【完結】彼女の前世がニホンジン? このままでは婚約破棄しかない!

さんかく ひかる

文字の大きさ
27 / 31

27 秘密の結婚

しおりを挟む
 話題が唐突に僕の結婚に変わった。父の質問に、僕の心臓が跳ね返る。

「結婚は延期します。彼女に前世の記憶がある限り、大史司長は結婚を認めないでしょう。しかし……」

 拳を握りしめた。父の怒鳴り声に備えて。

「僕はメアリとは別れません。彼女には太子宮の侍女を務めてもらいます」

 国王が大きくため息を吐く。全く表情が変わらないので、余計に恐ろしくなる。

「メアリに侍女はさせられない。王太子の婚約者である侍女など、他の侍従や侍女たちが扱いに困るだけだ」

「お願いします! 僕はメアリと共に生きたいんです!」

 父の大きな指が、テーブルをトントンと叩く。

「今の若者は、教会で誓う前に共に暮らすとか……太子宮に若い婦人がたまに泊りに来ても、私にはわからないだろうな」

 テーブルを叩く音が止まった。

「え? で、では父上」

 ……公然と一緒に暮らすのは認められないが、いわゆる「秘密の結婚」を黙認するということか。

「世論の変化を踏まえて、大史司長を説得するにしても、お前たちの結婚式まで最低五年は必要だ」

 年代物の家具に囲まれた重厚な書斎が、薔薇色に輝きだした。

「父上! 認めてくださるのですか?」

「喜ぶのは早いぞ。頭の固い大史司長の意志を変えるのは難事だ。国民から前世持ちへの偏見を消すのは、さらなる難事だ」

「僕は、何年でも国民の理解が得られる日まで待ちます」

「待つのはお前だけではない。今お前がメアリを手放せば、令嬢は、良縁に恵まれよう。生まれ変わりだろうが、他教徒の富豪に嫁げば問題ない」

 薔薇色の輝きに影が差す。僕がメアリを諦めれば、彼女は他の男と普通に幸せになれる……。
 いや! メアリが他の男と結ばれ子供を産み、その子を抱き上げ微笑む……そんな未来、僕には耐えられない。

「僕は彼女に、普通にはない幸せを与えてみせます」

 本当はそんな自信はない。身勝手だろうが、それでもメアリを離したくない。

「そうか……できれば前世持ちではなく、他の令嬢を選んでほしかったが」

 父はクイーンマリーの香りに鼻をくぐらす。と、珍しいことに笑っている。

「しかし父親としては、息子に心から好きな女ができて嬉しく思う。お前に幸せを与えてくれたメアリ嬢には、感謝しかない」

 意外であった。父は、僕を「王太子」ではなく「息子」と思っていたのか。

「僕こそ、栄えあるネールガンドに僕を生み、ここまで育ててくださった父上と母上に、感謝しております」

 メアリとの婚約発表記者会見をしたとき以上の万能感が、全身を満たした。
 僕はソファから腰を上げ、足取り軽く書斎のドアに向かう。
 ドアノブに手をかけたところで、父が釘を刺した。

「いいか。教会が認めるまで、子供は絶対に作るな」


 騒動から三日経った午後、ペンブルック伯一家が僕を訪ねてきた。
 太子宮のこぢんまりとした応接間に入ると、メアリの姿に目が引き寄せられた。
 いつも彼女は、紺色の落ち着いた古風なドレスに身を包んでいるが、この日の彼女は、明るいローズ色を軽やかにまとっていた。マラシア大陸風の大柄な花模様をあしらっている。
 胸元を広く開けた流行りのデイドレス。白い肌が眩しい。思わず言葉を失う。
 セバスチャンが、「殿下」と耳打ちした。

「よく訪ねてきてくれた。メアリ……似合っている」

 かすれ声で賛辞を伝えた。

「おかしくないですか? 私、こういう服を着るのは初めてで……」

「きれいだ……」

 時間が止まったように見つめあうが、またセバスチャンに耳打ちされ、我に返る。

「伯爵夫妻よ。久しぶりに、ディナーはどうか?」

 この宮殿で、夫妻を交えて何度かディナーを取っている。
 しかし僕の提案に、伯爵夫妻は困惑しているようだ。

「殿下は、とっくに婚約破棄されてもおかしくない我が娘を気に掛けてくださった。ネールガンドの臣民として、これほど幸福なことはございません」

 ペンブルック伯の表情は幸福そうに見えない。

「殿下の温情に漬け込むようで心苦しいのですが、娘が殿下にお伝えしたいことがあるそうです。私どもは下がらせていただきますので」

 夫人も頭を下げる。

「勝手ながらお願いします。できることなら、殿下に娘の願いを叶えていただければ幸いです」

 メアリは夫妻の中央で身をすぼめ、真っ赤になっている。

 近いうちに僕は伯爵夫妻に、メアリとの「秘密の結婚」を願うつもりだった。今日までどのように切り出したらいいか、ずっと頭を巡らせていた。
 が、夫妻は娘一人を残して、帰るようだ。
 これは……いいのか?

「伯爵よ。その……話し合いが長引いて、その……メアリを明日、伯爵邸に送ることになるかもしれないが……構わないか?」

「勝手ながら申し訳もございません。娘をお願いいたします」

 ペンブルック伯は、今にも泣き出しそうだ。
 メアリはますます肩をすぼませ俯いている。
 この様子だと……メアリが望んでいるのか? 僕と……夜を過ごすことを。

「セバスチャン。今から僕と令嬢のディナーを用意してくれ。それと……令嬢がくつろげるよう客室を整えるように」

 僕は、内心の動揺を抑え、努めて冷静に支持をした……つもりだ。

「かしこまりました。準備が整いましたら、お声がけします。それまでこちらでお待ちください」

 王太子侍従長は、心得たと頷いた。


 誰もいなくなった応接間。メアリと二人きりで過ごすのは二週間ぶりか。
 彼女の手を取り、並んでソファに座る。
 強く抱きしめ、唇を重ね合わせた。どれほどこの時を待っていたか。

「ま、待ってロバート様」

 メアリは腕を突っぱね、逃れようとする。

「すまない。君に会えて嬉しくて、つい……」

 焦ることはない。時間はある。明日の朝まで。

「その……あらためてお詫びを申し上げます」

「お詫び? 君は詫びるようなことを、なにもしていないだろう?」

「いいえ、ロバート様。私は、王家に嫁ぐ者として前世を捨てるべきでした。なのに私は前世に執着しとうとう捨てることが叶いませんでした。お詫びのしようもございません」

 僕はメアリの頬に指を這わせた。

「言っただろう? 前世を消す必要はないと。いや、君は前世を大切にすべきだ」

「ロバート様はお優しすぎます」

 メアリは俯き、身を震わせている。
 こんなに愛らしい彼女が、魔王の手先であるはずがない。
 生まれ変わりを認める僕は、エリオン教徒失格だろうか? いや、史師エリオンは、人から喜びを奪う方ではない。きっと許してくださるだろう。

「心配することはない。陛下は、結婚式ができるまで待てとおっしゃった」

「え? 陛下が?」

 大きな緑色の眼が揺れている。

「正式な結婚まで何年もかかるだろうが、僕らは認められたんだ。子供はそれまでおあずけだけど」

「で、でも、それでは……」

「何年待っても認められなかったら、二人でこの国を出て子供を産めばいい」

「そ、そんな……」

「本当は君と一緒に暮らしたいが、それは難しいようだ。でも、時々君がこの宮に泊まるのは、目を瞑ってくれそうだよ」

 メアリの顔を覗き込む。彼女はなぜか、悲しげに眉を寄せている。
 やはり伯爵令嬢には、教会が認めない「秘密の結婚」は、抵抗があるのだろうか?

「君が嫌なら無理は言わない。でもこれからも、一緒に時を過ごしたい。そうだ。君の前世の話を聞きたいな」

「ああ、私は……ロバート様、いえ、殿下」

 彼女は、突然すっとソファから立ち上がった。
 先ほどまでの頼りなげに震えていた女は、どこかへ消えた。
 厳かで高貴な伯爵令嬢がそこにいた。

「どうか、私との婚約を破棄してください」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完】チェンジリングなヒロインゲーム ~よくある悪役令嬢に転生したお話~

えとう蜜夏
恋愛
私は気がついてしまった……。ここがとある乙女ゲームの世界に似ていて、私がヒロインとライバル的な立場の侯爵令嬢だったことに。その上、ヒロインと取り違えられていたことが判明し、最終的には侯爵家を放逐されて元の家に戻される。但し、ヒロインの家は商業ギルドの元締めで新興であるけど大富豪なので、とりあえず私としては目指せ、放逐エンド! ……貴族より成金うはうはエンドだもんね。 (他サイトにも掲載しております。表示素材は忠藤いずる:三日月アルペジオ様より)  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

モブ令嬢アレハンドリナの謀略

青杜六九
恋愛
転生モブ令嬢アレハンドリナは、王子セレドニオの婚約者ビビアナと、彼女をひそかに思う侯爵令息ルカのじれじれな恋を観察するのが日課だった。いつまで経っても決定打にかける二人に業を煮やし、セレドニオが男色家だと噂を流すべく、幼馴染の美少年イルデフォンソをけしかけたのだが……。 令嬢らしからぬ主人公が、乙女ゲームの傍観者を気取っていたところ、なぜか巻き込まれていくお話です。主人公の独白が主です。「悪役令嬢ビビアナの恋」と同じキャラクターが出てきますが、読んでいなくても全く問題はありません。あらすじはアレですが、BL要素はありません。 アレハンドリナ編のヤンデレの病み具合は弱めです。 イルデフォンソ編は腹黒です。病んでます。 2018.3.26 一旦完結しました。 2019.8.15 その後の話を執筆中ですが、別タイトルとするため、こちらは完結処理しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

処理中です...