21 / 77
一章 僕は彼女を忘れない
21 勉強合宿開始 ※R
しおりを挟む
「三好く~ん、このウネウネ、どーやって書くの?」
篠崎あいらが、リビングのテーブルに、テキストやノートパソコン、関数電卓を広げて、唸っている。
夏休みに入り、彼女がマンションに泊まりにきた。
堀口宗太を初め男らを泊めたことはあるが、女の子は初めてだ。枕はもちろん、歯ブラシも買ってしまったが、あいらは律儀にうがい用のコップまで持ってきた。
「いつでも泊まれるよう、荷物置いてったら?」と提案したが、「それは彼女さんに悪いよ」と断られる。
夏らしく、昼食にビシソワーズにトマトソースの冷製パスタを用意したら、評判がよかった。
が、彼女は食事が終わると「勉強合宿よろしくお願いします」と頭を下げて、本当に勉強を始めてしまった。
「グチャグチャしている謎の文字、これ何?」
あおらがスマホの写真を見せた。物理講義の黒板を撮影したらしい。
「グザイだよ」
ギリシャ文字の中では、複雑な形をしている。数式によく登場する。
「……読み方わかっても、書けないよ」
確かにグザイは書くのにコツがいる。僕も少し練習した。
「僕は、イプシロンεの上に小さいヒゲをつけて、下半分をSにして書いてるよ」
あいらはノートパソコンのメモ帳を起動し、僕にペンを握らせた。
こうなったらグザイ――ξを書くしかない。
「カッコいい! 保存しておこう。お手本にするね。そうだ、他の文字は?」
大きな目を潤ませるものだから、αアルファからωオメガまで書く羽目になった。
その後も彼女は黙々と勉強を続けた。仕方ないので僕も合わせる。
「粒子と波動の二重性? わけわかんない~」
「波動関数って結局なんなの~」
「何で、電磁気学では虚数がjになるの?」
「大体、虚数って誰が考えたのよ~。二乗してマイナス? 気持ち悪い」
彼女の疑問に対して僕なりに答えてみたが、僕も彼女と同じただの一年生だ。自信はない。
煮詰まる彼女のため、できることは他にもある。キッチンでローズヒップティーを淹れ、フルーツタルトを出した。
「いい香り。ここに来ると私もセレブになれるなあ」
ようやく彼女の笑顔を今日見られた。そこで僕は、素朴な疑問をぶつける。
「あいらは何で工業大学に入ったの?」
パートナーの笑顔が固まった。
これは聞いてはいけない質問だったか。が、膨れ上がる疑問を解消したい。
あいらは一般試験で入学できたのだから、理数系科目はそれなりにできるのだろう。
が、彼女の学問に対する姿勢は、工業大学の学生らしくない。単位のために、イヤイヤ勉強しているのが、すごく伝わってくる。彼女の脳波を測らなくても、勉強への嫌悪感が伝わってくる。
知らないことを知る喜びを感じたことはないのだろうか?
「……私、単語とか歴史年表とか、とにかく暗記は大っ嫌いなの」
わからないでもないが、語呂合わせをするとかイメージを作るなど工夫すれば何となる。暗記用のイメージ作りはなかなか楽しいのに。
「でも三好君、数学とか物理って、式一つ覚えれば何とかなるでしょ?」
それはわかる。高校で万有引力の法則を習ったとき、感動した。一つの式から、地球と月、惑星の未来を描けるのだ。
「理系なら暗記しなくていいから楽だと思ったの」
「楽になった?」
篠崎あいらから笑顔が完全に消えた。眉を寄せて首を振る。
「前も言ったかな? 高校では勉強できる方だったけど、ここじゃ完全に落ちこぼれだよ。暗記しなくて済む、というのは大学受験までなんだね」
そうだ。理数系に限界を感じた彼女は、小説を書き始めたのだ。それがきっかけで、僕らは今こうして過ごしている。
「あいらが書いた小説、読みたいな」
「恥ずかしいから駄目!」
恥ずかしい? 小説で書くエッチシーンの参考にする、という口実で彼女は僕に近づいてきたのに。
「ネットに公開してるんだよね? もっと読まれたいって言ってたじゃないか」
「それとこれは別。知ってる人には読まれたくない」
わからない。小説を公開しているのに、恥ずかしいから読まれたくないとは、どういう心理だ?
小説創作の手伝いをしてきた身としては、知りたいところだ。彼女が書くエロいシーン……そこに大いに関わっている自分としては、確認しなければならない。
彼女の肩をぐいっと引き寄せる。
「小説を手伝ってる人間としては、成果を確認したい」
「帰ったらアドレス送る。それじゃ駄目?」
答える代わりに僕は彼女の肩をカーペットに押し付けて、ふっくらした唇を吸い取った。
そこから先は、彼女を喜ばせるため、勉強どころではなくなった。
「床の上でするのって、すごいエッチ」
「あいら、こういうの好きだよね」
それは本当だ。ベッド以外の場所でする方が、彼女は激しくなる。
女がとろけて言葉を失った頃を見計らい、温かく弾力ある入口を貫こうとする。
その時。
──ピンポーン
最悪なタイミングでのインターフォン。
あいらは侵入を阻もうと、僕の胸に小さな腕を突っぱねる。
──ピンポーン
「三好君、お客さん……だ、駄目……で、出ないと」
開きかけた彼女の唇を噛んだ。
僕も彼女も下半身が剥き出しだ。ましてや直立した僕の息子を人前に晒せと言うのか!
なおも抵抗する女を封じ込めるため、濡れた襞をなぞった。
── ピンポーン、ピンポーン
「あいら、ネット契約のセールスだよ」
僕の指と舌の技によって、あいらは抵抗を諦め僕を受け入れた。
腰を打ち付けながら、自分の言葉に引っ掛かりを覚える。
── セールスマン? だってこのマンションは……
が、放出を求める激しい熱波が疑問を掻き消し、ほどなく僕らは叫び果てた。
うるさい訪問者がいつ去ったのか、互いを貪るのに忙しすぎてわからなかった。
その後、僕らは、バスルームで求めあった。
何度も僕の技でイカされたあいらは、ベッドの上で放心したまま天井を眺めていた。
「さっきのピンポン……彼女さんじゃないよね?」
僕は、沸騰したばかりの蒸気のようにガバッと跳ね起きた。
「そんなわけない! 彼女がここに来るわけないんだ!」
僕が一人暮らしを始めたのは卒業してからだ。青山星佳はここを知らない。母に聞けばわかるかもしれないが……いや?
「あいら、その……彼女とはずっと疎遠で、僕が引っ越したことすら知らないと思う」
「三好君、彼女さんとここでしたことはないの?」
僕は大きく頷いた。やばい。あいら以外の女を知らない、と思われてしまう。
「その……自宅で親がいない時とか、誰もいない教室とか学校の倉庫とか、たまにはホテルも……」
「高校生の時からエッチだったんだね。私はブスだし、バイトで部活もできないから、彼氏なんか無理だった。一生こんなことできないと思ってたよ」
よかった。ホテルがどんな場所か聞かれたら、危なかった。
「エッチなホテルって、どんな感じ?」
うわあ! 時間差で聞くなよ。
「ああいう下品なホテルは嫌いだから、普通のホテルだった」
「すごい! やっぱりお坊ちゃんだね。高いでしょ?」
「たまにね。正月でお年玉もらった時とか」
あいらが身を起こして、僕の背中にむき出しの大きな胸を押しつけた。柔らかくて気持ちい。
「ずるいよ。彼女さんと疎遠で、私だけがここでしてるなんて、嘘でも期待しちゃうよ」
泣きそうな声でボソッと呟かれた。そうだよな。そう来るよな。
これ以上、恋人がいるフリは苦しくて続けられない。事実を告げよう。
僕はくるっと向いて彼女を腕に閉じ込めた。
「ごめん。その……彼女とは別れたんだ。随分前に」
「え?」
彼女の声も眼も喜びに溢れている。脳波など測定するまでもなく、彼女の考えが伝わってくる。
「私とこんなことしてるって、バレちゃったのかな?」
もう嬉しくて仕方ないって声だ。
「そうじゃない。彼女とは、君に会う前から別れてたんだ。本当だ」
「そ、そうだったの? じゃ、じゃあ……」
じゃあ、私じゃ駄目? だよな。見え見えすぎる。
「だけど、僕は彼女が好きなんだ! 忘れられない。ごめん!」
腕の中の小さな生き物が縮こまった。
「三好君、振られちゃったの? 三好君を振るなんて信じられない」
君は怒っているふりをしているけれど、本当は嬉しいんだろ?
しかし、この三好雅春が一方的に彼女に振られたなどと、告白したくない。
「そうじゃないんだ! 僕と彼女は互いの両親から反対され、別れさせられたんだ!」
僕は何を口走った?
「お父さんとお母さんが反対? 三好君……彼女さん妊娠させたとか?」
なんでそういう発想になる!
「まさか! 僕と彼女の父は同業者の社長で、家族ぐるみで付き合ってたんだ」
それは本当だ。僕の父は不動産会社、青山星佳の父は建設会社を経営し、協力関係にある。
「でも二つの会社が対立して付き合えなくなったんだ」
我ながらよく出来た嘘だと感心する。
事実は正反対。
母は未だに「今からでも星佳ちゃんに謝りなさい」と催促する。父は「青山さんが『娘がわがままで申し訳ない』と謝ってきたぞ」と知らせ「お前が振られて青山さんに多少貸しができた。よくやった」と喜んでいた。愛情の欠片もないひどい父親だ。
「ロミオとジュリエットみたいな話が、今の日本でもあるんだね」
あいらが僕の背中にキュッとと腕を回した。
「君とこうしているのは本当に楽しい。でも、僕も彼女も無理に別れさせられたから、他の子とちゃんと付き合うわけに行かないんだ」
目を潤ませてあいらはコクンと頷いた。
「私、安心した。彼女さんがいる人とこんなことしていいのかなって悩んでたから。でも、三好君は辛いよね」
彼女のショートヘアを撫でた。僕の指は生体電極。彼女の脳波が伝わってくる。
「本当は三好君が彼女さんと元に戻ればいいんだよね。でもごめんね。私、そこまでいい人じゃないの」
君は充分過ぎるほどいい子だよ。
「三好君と彼女さんのお父さんたちが仲悪いのは悲しいことなのに……私、喜んでる。ひどいよね」
君は悪くない。ひどいのは僕だ。
居た堪れず僕はベッドから出て服を着た。
「お腹すいただろ? そろそろ夕食の時間だ。コンビニ行ってくるよ。あいらはそのまま寝てな」
「私も行くよ」
篠崎あいらは寂しげに笑い、ノロノロと着替えた。そんな彼女がまた欲しくなったが、僕は理性を総動員し、小さな手を引いてマンションを後にした。
篠崎あいらが、リビングのテーブルに、テキストやノートパソコン、関数電卓を広げて、唸っている。
夏休みに入り、彼女がマンションに泊まりにきた。
堀口宗太を初め男らを泊めたことはあるが、女の子は初めてだ。枕はもちろん、歯ブラシも買ってしまったが、あいらは律儀にうがい用のコップまで持ってきた。
「いつでも泊まれるよう、荷物置いてったら?」と提案したが、「それは彼女さんに悪いよ」と断られる。
夏らしく、昼食にビシソワーズにトマトソースの冷製パスタを用意したら、評判がよかった。
が、彼女は食事が終わると「勉強合宿よろしくお願いします」と頭を下げて、本当に勉強を始めてしまった。
「グチャグチャしている謎の文字、これ何?」
あおらがスマホの写真を見せた。物理講義の黒板を撮影したらしい。
「グザイだよ」
ギリシャ文字の中では、複雑な形をしている。数式によく登場する。
「……読み方わかっても、書けないよ」
確かにグザイは書くのにコツがいる。僕も少し練習した。
「僕は、イプシロンεの上に小さいヒゲをつけて、下半分をSにして書いてるよ」
あいらはノートパソコンのメモ帳を起動し、僕にペンを握らせた。
こうなったらグザイ――ξを書くしかない。
「カッコいい! 保存しておこう。お手本にするね。そうだ、他の文字は?」
大きな目を潤ませるものだから、αアルファからωオメガまで書く羽目になった。
その後も彼女は黙々と勉強を続けた。仕方ないので僕も合わせる。
「粒子と波動の二重性? わけわかんない~」
「波動関数って結局なんなの~」
「何で、電磁気学では虚数がjになるの?」
「大体、虚数って誰が考えたのよ~。二乗してマイナス? 気持ち悪い」
彼女の疑問に対して僕なりに答えてみたが、僕も彼女と同じただの一年生だ。自信はない。
煮詰まる彼女のため、できることは他にもある。キッチンでローズヒップティーを淹れ、フルーツタルトを出した。
「いい香り。ここに来ると私もセレブになれるなあ」
ようやく彼女の笑顔を今日見られた。そこで僕は、素朴な疑問をぶつける。
「あいらは何で工業大学に入ったの?」
パートナーの笑顔が固まった。
これは聞いてはいけない質問だったか。が、膨れ上がる疑問を解消したい。
あいらは一般試験で入学できたのだから、理数系科目はそれなりにできるのだろう。
が、彼女の学問に対する姿勢は、工業大学の学生らしくない。単位のために、イヤイヤ勉強しているのが、すごく伝わってくる。彼女の脳波を測らなくても、勉強への嫌悪感が伝わってくる。
知らないことを知る喜びを感じたことはないのだろうか?
「……私、単語とか歴史年表とか、とにかく暗記は大っ嫌いなの」
わからないでもないが、語呂合わせをするとかイメージを作るなど工夫すれば何となる。暗記用のイメージ作りはなかなか楽しいのに。
「でも三好君、数学とか物理って、式一つ覚えれば何とかなるでしょ?」
それはわかる。高校で万有引力の法則を習ったとき、感動した。一つの式から、地球と月、惑星の未来を描けるのだ。
「理系なら暗記しなくていいから楽だと思ったの」
「楽になった?」
篠崎あいらから笑顔が完全に消えた。眉を寄せて首を振る。
「前も言ったかな? 高校では勉強できる方だったけど、ここじゃ完全に落ちこぼれだよ。暗記しなくて済む、というのは大学受験までなんだね」
そうだ。理数系に限界を感じた彼女は、小説を書き始めたのだ。それがきっかけで、僕らは今こうして過ごしている。
「あいらが書いた小説、読みたいな」
「恥ずかしいから駄目!」
恥ずかしい? 小説で書くエッチシーンの参考にする、という口実で彼女は僕に近づいてきたのに。
「ネットに公開してるんだよね? もっと読まれたいって言ってたじゃないか」
「それとこれは別。知ってる人には読まれたくない」
わからない。小説を公開しているのに、恥ずかしいから読まれたくないとは、どういう心理だ?
小説創作の手伝いをしてきた身としては、知りたいところだ。彼女が書くエロいシーン……そこに大いに関わっている自分としては、確認しなければならない。
彼女の肩をぐいっと引き寄せる。
「小説を手伝ってる人間としては、成果を確認したい」
「帰ったらアドレス送る。それじゃ駄目?」
答える代わりに僕は彼女の肩をカーペットに押し付けて、ふっくらした唇を吸い取った。
そこから先は、彼女を喜ばせるため、勉強どころではなくなった。
「床の上でするのって、すごいエッチ」
「あいら、こういうの好きだよね」
それは本当だ。ベッド以外の場所でする方が、彼女は激しくなる。
女がとろけて言葉を失った頃を見計らい、温かく弾力ある入口を貫こうとする。
その時。
──ピンポーン
最悪なタイミングでのインターフォン。
あいらは侵入を阻もうと、僕の胸に小さな腕を突っぱねる。
──ピンポーン
「三好君、お客さん……だ、駄目……で、出ないと」
開きかけた彼女の唇を噛んだ。
僕も彼女も下半身が剥き出しだ。ましてや直立した僕の息子を人前に晒せと言うのか!
なおも抵抗する女を封じ込めるため、濡れた襞をなぞった。
── ピンポーン、ピンポーン
「あいら、ネット契約のセールスだよ」
僕の指と舌の技によって、あいらは抵抗を諦め僕を受け入れた。
腰を打ち付けながら、自分の言葉に引っ掛かりを覚える。
── セールスマン? だってこのマンションは……
が、放出を求める激しい熱波が疑問を掻き消し、ほどなく僕らは叫び果てた。
うるさい訪問者がいつ去ったのか、互いを貪るのに忙しすぎてわからなかった。
その後、僕らは、バスルームで求めあった。
何度も僕の技でイカされたあいらは、ベッドの上で放心したまま天井を眺めていた。
「さっきのピンポン……彼女さんじゃないよね?」
僕は、沸騰したばかりの蒸気のようにガバッと跳ね起きた。
「そんなわけない! 彼女がここに来るわけないんだ!」
僕が一人暮らしを始めたのは卒業してからだ。青山星佳はここを知らない。母に聞けばわかるかもしれないが……いや?
「あいら、その……彼女とはずっと疎遠で、僕が引っ越したことすら知らないと思う」
「三好君、彼女さんとここでしたことはないの?」
僕は大きく頷いた。やばい。あいら以外の女を知らない、と思われてしまう。
「その……自宅で親がいない時とか、誰もいない教室とか学校の倉庫とか、たまにはホテルも……」
「高校生の時からエッチだったんだね。私はブスだし、バイトで部活もできないから、彼氏なんか無理だった。一生こんなことできないと思ってたよ」
よかった。ホテルがどんな場所か聞かれたら、危なかった。
「エッチなホテルって、どんな感じ?」
うわあ! 時間差で聞くなよ。
「ああいう下品なホテルは嫌いだから、普通のホテルだった」
「すごい! やっぱりお坊ちゃんだね。高いでしょ?」
「たまにね。正月でお年玉もらった時とか」
あいらが身を起こして、僕の背中にむき出しの大きな胸を押しつけた。柔らかくて気持ちい。
「ずるいよ。彼女さんと疎遠で、私だけがここでしてるなんて、嘘でも期待しちゃうよ」
泣きそうな声でボソッと呟かれた。そうだよな。そう来るよな。
これ以上、恋人がいるフリは苦しくて続けられない。事実を告げよう。
僕はくるっと向いて彼女を腕に閉じ込めた。
「ごめん。その……彼女とは別れたんだ。随分前に」
「え?」
彼女の声も眼も喜びに溢れている。脳波など測定するまでもなく、彼女の考えが伝わってくる。
「私とこんなことしてるって、バレちゃったのかな?」
もう嬉しくて仕方ないって声だ。
「そうじゃない。彼女とは、君に会う前から別れてたんだ。本当だ」
「そ、そうだったの? じゃ、じゃあ……」
じゃあ、私じゃ駄目? だよな。見え見えすぎる。
「だけど、僕は彼女が好きなんだ! 忘れられない。ごめん!」
腕の中の小さな生き物が縮こまった。
「三好君、振られちゃったの? 三好君を振るなんて信じられない」
君は怒っているふりをしているけれど、本当は嬉しいんだろ?
しかし、この三好雅春が一方的に彼女に振られたなどと、告白したくない。
「そうじゃないんだ! 僕と彼女は互いの両親から反対され、別れさせられたんだ!」
僕は何を口走った?
「お父さんとお母さんが反対? 三好君……彼女さん妊娠させたとか?」
なんでそういう発想になる!
「まさか! 僕と彼女の父は同業者の社長で、家族ぐるみで付き合ってたんだ」
それは本当だ。僕の父は不動産会社、青山星佳の父は建設会社を経営し、協力関係にある。
「でも二つの会社が対立して付き合えなくなったんだ」
我ながらよく出来た嘘だと感心する。
事実は正反対。
母は未だに「今からでも星佳ちゃんに謝りなさい」と催促する。父は「青山さんが『娘がわがままで申し訳ない』と謝ってきたぞ」と知らせ「お前が振られて青山さんに多少貸しができた。よくやった」と喜んでいた。愛情の欠片もないひどい父親だ。
「ロミオとジュリエットみたいな話が、今の日本でもあるんだね」
あいらが僕の背中にキュッとと腕を回した。
「君とこうしているのは本当に楽しい。でも、僕も彼女も無理に別れさせられたから、他の子とちゃんと付き合うわけに行かないんだ」
目を潤ませてあいらはコクンと頷いた。
「私、安心した。彼女さんがいる人とこんなことしていいのかなって悩んでたから。でも、三好君は辛いよね」
彼女のショートヘアを撫でた。僕の指は生体電極。彼女の脳波が伝わってくる。
「本当は三好君が彼女さんと元に戻ればいいんだよね。でもごめんね。私、そこまでいい人じゃないの」
君は充分過ぎるほどいい子だよ。
「三好君と彼女さんのお父さんたちが仲悪いのは悲しいことなのに……私、喜んでる。ひどいよね」
君は悪くない。ひどいのは僕だ。
居た堪れず僕はベッドから出て服を着た。
「お腹すいただろ? そろそろ夕食の時間だ。コンビニ行ってくるよ。あいらはそのまま寝てな」
「私も行くよ」
篠崎あいらは寂しげに笑い、ノロノロと着替えた。そんな彼女がまた欲しくなったが、僕は理性を総動員し、小さな手を引いてマンションを後にした。
1
あなたにおすすめの小説
アダルト漫画家とランジェリー娘
茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。
今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。
☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。
☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
恋は、やさしく
美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。
性描写の入る章には*マークをつけています。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する
花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家
結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。
愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる