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7 生まれ変わりの正体
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イリス勲章授与式では、ネールガンド国中の多種多才な人々が表彰される。
祖父の時代では軍人が多かったが、この五十年我が国は戦争を回避してきた。これも国民の努力の賜物だ……ということを忘れてはならない。
現在は、国の内外で活躍する学者、宗教家、芸術家たちが対象となる。
授与者のうち、特に国家に大きく貢献した者には、父が直接勲章を手渡す。僕は傍らでその様を見つめた。
メアリはまだ王族ではないので、ホールの隅で、他の貴族の婦人と共に立っていた。
式の後は、立食パーティーが開かれる。
バイオリンに合わせてメアリと踊ったりもするが、大切なのはなるべく多くの授与者に声をかけること。
メアリは僕の後ろで微笑んでいた。
彼女は「授与者は五百人もいるのに、ロバート殿下は全て顔を覚えられたのですか?」と、感心していた。
特定の人物と集中して話し込んではならない。それがこの場に参加する王族の心掛けと父から教えられた。
とはいえ、注目しておきたい分野がある。
数マイルも先に音声を流す装置、蒸気機関に変わる新式エンジン……。
我が国が世界に誇る産業を産み出した人々には、格別の敬意を払うべきであろう。
「殿下は、熱力学にも造詣が深くていらっしゃる」
「よくご存じで。おっしゃる通り、エネルギー源の確保が課題です」
世辞を返されるのは、僕の地位に対してだが、この授賞式は、ネールガンド王族に生まれた喜びを感じさせてくれる。
才人たちと話し込んでいるとあっという間に時間が経ってしまう。
僕は会場を見渡した。人だかりができている。その中心に、一際背の高い男が立っていた。父と同年代の五十歳前後のようだ。
容姿も服装もネールガンド人のそれではない。煌びやかな帯は、マラシア大陸からの留学生クシナダの服装を思い起こさせる。マラシア大陸からの移民かその子孫なのだろう。
僕がその異国風の容姿の男性に近づくと、彼を取り囲む人の群れが「殿下、どうぞこちらへ」と騒めき、さっと通り道ができた。
僕が彼に声をかけたのは、異国風の容姿が目立っていたからではない。
彼、サイ・クマダ博士は脳科学という分野を切り開いた医師として、世界中から注目を浴びているのだ。
僕は公務の合間に科学史を学んでいる。特に、四元素論から原子論に移り変わる時代に興味がある。
原子論は、あらゆる現象を原子同士の結合や分裂という化学反応で説明する、画期的な理論だ。
クマダ博士の研究は、この原子論を人体、特に人の心の働きについて応用した。
たくましい体躯を持つ博士の前に立つと、小柄な僕は圧倒されてしまう。
「人間の思考や感情の源は、脳の化学反応なんですよ」
「人とは複雑な化学反応に過ぎませんからね、死んだら天国に行くか地獄に行くかなどと心配するのは時間の無駄ですよ」
ネールガンド人らしからぬ過激な言動に、僕はただただ萎縮するばかり。
聖職者や貴族は博士に反感を持つものが多いが、僕らの世代の国民には人気が高い。
授賞式のパーティーで、僕はつい彼と話し込んだ。
思いついた!
人の心が原子の働きに過ぎないなら……メアリの『前世』も原子の働きに過ぎない! 僕自身にはどうにもできないが、天才博士なら救ってくれるに違いない!
クマダ博士は、王立大学の教授を務めている。
世界中を駆けまわるクマダ博士を、いくら王太子の婚約者とはいえ、ひとりの患者の治療に時間を取らせていいものか、と迷いつつも教授室を訪ねた。
宮殿に呼び寄せても良かったが、同じ王立大に所属する身だ。こちらから出向いた方が早い。
博士の部屋には、壁一面の書棚に本や雑誌がぎっしりと積んである。彼のデスクにも書類が方々に散らばっている。
「この前の授賞式では、殿下が医学に造詣が深いのに驚かされました」
会うなり博士に称賛され、僕はいささか面食らった。
造詣が深いと言われるほどではない。僕は彼の論文を読んだわけではなく、一般人向けに書いた著作をざっと目を通したに過ぎない。
狭い教授室の小さな椅子を示され、僕は座る。
忙しい彼が、王太子の婚約者とはいえ、治療を引き受けてくれるか心もとないが、彼女の状態を伝えた。
「それは興味深い症例ですね。前世はデイヴィッド二世、など、過去の偉人の生まれ変わりを標榜する患者はよく聞きますけどね」
「それは不届き者だな。わが祖父の名を騙るとは。そもそも我が国で『生まれ変わり』を口にするものが、そんなに多いとは考えにくいが」
「私は子供の時、マラシア大陸のカリンダ国から親父の商売で、こっちに来たもんで、その辺の感覚がピンと来なくてねえ」
やはり彼自身が、マラシア大陸からの移民だったのか。しかもカリンダは、留学生クシナダの母国だ。
「そうか。カリンダでは、生き物はみな生まれ変わる、と教えられるそうだな」
「殿下はカリンダのこともご存知でしたか。こっちに移った時、驚きましたね。いや~、国が異なれば神の姿も異なるもんです」
『生まれ変わり』を信じる世界から来たクマダ博士なら、メアリを『魔王の手先』と断ずることなく、上手く導いてくれるのではないか。
「私の心情としては『転生』を望みますよ。人生が一度だけなんて短すぎる。それに、どうしようもなく絶望的な状況に生まれても、『来世』に希望を託すことができますしね」
「ふむ。では博士。『生まれ変わり』とは、どのような原子の働きというのか?」
子供じみた質問だったかもしれない。が、やはり僕はネールガンド人として、『生まれ変わり』から、魔王ネクロザールを思い出してしまう。
「あーっはっはっはっはっ! 殿下は本当に鋭いところを突かれる」
自分が子供っぽいとはわかっているが、それでも笑われるのは面白くない。
「あ、失礼。本当に殿下に感動したんですよ。さて、原子の働きからすれば『生まれ変わり』は、あり得ない、というのが私の結論です」
僕は椅子から立ち上がって、博士の手を握りしめた。
祖父の時代では軍人が多かったが、この五十年我が国は戦争を回避してきた。これも国民の努力の賜物だ……ということを忘れてはならない。
現在は、国の内外で活躍する学者、宗教家、芸術家たちが対象となる。
授与者のうち、特に国家に大きく貢献した者には、父が直接勲章を手渡す。僕は傍らでその様を見つめた。
メアリはまだ王族ではないので、ホールの隅で、他の貴族の婦人と共に立っていた。
式の後は、立食パーティーが開かれる。
バイオリンに合わせてメアリと踊ったりもするが、大切なのはなるべく多くの授与者に声をかけること。
メアリは僕の後ろで微笑んでいた。
彼女は「授与者は五百人もいるのに、ロバート殿下は全て顔を覚えられたのですか?」と、感心していた。
特定の人物と集中して話し込んではならない。それがこの場に参加する王族の心掛けと父から教えられた。
とはいえ、注目しておきたい分野がある。
数マイルも先に音声を流す装置、蒸気機関に変わる新式エンジン……。
我が国が世界に誇る産業を産み出した人々には、格別の敬意を払うべきであろう。
「殿下は、熱力学にも造詣が深くていらっしゃる」
「よくご存じで。おっしゃる通り、エネルギー源の確保が課題です」
世辞を返されるのは、僕の地位に対してだが、この授賞式は、ネールガンド王族に生まれた喜びを感じさせてくれる。
才人たちと話し込んでいるとあっという間に時間が経ってしまう。
僕は会場を見渡した。人だかりができている。その中心に、一際背の高い男が立っていた。父と同年代の五十歳前後のようだ。
容姿も服装もネールガンド人のそれではない。煌びやかな帯は、マラシア大陸からの留学生クシナダの服装を思い起こさせる。マラシア大陸からの移民かその子孫なのだろう。
僕がその異国風の容姿の男性に近づくと、彼を取り囲む人の群れが「殿下、どうぞこちらへ」と騒めき、さっと通り道ができた。
僕が彼に声をかけたのは、異国風の容姿が目立っていたからではない。
彼、サイ・クマダ博士は脳科学という分野を切り開いた医師として、世界中から注目を浴びているのだ。
僕は公務の合間に科学史を学んでいる。特に、四元素論から原子論に移り変わる時代に興味がある。
原子論は、あらゆる現象を原子同士の結合や分裂という化学反応で説明する、画期的な理論だ。
クマダ博士の研究は、この原子論を人体、特に人の心の働きについて応用した。
たくましい体躯を持つ博士の前に立つと、小柄な僕は圧倒されてしまう。
「人間の思考や感情の源は、脳の化学反応なんですよ」
「人とは複雑な化学反応に過ぎませんからね、死んだら天国に行くか地獄に行くかなどと心配するのは時間の無駄ですよ」
ネールガンド人らしからぬ過激な言動に、僕はただただ萎縮するばかり。
聖職者や貴族は博士に反感を持つものが多いが、僕らの世代の国民には人気が高い。
授賞式のパーティーで、僕はつい彼と話し込んだ。
思いついた!
人の心が原子の働きに過ぎないなら……メアリの『前世』も原子の働きに過ぎない! 僕自身にはどうにもできないが、天才博士なら救ってくれるに違いない!
クマダ博士は、王立大学の教授を務めている。
世界中を駆けまわるクマダ博士を、いくら王太子の婚約者とはいえ、ひとりの患者の治療に時間を取らせていいものか、と迷いつつも教授室を訪ねた。
宮殿に呼び寄せても良かったが、同じ王立大に所属する身だ。こちらから出向いた方が早い。
博士の部屋には、壁一面の書棚に本や雑誌がぎっしりと積んである。彼のデスクにも書類が方々に散らばっている。
「この前の授賞式では、殿下が医学に造詣が深いのに驚かされました」
会うなり博士に称賛され、僕はいささか面食らった。
造詣が深いと言われるほどではない。僕は彼の論文を読んだわけではなく、一般人向けに書いた著作をざっと目を通したに過ぎない。
狭い教授室の小さな椅子を示され、僕は座る。
忙しい彼が、王太子の婚約者とはいえ、治療を引き受けてくれるか心もとないが、彼女の状態を伝えた。
「それは興味深い症例ですね。前世はデイヴィッド二世、など、過去の偉人の生まれ変わりを標榜する患者はよく聞きますけどね」
「それは不届き者だな。わが祖父の名を騙るとは。そもそも我が国で『生まれ変わり』を口にするものが、そんなに多いとは考えにくいが」
「私は子供の時、マラシア大陸のカリンダ国から親父の商売で、こっちに来たもんで、その辺の感覚がピンと来なくてねえ」
やはり彼自身が、マラシア大陸からの移民だったのか。しかもカリンダは、留学生クシナダの母国だ。
「そうか。カリンダでは、生き物はみな生まれ変わる、と教えられるそうだな」
「殿下はカリンダのこともご存知でしたか。こっちに移った時、驚きましたね。いや~、国が異なれば神の姿も異なるもんです」
『生まれ変わり』を信じる世界から来たクマダ博士なら、メアリを『魔王の手先』と断ずることなく、上手く導いてくれるのではないか。
「私の心情としては『転生』を望みますよ。人生が一度だけなんて短すぎる。それに、どうしようもなく絶望的な状況に生まれても、『来世』に希望を託すことができますしね」
「ふむ。では博士。『生まれ変わり』とは、どのような原子の働きというのか?」
子供じみた質問だったかもしれない。が、やはり僕はネールガンド人として、『生まれ変わり』から、魔王ネクロザールを思い出してしまう。
「あーっはっはっはっはっ! 殿下は本当に鋭いところを突かれる」
自分が子供っぽいとはわかっているが、それでも笑われるのは面白くない。
「あ、失礼。本当に殿下に感動したんですよ。さて、原子の働きからすれば『生まれ変わり』は、あり得ない、というのが私の結論です」
僕は椅子から立ち上がって、博士の手を握りしめた。
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