【R18】僕は彼女としたいだけ 微妙なリケジョに振り回される

さんかく ひかる

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三章 僕は彼女に伝えたい

59 別れを望む理由

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『別れてやってください』

 篠崎あいらの育ての父は、クリスマスに相応しくない願いを口にした。

「桑原さんは、僕とあいらの付き合いに反対なんですか?」

 父親として、娘といい加減に付き合う男は信用できないらしい。

「反対など私らができる立場にありません。立派な家の息子さんとお付き合いできるんですから」

『立派な家の息子』という評価は好きではないが、ケチをつけても仕方ない。

「でも『別れてほしい』ということは、反対なんですよね?」

 二人の親は首を振った。

「私らと三好さんでは、育ちが違い過ぎます」

 育ちの違い。以前、父もそんなことを言っていた……が、どうでもいい。
 彼女と本気で付き合うなら考えるべきだが、僕の目的は別にある。

「何度も言いますよ。僕もあいらもただの学生です」

「そうです。あいらは二十歳で、あんたはまだ十代だ。これから何人も付き合って、本当の相手を見つける。それでいいんです」

「桑原さん! 勝手に決めないでください!」

「気持ちはありがたいです。あんたが普通のお坊ちゃんなら、気にしない。別れた後は思い出になって、あいらは本当の相手を見つけるでしょう」

「僕は、卒業してもあいらと一緒です!」

 それは本当だ。僕を満足させるブレイン・マシン・インタフェースは、二~三年では完成しない。

「でも、あんたと夢みたいな暮らしをして駄目になったら……次にどんな男が現れても、あの子は満足できない。あんたを懐かしんで一人ぼっちで人生が終わったら……あの子がかわいそうすぎる」

 理解できない。この初老になりかけの男は何を言いたい? BMIが発達すれば、僕でも彼が理解できるのか?

「三好さん、あいらの傷が深くならないうちに、早く別れてほしいんです」

「僕は絶対別れません! 駄目になどしません。彼女を一人にさせません」

 世代の違う男同士の争いが、エスカレートしてくる。
 その時。

「あーあー、ストップストップ」

 神妙にしていたあいらの母が、割り込んできた。

「ヨシちゃん、あの子、そんなヤワじゃないから」

 あいらの母、篠崎さんが、桑原さんの丸まった背中をポンポンとさすった。

「三好さん、ごめんなさい。この人、あいらが赤ちゃんの時から、本当の娘みたいにかわいがってくれたから……」

「篠崎さん、心配かけてすみません」

「あたしも二人がいつまで一緒にいるか、不安ですよ。でも、三好さんみたいな人を懐かしむ一生……それもいい人生ですよ」

「ゆかり、あの子は普通の男と結婚するのが、一番の幸せだよ」

 二人の親は僕を放置して、幸せとは何か、議論を始めた。
 ……すごいね、桑原さん。見た目は冴えない田舎のおじさんなのに、いきなり正解にたどり着くんだから。さすが数学教師といったところか。


 あいらの両親を連れて、レストランの個室に戻った。と、両親があいらの両隣に座って、話しこんでいる。
 しまった。父は、僕とあいらを離すために、ホテルを案内しろ、と謎のミッションを与えたのか?

「あいら、大丈夫か!」

 とっさに彼女の腕を取った。が、彼女に手を振りほどかれる。

「雅春君、やだ。せっかく楽しい話を聞いていたのに」

 そうなのか? あいらを囲む両親を見比べた。二人とも笑っているが……作り笑いにも見える。

「どんな話をしていたんだ?」

「雅春君は知ってるんじゃないかな。私、お父さんが『月の光』を好きな理由、わかりました」

「あ、まあ、そういうわけでもないが、いい曲だろう?」

 父が照れくさそうに頭を掻いている。母は「ドビュッシーには他にも素晴らしいピアノ曲があるのに。せめて『ベルガマスク組曲』通しで聴いてほしいわ」と、口をとがらせている。
 彼らがあいらを傷つけた様子はない……いや?

「じゃ、僕たち明日大学なので、今日は帰ります」

 僕は親たちに告げて、あいらの手を握った。

「ま、待ってよ。雅春君。あ、今日は本当にご馳走になりました。ありがとうございます」

 親たちの返事を待たず、僕たちはホテルを後にした。


「駄目だよ雅春君。お父さんとお母さんに失礼じゃない」

 帰りの電車で、僕は叱られた。

「ごめん。あいらがうちの親に意地悪されてないか、心配で」

 彼女は大げさに首を振った。

「全然そんなことないって。そりゃ、調べられたのはショックだった……でも、ちゃんと謝ってくれたよ」

「本当に大丈夫か? どんな話をしたんだ?」

 僕があいらと二人きりになりたかったのは、両親が彼女に何を話したのか聞きたかったからだ。親たちの前では、彼女は本当のことを言えないだろう。
 が、僕の心配はどこへやら、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「お父さん、ロマンチストなんだね」

 およそあの男に似つかわしくない評価だ。

「アイツ……父がロマンチスト?」

「『月の光』は、お父さんとお母さんの思い出の曲なのね」

 彼らの思い出? 母が学生の時、祖父から社員だった父を紹介されたとしか、聞いていない。

「あのホテルで開いた会社のイベントで、音大生だったお母さんが『月の光』を弾いたんでしょ? そのイベントでお父さんと出会ったのね。だからお父さん、『月の光』が好きなのかなって」

 そんな話、聞いたことがない。

「お父さん、ずっとお母さんのこと好きなのね。いいなあ」

 アイツにそんな感情があるとは信じられない。そんな気持ちがあるなら、なぜ愛人を作って家に帰らなかったんだ?
 いや、親たちのことを考えるより、大事なことがある。

「僕はあいらが、ずっと好きだよ」

 夜の電車で僕は彼女を抱き寄せ、額にキスをした。

「恥ずかしいよ」

「これから、もっと恥ずかしいことするから」

「やだ、やめて」

 僕は彼女のショートヘアをクシャクシャに乱した。彼女は、赤くなった顔を崩している。
 うん、いい感じだ。先は長い。
 望みのブレイン・マシン・インタフェースが完成するまで、篠崎あいらをつなぎとめておかないと。
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