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三章 僕は彼女に伝えたい
59 別れを望む理由
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『別れてやってください』
篠崎あいらの育ての父は、クリスマスに相応しくない願いを口にした。
「桑原さんは、僕とあいらの付き合いに反対なんですか?」
父親として、娘といい加減に付き合う男は信用できないらしい。
「反対など私らができる立場にありません。立派な家の息子さんとお付き合いできるんですから」
『立派な家の息子』という評価は好きではないが、ケチをつけても仕方ない。
「でも『別れてほしい』ということは、反対なんですよね?」
二人の親は首を振った。
「私らと三好さんでは、育ちが違い過ぎます」
育ちの違い。以前、父もそんなことを言っていた……が、どうでもいい。
彼女と本気で付き合うなら考えるべきだが、僕の目的は別にある。
「何度も言いますよ。僕もあいらもただの学生です」
「そうです。あいらは二十歳で、あんたはまだ十代だ。これから何人も付き合って、本当の相手を見つける。それでいいんです」
「桑原さん! 勝手に決めないでください!」
「気持ちはありがたいです。あんたが普通のお坊ちゃんなら、気にしない。別れた後は思い出になって、あいらは本当の相手を見つけるでしょう」
「僕は、卒業してもあいらと一緒です!」
それは本当だ。僕を満足させるブレイン・マシン・インタフェースは、二~三年では完成しない。
「でも、あんたと夢みたいな暮らしをして駄目になったら……次にどんな男が現れても、あの子は満足できない。あんたを懐かしんで一人ぼっちで人生が終わったら……あの子がかわいそうすぎる」
理解できない。この初老になりかけの男は何を言いたい? BMIが発達すれば、僕でも彼が理解できるのか?
「三好さん、あいらの傷が深くならないうちに、早く別れてほしいんです」
「僕は絶対別れません! 駄目になどしません。彼女を一人にさせません」
世代の違う男同士の争いが、エスカレートしてくる。
その時。
「あーあー、ストップストップ」
神妙にしていたあいらの母が、割り込んできた。
「ヨシちゃん、あの子、そんなヤワじゃないから」
あいらの母、篠崎さんが、桑原さんの丸まった背中をポンポンとさすった。
「三好さん、ごめんなさい。この人、あいらが赤ちゃんの時から、本当の娘みたいにかわいがってくれたから……」
「篠崎さん、心配かけてすみません」
「あたしも二人がいつまで一緒にいるか、不安ですよ。でも、三好さんみたいな人を懐かしむ一生……それもいい人生ですよ」
「ゆかり、あの子は普通の男と結婚するのが、一番の幸せだよ」
二人の親は僕を放置して、幸せとは何か、議論を始めた。
……すごいね、桑原さん。見た目は冴えない田舎のおじさんなのに、いきなり正解にたどり着くんだから。さすが数学教師といったところか。
あいらの両親を連れて、レストランの個室に戻った。と、両親があいらの両隣に座って、話しこんでいる。
しまった。父は、僕とあいらを離すために、ホテルを案内しろ、と謎のミッションを与えたのか?
「あいら、大丈夫か!」
とっさに彼女の腕を取った。が、彼女に手を振りほどかれる。
「雅春君、やだ。せっかく楽しい話を聞いていたのに」
そうなのか? あいらを囲む両親を見比べた。二人とも笑っているが……作り笑いにも見える。
「どんな話をしていたんだ?」
「雅春君は知ってるんじゃないかな。私、お父さんが『月の光』を好きな理由、わかりました」
「あ、まあ、そういうわけでもないが、いい曲だろう?」
父が照れくさそうに頭を掻いている。母は「ドビュッシーには他にも素晴らしいピアノ曲があるのに。せめて『ベルガマスク組曲』通しで聴いてほしいわ」と、口をとがらせている。
彼らがあいらを傷つけた様子はない……いや?
「じゃ、僕たち明日大学なので、今日は帰ります」
僕は親たちに告げて、あいらの手を握った。
「ま、待ってよ。雅春君。あ、今日は本当にご馳走になりました。ありがとうございます」
親たちの返事を待たず、僕たちはホテルを後にした。
「駄目だよ雅春君。お父さんとお母さんに失礼じゃない」
帰りの電車で、僕は叱られた。
「ごめん。あいらがうちの親に意地悪されてないか、心配で」
彼女は大げさに首を振った。
「全然そんなことないって。そりゃ、調べられたのはショックだった……でも、ちゃんと謝ってくれたよ」
「本当に大丈夫か? どんな話をしたんだ?」
僕があいらと二人きりになりたかったのは、両親が彼女に何を話したのか聞きたかったからだ。親たちの前では、彼女は本当のことを言えないだろう。
が、僕の心配はどこへやら、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「お父さん、ロマンチストなんだね」
およそあの男に似つかわしくない評価だ。
「アイツ……父がロマンチスト?」
「『月の光』は、お父さんとお母さんの思い出の曲なのね」
彼らの思い出? 母が学生の時、祖父から社員だった父を紹介されたとしか、聞いていない。
「あのホテルで開いた会社のイベントで、音大生だったお母さんが『月の光』を弾いたんでしょ? そのイベントでお父さんと出会ったのね。だからお父さん、『月の光』が好きなのかなって」
そんな話、聞いたことがない。
「お父さん、ずっとお母さんのこと好きなのね。いいなあ」
アイツにそんな感情があるとは信じられない。そんな気持ちがあるなら、なぜ愛人を作って家に帰らなかったんだ?
いや、親たちのことを考えるより、大事なことがある。
「僕はあいらが、ずっと好きだよ」
夜の電車で僕は彼女を抱き寄せ、額にキスをした。
「恥ずかしいよ」
「これから、もっと恥ずかしいことするから」
「やだ、やめて」
僕は彼女のショートヘアをクシャクシャに乱した。彼女は、赤くなった顔を崩している。
うん、いい感じだ。先は長い。
望みのブレイン・マシン・インタフェースが完成するまで、篠崎あいらをつなぎとめておかないと。
篠崎あいらの育ての父は、クリスマスに相応しくない願いを口にした。
「桑原さんは、僕とあいらの付き合いに反対なんですか?」
父親として、娘といい加減に付き合う男は信用できないらしい。
「反対など私らができる立場にありません。立派な家の息子さんとお付き合いできるんですから」
『立派な家の息子』という評価は好きではないが、ケチをつけても仕方ない。
「でも『別れてほしい』ということは、反対なんですよね?」
二人の親は首を振った。
「私らと三好さんでは、育ちが違い過ぎます」
育ちの違い。以前、父もそんなことを言っていた……が、どうでもいい。
彼女と本気で付き合うなら考えるべきだが、僕の目的は別にある。
「何度も言いますよ。僕もあいらもただの学生です」
「そうです。あいらは二十歳で、あんたはまだ十代だ。これから何人も付き合って、本当の相手を見つける。それでいいんです」
「桑原さん! 勝手に決めないでください!」
「気持ちはありがたいです。あんたが普通のお坊ちゃんなら、気にしない。別れた後は思い出になって、あいらは本当の相手を見つけるでしょう」
「僕は、卒業してもあいらと一緒です!」
それは本当だ。僕を満足させるブレイン・マシン・インタフェースは、二~三年では完成しない。
「でも、あんたと夢みたいな暮らしをして駄目になったら……次にどんな男が現れても、あの子は満足できない。あんたを懐かしんで一人ぼっちで人生が終わったら……あの子がかわいそうすぎる」
理解できない。この初老になりかけの男は何を言いたい? BMIが発達すれば、僕でも彼が理解できるのか?
「三好さん、あいらの傷が深くならないうちに、早く別れてほしいんです」
「僕は絶対別れません! 駄目になどしません。彼女を一人にさせません」
世代の違う男同士の争いが、エスカレートしてくる。
その時。
「あーあー、ストップストップ」
神妙にしていたあいらの母が、割り込んできた。
「ヨシちゃん、あの子、そんなヤワじゃないから」
あいらの母、篠崎さんが、桑原さんの丸まった背中をポンポンとさすった。
「三好さん、ごめんなさい。この人、あいらが赤ちゃんの時から、本当の娘みたいにかわいがってくれたから……」
「篠崎さん、心配かけてすみません」
「あたしも二人がいつまで一緒にいるか、不安ですよ。でも、三好さんみたいな人を懐かしむ一生……それもいい人生ですよ」
「ゆかり、あの子は普通の男と結婚するのが、一番の幸せだよ」
二人の親は僕を放置して、幸せとは何か、議論を始めた。
……すごいね、桑原さん。見た目は冴えない田舎のおじさんなのに、いきなり正解にたどり着くんだから。さすが数学教師といったところか。
あいらの両親を連れて、レストランの個室に戻った。と、両親があいらの両隣に座って、話しこんでいる。
しまった。父は、僕とあいらを離すために、ホテルを案内しろ、と謎のミッションを与えたのか?
「あいら、大丈夫か!」
とっさに彼女の腕を取った。が、彼女に手を振りほどかれる。
「雅春君、やだ。せっかく楽しい話を聞いていたのに」
そうなのか? あいらを囲む両親を見比べた。二人とも笑っているが……作り笑いにも見える。
「どんな話をしていたんだ?」
「雅春君は知ってるんじゃないかな。私、お父さんが『月の光』を好きな理由、わかりました」
「あ、まあ、そういうわけでもないが、いい曲だろう?」
父が照れくさそうに頭を掻いている。母は「ドビュッシーには他にも素晴らしいピアノ曲があるのに。せめて『ベルガマスク組曲』通しで聴いてほしいわ」と、口をとがらせている。
彼らがあいらを傷つけた様子はない……いや?
「じゃ、僕たち明日大学なので、今日は帰ります」
僕は親たちに告げて、あいらの手を握った。
「ま、待ってよ。雅春君。あ、今日は本当にご馳走になりました。ありがとうございます」
親たちの返事を待たず、僕たちはホテルを後にした。
「駄目だよ雅春君。お父さんとお母さんに失礼じゃない」
帰りの電車で、僕は叱られた。
「ごめん。あいらがうちの親に意地悪されてないか、心配で」
彼女は大げさに首を振った。
「全然そんなことないって。そりゃ、調べられたのはショックだった……でも、ちゃんと謝ってくれたよ」
「本当に大丈夫か? どんな話をしたんだ?」
僕があいらと二人きりになりたかったのは、両親が彼女に何を話したのか聞きたかったからだ。親たちの前では、彼女は本当のことを言えないだろう。
が、僕の心配はどこへやら、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「お父さん、ロマンチストなんだね」
およそあの男に似つかわしくない評価だ。
「アイツ……父がロマンチスト?」
「『月の光』は、お父さんとお母さんの思い出の曲なのね」
彼らの思い出? 母が学生の時、祖父から社員だった父を紹介されたとしか、聞いていない。
「あのホテルで開いた会社のイベントで、音大生だったお母さんが『月の光』を弾いたんでしょ? そのイベントでお父さんと出会ったのね。だからお父さん、『月の光』が好きなのかなって」
そんな話、聞いたことがない。
「お父さん、ずっとお母さんのこと好きなのね。いいなあ」
アイツにそんな感情があるとは信じられない。そんな気持ちがあるなら、なぜ愛人を作って家に帰らなかったんだ?
いや、親たちのことを考えるより、大事なことがある。
「僕はあいらが、ずっと好きだよ」
夜の電車で僕は彼女を抱き寄せ、額にキスをした。
「恥ずかしいよ」
「これから、もっと恥ずかしいことするから」
「やだ、やめて」
僕は彼女のショートヘアをクシャクシャに乱した。彼女は、赤くなった顔を崩している。
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