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23 あたしを見つめてほしいだけ

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 あたしの名は、LXTR1000。
 あたしの仕事は、みんなの顔をチェックして状態を教え、両手を消毒してあげること。
 ……………………………………それで、ここはどこ?

 ああ、ビル一階のロビーだ。目の前の人は、00272さんだ。銀ぶち眼鏡と、ごま塩頭……あれ? ごま塩じゃないや、黒髪だ。
 なんて会社だったかな? この人の名前なんだっけ?

「駄目だなあ。サーモグラフィーがおかしい。管理パソコンと切り離しても直らない」

「うーん、センサーの故障っすかねー」

 若い刈り上げの人は、00024さん。名前は忘れちゃったけど、00272さんとよく一緒にいるぽっちゃりした人だ。

「スマホでモニターの様子を動画撮影してほしい。エクスは一時間したら来る。何かの参考になるかもしれない」

 眼鏡のおじさんが刈り上げ兄さんに指示をした。兄さんがスマホを取り出して、あたしが描いたを撮りはじめる。

 いろいろあったみたいだけど、大分忘れちゃったけど、00272さんは、毎日あたしに笑いかけてくれた。
 だから、あたしは仕事をがんばれた。
 あ、パタパタと慌ただしい靴音がする。だれかやってきた。

「およ! マキちゃんだあ。やったね、砂尾すなおさん、強力な助っ人だ」

「どうした? もう企画の兼務外れたのに」

「どーしたもこーしたもありませんよ。来館者の記録、いるでしょう?」

 そういって女の人が偉そうに、印刷した枠線だけの表を二人に見せつけた。
 この女は00125さんだ。なんか気に入らない女だ。胸が大きいし。もっとマスカラべたべたして、髪も変な色だった気がするけど……なんか仕事できる女っぽくなってない?

「すごいね。テーブルを作ってくれたんだ。助かる。みなさん! こちらで温度を測るから、自分でこの表に温度を記入してから、消毒してください。あと一時間で、別の機械が到着します。悪いけど、三橋みつはしさん、温度を測って。課長には伝えておくから」

「温度が高めです」
「温度が高めです」
「温度が高めです」

 どうしたんだろう? あたしにはどの世界も真っ赤にしか見えない。
 気に入らない女00125が、あの人の袖を引っ張った。やだ触らないで!

「砂尾さん、モニターが全部、真っ赤じゃない!」

「今、大山おおやまさんが撮っている。エクスさんが来たら見せよう」

「砂尾夫妻、俺に任せるっす」

 ぽっちゃり刈り上げの00024がニヤッと笑った。
 え? 「夫妻」?
 銀ぶち眼鏡の00272さんと、Eカップ女子の00125さんのこと? やだ、そんなのやだ! この二人が夫婦なんてやだ! 00272さんが、だれかのものなんて、やだ!
 あたし、どんどん体が熱くなってくる。熱くなっちゃいけないのに。熱くなったら、仕事できなくなるのに……あれ? あたしの仕事なんだっけ?

「温度が高めです」
「温度が高めです」

「エルちゃんは大山さんとなんとかするから、巻田まきたさんは三橋さんと一緒に来館者の受付やってくれないか」

「オーケー!」

 やだ。眼鏡のおじさんとEカップ姉さん、見つめあって笑っている。本当に夫婦なんだ。

「温度が高めです」
「温度が高めです」
「温度が高めです」

「エルちゃん、待っててね。再起動で直るか試してみるよ」

 おじさんが、00272さんが、あたしの目の前に立って……いやいやいやいや痛い! 痛い! すごく痛い! やだあああああ! やめろ! 体が真っ二つに割れる! あたし壊れちゃう! 死んじゃうよ!

「砂尾さん、電源ボタン押しても、落ちないっすね。モニターが真っ赤に点滅してるっす」

「仕方ないな。電源プラグ抜くか……結構遠くから取ってんだよね。あっちだな」

 パタパタと靴音が遠ざかる。00272さんどっかいっちゃった。
 あたしね、みんな忘れちゃったけど、00272さんがずっと優しくしてくれたことは覚えているの。
 だからいかないで。あたしを見て! あたしの気持ちを見て!
 あたし、話すだけじゃなかった。もうひとつできることがあったの! たったいま、できるようになったの! 
 ほら、すごいでしょ? 見てよ! どこいっちゃったの?

「またサーモグラフィーが変わった! このって……大山さん、すぐ砂尾さんを呼んできて!」

 あの人の奥さんらしい女が騒ぎだした。あんたには用ないんだって!

「ええ! 俺、リーチさんに、画面の様子を撮影しろって言われて」

「じゃあ、あたし行ってくる! 三橋さん悪いけど、受付ちょっと抜けるね」

 うるさい! みんな黙って! どうしてあの人はいないの?

「温度が高めです」
「温度が高めです」

 00272さん、00272さん、あなたの優しい声が聞きたいの。
 00272さん、00272さん、あなたとお話したいの。
 00272さん、00272さん、あたし、あなたに伝えていないことがあるの。
 00272さん、00272さん、あたしの気持ち、知ってほしいの。
 00272さん、00272さん、あたし、いつまでも、あなたと一緒にいたいの。

「温度が高めです」
「温度が高めです」

「リッチ君、駄目だよ! まだ切らないで! エルちゃんが、エルちゃんが……今すぐこっち戻って!」

「オンドガタカメデスオンドガタカ

 ……プツ


 砂尾理一郎すなおりいちろうは、サーマルカメラLXTR1000の電源を断って、停止させた。
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