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8 生まれ変わりを治療する
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天才医師クマダ博士は、『生まれ変わり』はあり得ない、と断言した。こんなに心強い言葉はない。
「やはりそうか! 『生まれ変わり』は嘘だったのか」
「あー、待ってください。嘘とも違いますって」
「原子の働きではあり得ない、と言ったではないか」
「心情としては『転生』を望むと言いましたよね。つまり原子の働きとして考えれば、人間の脳の原子が転生を作り出しているってことですよ」
「……『生まれ変わり』が迫害された歴史を持つ我が国でも、人は望むのか?」
「禁じれば禁じるほど望むってあるでしょ? 人妻だからこそ欲しくなる、みたいな」
どうもこの博士は、道徳的に問題がありそうだ。
「人妻が欲しいとは僕には理解できないが。ともかく……結婚は三か月後だ。二か月で彼女から思い込みを消すことは、難しいだろうか?」
クマダ博士は唸っている。
「そういう妄想をなくすのは難しいんですよ。ところで、メアリさんの状態を知ってるのは、殿下と国王王妃両陛下、そしてメアリさんのご両親だけですよね?」
「僕の侍従長には打ち明けた」
「つまりメアリさんは妄想を信頼できる人にしか明かしていない。なら、そのままみなさんが黙っていれば?」
「そういう問題ではない! エリオン教の守護者である王家としては許されない……嘘は大史司長に暴かれる」
サイ・クマダ博士は首を捻った。移民の彼は、ネールガンドの結婚の儀式がよくわからないのだろう。
教会の結婚式とは、いわば史司の結婚審査に他ならない。史司は参列者の前で、新郎新婦に問いかける。ひとりだけに愛を誓うのか? 史師エリオンの教えを守るか? など。
そして一番大切な問いかけは「汝の名はただひとつか?」である。
自身が誰かの生まれ変わりでもなにかの手先でもないことを、明かすのだ。
新郎新婦は「はい」と答えればいいが、史司に嘘はついてはいけない。心ある史司なら、嘘を見破る。
かつては、結婚が不幸に終われば史司にも類が及んだ。よって、史司は厳格に二人を審査した。
昔のことだが、この儀式で嘘があばかれると、新郎新婦のどちらか、あるいは両方がその場で捉えられた。めでたい結婚式は、忌まわしい悪魔祓いの儀式と化したのだ。
が、祖父デイヴィッド二世の時代、結婚の破綻は夫妻のみの責であり、史司に責任は問わないと法律が改正された。
このため現在、一般国民の結婚式は、めでたい祝福の場となった。
ただ今でも心ある史司は、参列者の前では結婚を認めるが、式のあと二人を呼び止め、不実な結婚ではないか問い正すらしい。
僕らの儀式は、王国教会を束ねる大史司長が執り行う。形骸化した現在主流の式ではなく、エリオン教の伝統に従って厳密に僕ら二人を審査する。
あの老いた大史司長は、間違いなくメアリの嘘を見破るだろう。いや彼女のことだ。正直に『生まれ変わり』であることを告白するかもしれない。
仮に大史司長が僕らを気遣い認めたふりをしても、僕らの結婚式には、内閣をはじめ議員に貴族、財界の重鎮が参列する。大史司長とメアリの様子から、彼女が『悪魔つき』ではないかと、錚々たる参列者が勘ぐるだろう。
「王族の結婚はややっこしい……要するに、メアリさんの『前世』に対する認識を修正すれば、いいってことですね」
「修正?」
「今、メアリさんは『前世』を事実と思いこんでいる。これを、『前世』とは自分が作った空想の世界だと捉え直せば、解決します」
「前世を消すことはできないのか?」
「存在を『消す』のは難しい。最終手段はありますが、決してお勧めはできません」
博士は咳払いをした。
「誰だって、好き勝手に空想するでしょう? そうでなければ、小説やオペラなんて存在しない。メアリさんに、『前世』は自分で作った物語だと自覚させればいいんです」
博士の言うことは一理ある。ロマンス作家テイラー女史に憧れたメアリは、自分でも空想するのだろう。が、どういうわけか、彼女は空想を現実と思いこんだ。
「できれば彼女の『前世』そのものを消してほしいが、博士の言う『修正』でも構わぬ。治療費は私が特別講義への謝礼として支払うが、いかがか?」
「おーっとー! まだ引き受けるとは言ってませんけど」
天才医師は、大きな手を広げて前に突き出した。
「頼まれてくれないか。僕の自由になる金は少ないが、百万サルートまでなら自由にできる」
「うわ! それ、一般人の年収じゃないですか。さすがロイヤルの方は気前がいい。私は今、研究が忙しく、原則治療は断ってるんですよ。治療は、私の弟子たちが担当します」
「僕の結婚は国家問題だ。誰もが『生まれ変わり』を『悪魔つき』と断罪する。が、僕のメアリは断じて悪魔つきではない。あなたは、『前世』を脳の原子の働きだと言ったではないか。他の者には頼めない」
異国の帯を腰に巻いた男が腕くみをして唸っている。
「ただの医者には国家問題はよくわかりませんけどね。メアリさんという人物には個人的に興味があります」
メアリに個人的興味だと! まさかこの移民の中年男は、美貌の彼女に邪心を抱いているのか! この男は「人妻だと欲しくなる」と不道徳な発言をした。
「いやいや、そんな怖い顔なさらないで。私が興味あるのは、彼女の妄想が珍しいからです」
「そうだな。『ニホン』など聞いたことがない」
「先ほど言ったように、デイヴィッド二世だの偉人の生まれ変わりと思い込む患者が多いんです。実在の偉人ではなく、自分で空想した世界の英雄と思い込む場合もある」
「エリオン教徒としては問題だが、自分が英雄の生まれ変わりと思い込みたくなる心情は、理解できなくもない」
「メアリさんのケースで不思議なのは、前世が一般庶民だと妄想することなんですよ。実に興味深い」
僕は思わず立ち上がり、博士の手を握りしめた。
「ありがたい! あなたなら彼女を治せる!」
「いえ、妄想を正すのは時間がかかります。二か月では難しいし、何年も、いや一生回復しないかもしれません」
「あなたのような名医でも難しいのか?」
「絶対治す、という医者は嘘つきと思ってますよ」
異国から来た男の鋭いまなざしに圧迫される。しかし、治ると断言しないところは、かえって信用ができる。
メアリが本気に治療に取り組めば、不可能ではなかろう。二か月経っても治らないなら、その時に考えればいい。
「承知した。ぜひ、メアリの治療をお願いしたい」
「いやいや、メアリさん本人の意志が確認できない限り、治療はできませんよ」
「僕は彼女の婚約者だ。王太子である僕の結婚が関わっているのだぞ!」
天才医師は、笑いながら首を振った。
「メアリさんは授賞式で、愛らしいプリンセスぶりを見せていた。はっきりと意思表示できる成人女性です。たとえ殿下でも治療の決定権はありませんよ」
握りしめた手を僕は緩める。僕が王族だろうが屈しないこの医師の信念は、敬服に値する。
「メアリに会ってもらえないか? 彼女が直接あなたに治療を依頼すれば、引き受けてくれるか?」
クマダ博士は大きく頷いた
「やはりそうか! 『生まれ変わり』は嘘だったのか」
「あー、待ってください。嘘とも違いますって」
「原子の働きではあり得ない、と言ったではないか」
「心情としては『転生』を望むと言いましたよね。つまり原子の働きとして考えれば、人間の脳の原子が転生を作り出しているってことですよ」
「……『生まれ変わり』が迫害された歴史を持つ我が国でも、人は望むのか?」
「禁じれば禁じるほど望むってあるでしょ? 人妻だからこそ欲しくなる、みたいな」
どうもこの博士は、道徳的に問題がありそうだ。
「人妻が欲しいとは僕には理解できないが。ともかく……結婚は三か月後だ。二か月で彼女から思い込みを消すことは、難しいだろうか?」
クマダ博士は唸っている。
「そういう妄想をなくすのは難しいんですよ。ところで、メアリさんの状態を知ってるのは、殿下と国王王妃両陛下、そしてメアリさんのご両親だけですよね?」
「僕の侍従長には打ち明けた」
「つまりメアリさんは妄想を信頼できる人にしか明かしていない。なら、そのままみなさんが黙っていれば?」
「そういう問題ではない! エリオン教の守護者である王家としては許されない……嘘は大史司長に暴かれる」
サイ・クマダ博士は首を捻った。移民の彼は、ネールガンドの結婚の儀式がよくわからないのだろう。
教会の結婚式とは、いわば史司の結婚審査に他ならない。史司は参列者の前で、新郎新婦に問いかける。ひとりだけに愛を誓うのか? 史師エリオンの教えを守るか? など。
そして一番大切な問いかけは「汝の名はただひとつか?」である。
自身が誰かの生まれ変わりでもなにかの手先でもないことを、明かすのだ。
新郎新婦は「はい」と答えればいいが、史司に嘘はついてはいけない。心ある史司なら、嘘を見破る。
かつては、結婚が不幸に終われば史司にも類が及んだ。よって、史司は厳格に二人を審査した。
昔のことだが、この儀式で嘘があばかれると、新郎新婦のどちらか、あるいは両方がその場で捉えられた。めでたい結婚式は、忌まわしい悪魔祓いの儀式と化したのだ。
が、祖父デイヴィッド二世の時代、結婚の破綻は夫妻のみの責であり、史司に責任は問わないと法律が改正された。
このため現在、一般国民の結婚式は、めでたい祝福の場となった。
ただ今でも心ある史司は、参列者の前では結婚を認めるが、式のあと二人を呼び止め、不実な結婚ではないか問い正すらしい。
僕らの儀式は、王国教会を束ねる大史司長が執り行う。形骸化した現在主流の式ではなく、エリオン教の伝統に従って厳密に僕ら二人を審査する。
あの老いた大史司長は、間違いなくメアリの嘘を見破るだろう。いや彼女のことだ。正直に『生まれ変わり』であることを告白するかもしれない。
仮に大史司長が僕らを気遣い認めたふりをしても、僕らの結婚式には、内閣をはじめ議員に貴族、財界の重鎮が参列する。大史司長とメアリの様子から、彼女が『悪魔つき』ではないかと、錚々たる参列者が勘ぐるだろう。
「王族の結婚はややっこしい……要するに、メアリさんの『前世』に対する認識を修正すれば、いいってことですね」
「修正?」
「今、メアリさんは『前世』を事実と思いこんでいる。これを、『前世』とは自分が作った空想の世界だと捉え直せば、解決します」
「前世を消すことはできないのか?」
「存在を『消す』のは難しい。最終手段はありますが、決してお勧めはできません」
博士は咳払いをした。
「誰だって、好き勝手に空想するでしょう? そうでなければ、小説やオペラなんて存在しない。メアリさんに、『前世』は自分で作った物語だと自覚させればいいんです」
博士の言うことは一理ある。ロマンス作家テイラー女史に憧れたメアリは、自分でも空想するのだろう。が、どういうわけか、彼女は空想を現実と思いこんだ。
「できれば彼女の『前世』そのものを消してほしいが、博士の言う『修正』でも構わぬ。治療費は私が特別講義への謝礼として支払うが、いかがか?」
「おーっとー! まだ引き受けるとは言ってませんけど」
天才医師は、大きな手を広げて前に突き出した。
「頼まれてくれないか。僕の自由になる金は少ないが、百万サルートまでなら自由にできる」
「うわ! それ、一般人の年収じゃないですか。さすがロイヤルの方は気前がいい。私は今、研究が忙しく、原則治療は断ってるんですよ。治療は、私の弟子たちが担当します」
「僕の結婚は国家問題だ。誰もが『生まれ変わり』を『悪魔つき』と断罪する。が、僕のメアリは断じて悪魔つきではない。あなたは、『前世』を脳の原子の働きだと言ったではないか。他の者には頼めない」
異国の帯を腰に巻いた男が腕くみをして唸っている。
「ただの医者には国家問題はよくわかりませんけどね。メアリさんという人物には個人的に興味があります」
メアリに個人的興味だと! まさかこの移民の中年男は、美貌の彼女に邪心を抱いているのか! この男は「人妻だと欲しくなる」と不道徳な発言をした。
「いやいや、そんな怖い顔なさらないで。私が興味あるのは、彼女の妄想が珍しいからです」
「そうだな。『ニホン』など聞いたことがない」
「先ほど言ったように、デイヴィッド二世だの偉人の生まれ変わりと思い込む患者が多いんです。実在の偉人ではなく、自分で空想した世界の英雄と思い込む場合もある」
「エリオン教徒としては問題だが、自分が英雄の生まれ変わりと思い込みたくなる心情は、理解できなくもない」
「メアリさんのケースで不思議なのは、前世が一般庶民だと妄想することなんですよ。実に興味深い」
僕は思わず立ち上がり、博士の手を握りしめた。
「ありがたい! あなたなら彼女を治せる!」
「いえ、妄想を正すのは時間がかかります。二か月では難しいし、何年も、いや一生回復しないかもしれません」
「あなたのような名医でも難しいのか?」
「絶対治す、という医者は嘘つきと思ってますよ」
異国から来た男の鋭いまなざしに圧迫される。しかし、治ると断言しないところは、かえって信用ができる。
メアリが本気に治療に取り組めば、不可能ではなかろう。二か月経っても治らないなら、その時に考えればいい。
「承知した。ぜひ、メアリの治療をお願いしたい」
「いやいや、メアリさん本人の意志が確認できない限り、治療はできませんよ」
「僕は彼女の婚約者だ。王太子である僕の結婚が関わっているのだぞ!」
天才医師は、笑いながら首を振った。
「メアリさんは授賞式で、愛らしいプリンセスぶりを見せていた。はっきりと意思表示できる成人女性です。たとえ殿下でも治療の決定権はありませんよ」
握りしめた手を僕は緩める。僕が王族だろうが屈しないこの医師の信念は、敬服に値する。
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