【完結】彼女の前世がニホンジン? このままでは婚約破棄しかない!

さんかく ひかる

文字の大きさ
12 / 31

12 婚約者の憧れの人

しおりを挟む
 イリス勲章授与式で父や閣僚が勲章を渡した後、立食パーティーが開かれた。
 僕とメアリは並んで受賞者に挨拶をした。
 しかし僕はクマダ博士をはじめ、国の宝たる才人たちとつい話し込んでしまった。
 見渡すと、婚約者がどこにもいなかった。

「メアリどこだ! すまない!」

 パーティーで慌てふためく僕に、受賞者のひとりが笑いかけた。

「殿下、落ち着いて。あなたの愛するプリンセスは、あちらでご歓談中ですよ」

 彼女が指し示した先で、メアリはロマンス小説の名手テイラー女史と笑いあい、緑色の眼を輝かせていた。
 僕が一度も見たことのない、眩いばかりの笑顔だった。


 僕はゆっくりと二人に近づいた。
 が、二人とも話に夢中で、僕の存在に気がつかない。ネールガンドの王太子であるこの僕に。

「先生の書いた『売られた花嫁』が好きなんです!」

 メアリは、テイラー女史の小説の素晴らしさを滔々と語った。
 僕は『売られた花嫁』とやらがどういう小説かわからないが、男女のいざこざ物語なのだろう。

「契約結婚で結ばれたため素直になれない二人に、焦らされました。本当は愛し合っているのに」

 ロマンス小説のどこが楽しいのか僕にはわからないが、我が国発のロマンス小説のレーベルは翻訳され世界中に広まっている。国際競争力のある産業としては認めるが、貴族の淑女が喜々として語るべき分野ではない。

「特に、ドニゼッティがマゼッタを押し倒すシーン、ドキドキしました」

 さすがにこの場でその発言はまずいだろ! 栄えあるイリス勲章授賞式には、受賞者のみならず、政財界の重鎮に格式ある貴族たちが集まっている。
 王太子の婚約者が、そんなはしたない発言をするとは。
 が、女史も満更ではなさそうだ。

「ありがとう~メアリ様。あたしはねえ、女たちの夢を形にしたいのよ。美しくも高貴な殿方から強引に迫られるって、どんな淑女でも密かに描く夢よね」

 僕が美しいかどうかはともかく、この国の男子で国王に次ぐのは間違いない。たとえ実権がなくとも。
 僕が強引に女に迫ったら……実際は、女に夢を与えるどころか、新聞記者を喜ばせ、廃嫡されるだけだ。

「あたしの小説、貴族のお嬢様も読んでくれているみたいだけど、なかなか感想がもらえないのよね。やっぱり恥ずかしいんでしょうね。だから、あなたのようなお姫さまに読んでもらえると、嬉しいわ」

「先生、最近はヒストリカル・ロマンスも書かれていますね」

「古い時代でこそ輝く恋を描きたくてね」

「エリオン様と勇者カリマ様が愛し合って、二人の子がラテーヌの王になったなんて、ロマンティックですね」

 女史はそんなとんでもない小説を書いていたのか?
 史師エリオンは、生涯、女と触れることなく、魔王ネクロザールから世界を救うことに命を捧げたのだが。エリオン教の一派では史司たちに妻帯を禁じているぐらいだ。

 魔王を倒した七人の勇者のうち、唯一の女性が勇者カリマだ。他の男勇者たちは魔王ネクロザール打倒後、故郷に帰り妻をめとり国を建てた。我がネールガンドの祖、セオドアもそのひとりだ。
 しかし勇者カリマは誰にも嫁がずラテーヌを建国し、処女のまま子を産む。カリマの子は次のラテーヌ女王となり、勇者の血は受け継がれていった。

 史師エリオンも勇者カリマも、清らかな身で一生を終わった。二人の関係は、純然たる師弟関係であり、汚れた恋情が混じる隙はなかった。
 二人が子供を作ったと主張する女史の小説は、エリオン教への冒涜ではないか? そんな作家に、栄えある我が国のイリス勲章を与えていいのか……いや、それが政府の方針だ。王家は政府に干渉してはならない。

「だって、エリオン様に恋人がいないなんてお気の毒でしょう? 『聖王紀』のカリマ伝によると、カリマ様はエリオン様と一番親しく、よく身の回りの世話をされているのよ」

「先生の想像力には驚かされるばかりです。それに魔王ネクロザールも素敵でした。アタランテ様を愛するあまり、悪の道に突き進む姿、キュンキュンしました」

 魔王ネクロザールが素敵? 僕の婚約者はなにを言った? さすがに傍観者のままではいられない。

「メアリ! テイラー女史に失礼だろ!」

 僕は二人の間に割り込み、婚約者の手を取った。

「テイラー女史。婚約者が無礼な振る舞いを見せた。申し訳ない」

「殿下、失礼どころか、プリンセスが私の小説を読んでくださるなんて、こんな光栄なことはありませんわ」

「いえ、彼女はまだ王族になる自覚がなくて……では」

 僕はすぐメアリを連れ、会場のすみに移動した。

「メアリ、魔王ネクロザールを讃えるなど、王族にあるまじき態度だ」

 僕は咳払いを加えた。

「それに、このような場で男女の行為について口にするのは、淑女としてどうであろうか」

 メアリは「申し訳もありません。こっちの世界でも似たようなコンテンツがあるのが嬉しくて……」

 その後の彼女は、ただ僕のあとに着いて、受賞者に微笑みかけるだけだった。


 僕がメアリに注意したのは、あの授賞式のときだけだ。
 僕の叱責がきっかけで、前世という妄想を抱いたのか?
 いや、待てよ?
 ――こっちの世界
 まるで、もうひとつ別の世界があるかのような発言だ。
 あのときから彼女はおかしかったのだ。
 王太子との婚約そのものが苦しくなり、彼女の妄想を産み出したのか?


「セバスチャン、僕のスケジュールでなんとか二日、空けられないだろうか?」

 僕の書斎で、老いた侍従長が、擦り切れた革の手帳を睨んでいる。

「殿下、失礼ですが、ご婦人がひとりになりたいときは、そっとしておくべきかと」

「……よくわかるな」

 メアリがいるらしいノーサンバレーのカントリーハウスに行きたかったが、なぜこの老人はわかるのだ?

「視察先のうち『新式エンジン発表会』はお断りし、『エリオン恵み教会朗読会』を入れました」

「……お前、陛下に叱責されたのか?」

 僕は父に、視察先に偏りがあると叱られたばかりだ。

「申し訳もございません。私はついつい殿下の喜ぶ姿を拝見したくて」

 父の言うとおりだった。僕は『新式エンジン』と聞くと、胸が高鳴る。蒸気機関より高性能のエンジンがどんどん開発されている。工場や自動車などに新エンジンを搭載すれば、ますます我が国の産業が発展するに違いない……そんなことばかり考えてしまう。
 貧しい子供たちの心を灯す『朗読会』も王族として関心を持つべきなのに。

「メアリ様は、素晴らしい女性です。決して離してはなりませんぞ」

「セバスチャン、わかっている。だから早く元に戻ってほしいんだ」

「普通、男女の会話に『原子論』なんて出ませんよ。女性にとっては拷問に等しい話題ですからね。ですがメアリ様は、殿下のどんな退屈話にも真剣に耳を傾けてくださる」

 この年寄り、王太子を侮辱していないか?

「ん? 原子に男も女もないぞ? そもそ、男も女も原子で出来ているんだが……まず……」

「あああ、爺には新しい科学というのはさっぱりでございます。ただ、メアリ様はまれな女性だと申し上げたいのです」

 メアリはまれな女性?
 そもそも妃に厳しい条件を課すのは僕ではない。国民だ。だから出自と美貌が重要なのだ。それ以外は、非常識な振る舞いがなければいい……そう思っていたのに……。


 父はしつこく、僕にダンスパーティーへの参加を命じる。メアリは諦めろ、新しい妃候補を探せとうるさい。
 仕方なく他の令嬢と踊るが、虚しいだけだ。
 なぜ僕は、他の女と踊っている?
 メアリ、なぜ君はいない? いつも僕のとなりで優しく微笑んでくれたのに。
 君でなければ、ネールガンド王国王太子の妃は務まらない。
 早く戻ってくれ。
 元の君に戻ってくれ。
『前世』の妄想から解き放たれた本来の美しい君に、一日も早く戻ってくれ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完】チェンジリングなヒロインゲーム ~よくある悪役令嬢に転生したお話~

えとう蜜夏
恋愛
私は気がついてしまった……。ここがとある乙女ゲームの世界に似ていて、私がヒロインとライバル的な立場の侯爵令嬢だったことに。その上、ヒロインと取り違えられていたことが判明し、最終的には侯爵家を放逐されて元の家に戻される。但し、ヒロインの家は商業ギルドの元締めで新興であるけど大富豪なので、とりあえず私としては目指せ、放逐エンド! ……貴族より成金うはうはエンドだもんね。 (他サイトにも掲載しております。表示素材は忠藤いずる:三日月アルペジオ様より)  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

モブ令嬢アレハンドリナの謀略

青杜六九
恋愛
転生モブ令嬢アレハンドリナは、王子セレドニオの婚約者ビビアナと、彼女をひそかに思う侯爵令息ルカのじれじれな恋を観察するのが日課だった。いつまで経っても決定打にかける二人に業を煮やし、セレドニオが男色家だと噂を流すべく、幼馴染の美少年イルデフォンソをけしかけたのだが……。 令嬢らしからぬ主人公が、乙女ゲームの傍観者を気取っていたところ、なぜか巻き込まれていくお話です。主人公の独白が主です。「悪役令嬢ビビアナの恋」と同じキャラクターが出てきますが、読んでいなくても全く問題はありません。あらすじはアレですが、BL要素はありません。 アレハンドリナ編のヤンデレの病み具合は弱めです。 イルデフォンソ編は腹黒です。病んでます。 2018.3.26 一旦完結しました。 2019.8.15 その後の話を執筆中ですが、別タイトルとするため、こちらは完結処理しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

処理中です...