「まおちゃん、帰るの?」
「うん、帰る。よく寝たし」
小さく頷いたまおちゃんが、ゆったりとした足取りで土手を上り始める。
いつもどこかつかみどころのない彼女は、気まぐれな猫みたいだ。
なかなか簡単には近付けなくて、手が届くところで近付いたと思ったらやっぱり遠い。
そんなまおちゃんに、俺はだいぶ前に告白された。
少し目尻の上がった気の強そうな瞳で俺のことを睨んで。まるで怒っているみたいに好きだ、と伝えられて。その瞬間はものすごくびっくりした。
何も知らなかった俺は、まおちゃんに好きな人のことを相談していたし。年下なんて興味がないと言っていたまおちゃんが俺を好きになる可能性なんて想像したこともなかった。
それにまおちゃんは、出会ってからいつも一方的に声をかけ続けている俺のことを、内心では迷惑がってるんじゃないかと思ってたから。
だけど時間が経つにつれて、気持ちを伝えてくれたときの怒っているみたいなまおちゃんの顔が、ふとした瞬間に頭にちらつくようになった。
まおちゃんにされた告白の言葉も、川原で衝動的に交わしたキスの記憶も。日を追うごとに、不思議なくらいに俺の中で鮮明になっていく。
それなのに当のまおちゃんはといえば、あれから以前にも増して素っ気なくて。いつ顔を合わせても、何事もなかったみたいな態度で俺に接してくる。
あの告白は、まおちゃんが起こした気まぐれだったんだろうか。
こっちはまおちゃんと顔を合わすたびに、告白やキスの感触を思い出して落ち着かない気持ちになってるっていうのに。
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