「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる

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三章 国民のアイドル

30 コンテスト開始

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 プレゼンテーション・コンテストの会場は、昨年と同じ、時計台の近くにある札幌特別区民ホールだ。
 ひみこ、アレックス、グエンの三人は、ホールのホワイエに向かうと、アレックスの秘書、フィッシャー・エルンストが、先に会場に入っていた。

「あ、フィッシャーさん」

 少女は教師のオリジナルであるゴーグルの中年男に挨拶する。

「久しぶりです。鈴木ひみこさん」

「面白いですね。毎日、会ってるのに、久しぶりって」

「会っているのは私のアバターで、私ではありませんから」

 フィッシャーは青白い顔にゴーグルをクイっと掛け直す。
 相変わらず、ロボットよりロボットみたいだこの人、と、初めて彼に会った時のことを思い出す。

「フィッシャーさんは、声と顔色が先生と同じです」

「当然です。アバターは私をベースにしていますから」

 ひみこはチラッとアレックスに視線を投げかける。

「そうですか……」

 アレックス、ひみこ、グエン・ホア、そしてフィッシャー・エルンストの四人は、装着したウシャスのチェックを受けてホールに入った。

 コンテストが始まる。
 文化大臣が挨拶する。ここが首都札幌とはいえ、通常、プレゼン大会の予選に文化大臣が挨拶することはないので、一同がどよめく。
 司会が「修学旅行で中国地方から来た高校生が見学に来ています」と案内すると、前の席に座っている十人ほどの生徒が立って、頭をペコっと下げる。
 他の来賓の挨拶や審査方法などの説明が終わると、休憩に入った。

「ひみこ、僕はついていてあげたいが、文化大臣が来ている以上、どうしても席を外さなければならない。なるべく早く戻る。フィッシャーがいるから心配しなくていいよ」

「私は大丈夫です。フィッシャーさん、お願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 ひみこの保護者の秘書は、機械的に答えた。
 グエン局長が、三人に割り込む。

「ダヤルさん、案内します。大統領が、ミーティングルームで待っています」

「ホア、君は本当に有能だね。驚いたよ、まさか日本国大統領まで呼ぶとは」

 予想以上のグエンの働きに、アレックスは顔をほころばせる。

「大統領は日本語族の保護について、強い関心を持ってます……あっ、ジミー、こっち来て」

 グエンが手招きすると、彼女と同年代に見える若い男が現れた。

「よろしく! リー・ジミーです」

 リーはひみこに手を差し出し、二人は握手した。呼びかけたグエンが男を紹介する。

「私の後輩で、札幌新都中学校の先生です。ダヤルさんの代わりにひみこさんをサポートします」

「ホア、僕の代わりだと?」

 アレックスの眉がピクっと吊り上がる。

「失礼、誰もダヤルさんの代わりにはなれませんね。さ、行きましょう。大統領は、時間に厳しい人なんです」

 グエン局長は、アレックスの袖を引いてホールを去った。


 コンテストが始まった。
 内容は、前回のコンテストと似たり寄ったりで、庭に咲いたパンジーや通学中の雑談など、ひみこにはどこがいいのかわからない話に、人々は感動している。

 ふと、ひみこは思いだした。
 アレックスから渡されたゴーグル。これを着けるとウシャスの力が少しは使えるのだ。自分も、これらのプレゼンの価値がわかるかもしれない。
 と、ゴーグルを巾着から取り出して装着してみる。

 ──うそ! 無理!

 襲いかかってくるイメージの奔流に飲み込まれそうになり、慌ててひみこは外した。
 アレックスは感度を下げたと言っていたが、信じられない……本番まで使うのはやめよう──少女は、ウシャスのゴーグルを巾着に戻した。


 いよいよ、ひみこの番が回ってきた。舞台袖で、クリップ状のマイクを受け取り、振袖の襟に挟み込む。
 司会が舞台で紹介する。

「鈴木ひみこさんは、『日本語族』です。この国に古くから住んでいる貴重な先住民族です。今残っている『日本語族』は、鈴木さんとお父さんお母さんの三人だけです」

 ──自分は、保護すべき貴重な先住民族──

 司会の言葉が、ひみこの胸に突き刺さる。
 彼は彼女を罵倒しているわけではない。なぜ不快になるのかひみこ自身もわからない。

「それでは鈴木ひみこさんお願いします」

 ひみこは、舞台の中央に進んだ。二千人もの聴衆の前に立ちガクガクと震えてくる。
 ざっと客席を見渡すが暗くてよくわからない。
 震える手で袂からゴーグルを取り出した。観客席で着けたときのイメージの奔流を思うと、恐ろしくなってくる。
 が、この勝ち目のないプレゼンテーションで、少しでも勝利に近づきたい。
 ひみこは勇気を振り絞って、ゴーグルを装着した。

 ──リアル原住民かあ
 ──槍は持ってないんだね
 ──突然、ポポポって踊りだしたりして
 ──あのゴーグル、縄文土器みたい

 ひみこは、自分が野蛮な原始人だと思われていることに、ショックを受ける。
 ……いや、ある意味、本当だった。川で魚を釣っていたし、こんなゴーグルがなくても生きていけた。
 で、でも、違う。違うって見せつけないと! 自分はあの親たちとは違うんだ!

「はじめまして、私は鈴木ひみこ、日本人、十四歳です」

 かすれ声で共通語を発した。

 ──へー、一応言葉しゃべるんだ
 ──発音、ワラエル。ジューニョンチャイ だって

 ウシャスの力が伝える囁きの群れに、ひみこは圧倒される。

「私は、日本語族です。古い民族です。東京で生まれました。多摩川を知ってますか?」

 ──脳波こないからわからないや。なにタマガワって?
 ──原始人だから、仕方ないでしょ

 次々と襲う囁きを、彼女は振り払った。

「私の父は、ときどき多摩川で魚を釣りました。私たちは、魚に塩を振って焼いて食べました」

 その途端、囁きではなく、はっきりとした怒号が、ひみこを襲う。

 ──魚、食べる!
 ──さいてー!
 ──やっぱり、野蛮!
 ──きたねー! 脊椎動物食べるなんて!

 ひみこは、アレックスから脊椎動物を食べることの問題を、散々聞かされてきたのに、うかつにも話してしまった。

 ──川で魚獲るって、法律違反じゃん!
 ──あたし、魚食べたことないよ!
 ──ずるい、先住民だからって何やってもいいの?

 声にはならない襲いかかる糾弾の嵐。

「やだああ! もうやめてええ!」

 雑言を振り払おうと、ひみこは頭を振るが、簪でまとめた頭の重さに耐え兼ね、ひみこはバランスを崩す。

「うわあ!」

 叫んだ時は遅かった。
 踏みとどまろうとするが、厚底の草履で上手くいかず、足首を捻り、振袖の少女は、ドタンと、しりもちをついた。

 静まりかえるホール。観客は無言でひみこを見つめている。
 が、彼らの心の中は、野蛮な先住民の無様な姿への嘲笑でいっぱいだ。
 もうやだ! 親を見返すなんて無理だよ!

 その時。
 一番前に座っていた少年が、駆け上がってきた。

「ダイジョーブデスカ?」

 それは、ひみこが一年ぶりに聞いた、肉声の日本語だった。
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