つむぐ毎日

みかん

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晴のこれまで

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晴とて紡を引き取るかどうか悩まなかった訳ではない。


晴は大学生になるのを機に実家を出ている。
別に舞が嫌いとか反対に好きで恋していたとかではない。
なんとなく、多感な時期の家庭に新婚さんがいるのが気恥しかったし、紡が生まれてからは、どうしていいのかわからなかったからだ。

父親の雄一(ユウイチ)は大学で脇目も振らず、研究一色の人だった。
悪い人ではないが、我が父ながら、気付かない、気付けない人だった。

晴は自分のこれまでを思い返す。

10歳で突然、母親を亡くした晴が1番に困ったのは、ご飯だった。
それまでは時間になったら、母親が用意した料理が出てくるのが当たり前。
しかし、その母はもういない。
父は滅多に大学からは帰って来ず、晴にはお金もない。
小学校の給食一食ではお腹は満たらず、
先生が余ったパンを持たせてくれるけど、それでも足りない。第一、美味しくない。

転機は調理実習だった。
晴はそこで久しぶりに温かいご飯を食べた。
それは涙が出るほど美味しかった。

晴は家でも食べたいからと実習の内容を必死で覚え、母が生きていた頃にちょっとずつ貯めていたお金を握り締め、近くの商店街に材料を買いに行った。

母の生前と比べ、痩せた幼子がお金を握り締めメモを片手に買い物をする姿は、昔ながらの商店街の人の親切心にいとも容易く火を付けた。

もちろん、向こうも商売であるから、なんでもかんでも無料には出来ない。
だから、コロッケの型崩れだの、売れ残りだのを取っておいてくれるのだ。

晴の美味しいものに対する執着は強く、八百屋や肉屋、果物屋さんに知らない材料の調理方法を聴いては家で作り、更には、新メニューまで作り出せるようになっていた。

晴は内職として懸賞などもしていた。
その懸賞サイトに、新商品のアイデアレシピ募集と書かれてあるのが目に付いた。
賞金は10万円。
これだけあれば、オーブンレンジが買える!そう思った晴は、嬉々として応募した。

元々、調理の才能もあったのだろう、レシピは見事に大賞をとり、10万円も手にした。

晴は念願のオーブンレンジを手に入れ、夢だったお菓子も作れるようになった。
これをきっかけに晴は次々とアイデアレシピに投稿し、賞金をかっさらっていった。
晴のレシピは簡単に美味しく出来るとあって、話題にもなり、本も作った。

ちょうどその頃だ。
父が家に戻って来て、再婚の話が出たのは。
晴は、正直どうでもよかった。
父と晴はそれくらいに他人同然だったから。
父も晴が家を出るならそれはそれで良かったのだろうと思う。
しかし、舞さんは違った。
まだ15歳の子は慈しむべし!と言うとても常識的な人でもあった。
理想的な母親そのままに家事育児を頑張ってくれていた。


しかし、晴はどうしても我慢ならなかった。
舞さんの料理が。
さすがにそんな事は口には出せない。

なんとなくギクシャクしたまま、晴は大学を期に家を出る事にした。
まだ幼い紡の夜泣きにも耐えられなくなっていたから、ちょうど良かった。
舞に納得してもらう為、叔母の路子の家の近くを選んだ。
もちろん、キッチン重視で選んで今日まで住んでいる。


そう、キッチン重視で選んだから、部屋は余っているので紡を引き取っても間取り的には何の問題もないのである。


その後、アイデアレシピの受賞式でたまたま、晴が零した一言から開発した商品がヒットした縁から、今の会社にスカウトされ商品開発の道に進んでいる。
お給料もそこそこある。
父の遺産もあるが、印税も残っており、紡を引き取るのに、経済的な不安はない。

恋人はいるが、多忙で結婚など考えるような相手でもない。

そう考えると、紡を引き取るのに、何ら問題はない気もする。

後は紡の気持ちと晴自身の不安だけである。

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