10 / 26
10 彼の役に立ちたいの
しおりを挟む
「役員でうるさいのがいるのよ。マスクなしとか温度が高くて警告出ているのに、そのままビルに入った社員がいるってね……だれかしら、余計なこと言ったのは」
いつものせまい部屋であたしは左目を開けた。でもいつものように夜七時ではなく、珍しく昼休みの時間。
美樹本さんが、椅子に座っている砂尾さんと向き合っている。やだなあ。ダマスカラちゃん、ううんダマスカラじゃなくなった巻田さんの方が、ずっとマシ……あの子、全然来なくなったなあ。あそこまで完璧に振られたら、来られるわけないよね。あたしも悲しくなったもん。
「該当する社員は、総務でわかるはずです。都度、アラートがメールで送信されますし、社員の通過履歴はCSV形式で出力できます……画面を見てもらえませんか? もう一度、説明します」
砂尾さんがマウスをいじりだした。あ……普段、触られてない部分に到達されると、恥ずかしくなってくる。
「こそっと、砂尾君から本人に警告してくれない? そちらでわかるんでしょ?」
砂尾さんの指が硬直した。やだ……そこでやめられちゃうのも……変な気分になっちゃう。
「美樹本課長、それは、総務の仕事ではありませんか? 装置の管理運用は暫定的に我々がやりますが、我々には感染予防を指導する権限はありません」
今、揉めているのは多分、一昨日のことだ。
朝、丸山秀俊さんが出勤したとき、「温度が高めです」って教えてあげた。なのに丸山さんは、あたしの警告を無視して、しれっとエレベーターに乗ったんだよ。ひどいよ。あたし、こんなにがんばっているのに!
「ねえ、お役所みたいな硬いこと言わないで、お互い助け合いましょうよ」
「マスクなし、基準温度より高めの人を、ビルから締め出す手はありますよ。ドアの開閉システムと連動させるんです……予算があれば、ですが」
「そんなことしたら役員たちからクレームの嵐よ! できるわけないでしょ。ねえ……それより……」
またナチュメイクババア、砂尾さんの髪に指を滑り込ませている。気持ち悪いんだよ、お前!
と、砂尾さん、彼女の指をパッと振り払って、美樹本さんをにらみつけた。
「ソーシャルディスタンスです。何度言ったらわかってくれるんですか?」
どうしよう。怖い砂尾さんを見ると、あたし、ドキドキする。
おや、ババアも、腕を組んで目をつりあげている。
「砂尾君、あなたにそんなこと言う資格、あるの?」
「……二十年近く前の話です。私はあれ以来、社員とは節度ある態度を貫いているつもりです」
「そうかしら? 本当は、私への当て付けなんじゃない?」
「やめてください!」
やだ。怖い。昼休みの機械室で火花が散っている。おじさんとおばさんが、怖い顔してにらめっこしている。
「……ねえ、助けてくれないの?」
あ、砂尾さん、また、あたしをいじりだした。さっきと同じメニューだ。あ、もっと、あたしの深いところをいじっている。マウスじゃなくて、キーボードでカタカタと何か打ち出した。
あたし、なんか変になっちゃう、やだ、あたしが変わっちゃうよ……。
「……違反通過した社員に、自動でメールが送信されるように設定しました」
「やったあ! ありがと砂尾君、大好きよ! これで役員連中に、対策とってるって堂々と報告できるわ!」
美樹本さんが、砂尾さんの椅子の背もたれ越しに抱き着いて、手を彼の頭や胸に滑らせた。
やめて! あたしの砂尾さんに触らないで。眼鏡の奥ですごく困ってるじゃない!
「正常温度です」
「いやだ! 突然、変な音出さないでよ!」
ナチュメイクババアが飛びのいた。やった、砂尾さんから離れてくれた。
「カメラが正常に動いている証拠ですよ」
お、砂尾さん、ドヤ顔している。ふふ、いい顔。
ね? あたし、少しはあなたの役に立ってるかな?
あたし、あなたに触る腕はないけど、喜んでもらえるためなら何でもするよ。
いつものせまい部屋であたしは左目を開けた。でもいつものように夜七時ではなく、珍しく昼休みの時間。
美樹本さんが、椅子に座っている砂尾さんと向き合っている。やだなあ。ダマスカラちゃん、ううんダマスカラじゃなくなった巻田さんの方が、ずっとマシ……あの子、全然来なくなったなあ。あそこまで完璧に振られたら、来られるわけないよね。あたしも悲しくなったもん。
「該当する社員は、総務でわかるはずです。都度、アラートがメールで送信されますし、社員の通過履歴はCSV形式で出力できます……画面を見てもらえませんか? もう一度、説明します」
砂尾さんがマウスをいじりだした。あ……普段、触られてない部分に到達されると、恥ずかしくなってくる。
「こそっと、砂尾君から本人に警告してくれない? そちらでわかるんでしょ?」
砂尾さんの指が硬直した。やだ……そこでやめられちゃうのも……変な気分になっちゃう。
「美樹本課長、それは、総務の仕事ではありませんか? 装置の管理運用は暫定的に我々がやりますが、我々には感染予防を指導する権限はありません」
今、揉めているのは多分、一昨日のことだ。
朝、丸山秀俊さんが出勤したとき、「温度が高めです」って教えてあげた。なのに丸山さんは、あたしの警告を無視して、しれっとエレベーターに乗ったんだよ。ひどいよ。あたし、こんなにがんばっているのに!
「ねえ、お役所みたいな硬いこと言わないで、お互い助け合いましょうよ」
「マスクなし、基準温度より高めの人を、ビルから締め出す手はありますよ。ドアの開閉システムと連動させるんです……予算があれば、ですが」
「そんなことしたら役員たちからクレームの嵐よ! できるわけないでしょ。ねえ……それより……」
またナチュメイクババア、砂尾さんの髪に指を滑り込ませている。気持ち悪いんだよ、お前!
と、砂尾さん、彼女の指をパッと振り払って、美樹本さんをにらみつけた。
「ソーシャルディスタンスです。何度言ったらわかってくれるんですか?」
どうしよう。怖い砂尾さんを見ると、あたし、ドキドキする。
おや、ババアも、腕を組んで目をつりあげている。
「砂尾君、あなたにそんなこと言う資格、あるの?」
「……二十年近く前の話です。私はあれ以来、社員とは節度ある態度を貫いているつもりです」
「そうかしら? 本当は、私への当て付けなんじゃない?」
「やめてください!」
やだ。怖い。昼休みの機械室で火花が散っている。おじさんとおばさんが、怖い顔してにらめっこしている。
「……ねえ、助けてくれないの?」
あ、砂尾さん、また、あたしをいじりだした。さっきと同じメニューだ。あ、もっと、あたしの深いところをいじっている。マウスじゃなくて、キーボードでカタカタと何か打ち出した。
あたし、なんか変になっちゃう、やだ、あたしが変わっちゃうよ……。
「……違反通過した社員に、自動でメールが送信されるように設定しました」
「やったあ! ありがと砂尾君、大好きよ! これで役員連中に、対策とってるって堂々と報告できるわ!」
美樹本さんが、砂尾さんの椅子の背もたれ越しに抱き着いて、手を彼の頭や胸に滑らせた。
やめて! あたしの砂尾さんに触らないで。眼鏡の奥ですごく困ってるじゃない!
「正常温度です」
「いやだ! 突然、変な音出さないでよ!」
ナチュメイクババアが飛びのいた。やった、砂尾さんから離れてくれた。
「カメラが正常に動いている証拠ですよ」
お、砂尾さん、ドヤ顔している。ふふ、いい顔。
ね? あたし、少しはあなたの役に立ってるかな?
あたし、あなたに触る腕はないけど、喜んでもらえるためなら何でもするよ。
1
あなたにおすすめの小説
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
こじらせ女子の恋愛事情
あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26)
そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26)
いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。
なんて自らまたこじらせる残念な私。
「俺はずっと好きだけど?」
「仁科の返事を待ってるんだよね」
宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。
*******************
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
“熟年恋愛”物語
山田森湖
恋愛
妻を亡くし、独りで過ごす日々に慣れつつあった 圭介(56)。
子育てを終え、長く封じ込めていた“自分の時間”をようやく取り戻した 佳奈美(54)。
どちらも、恋を求めていたわけではない。
ただ——「誰かと話したい」「同じ時間を共有したい」、
そんな小さな願いが胸に生まれた夜。
ふたりは、50代以上限定の交流イベント“シングルナイト”で出会う。
最初の一言は、たった「こんばんは」。
それだけなのに、どこか懐かしいような安心感が、お互いの心に灯った。
週末の夜に交わした小さな会話は、
やがて食事の誘いへ、
そして“誰にも言えない本音”を語り合える関係へと変わっていく。
過去の傷、家族の距離、仕事を終えた後の空虚——
人生の後半戦だからこそ抱える孤独や不安を共有しながら、
ふたりはゆっくりと心の距離を縮めていく。
恋に臆病になった大人たちが、
無理をせず、飾らず、素のままの自分で惹かれ合う——
そんな“優しい恋”の物語。
もう恋なんてしないと思っていた。
でも、あの夜、確かに何かが始まった。
甘い失恋
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私は今日、2年間務めた派遣先の会社の契約を終えた。
重い荷物を抱えエレベーターを待っていたら、上司の梅原課長が持ってくれた。
ふたりっきりのエレベター、彼の後ろ姿を見ながらふと思う。
ああ、私は――。
お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚
ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。
五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。
ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。
年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。
慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。
二人の恋の行方は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる